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義母といっしょに秩父の羊山公園に芝桜を観に行って来ました。西武線の電車に大きく宣伝されていて、前から気になっていました。けれど行った友達に「あれは、写真写りよ。行ったら花はちょこっとだけで人ばっかり。人桜公園(笑)よ」と聞いたのでなんだそうかとあきらめていました。 ところが引っ越して来た、ママ(義母のあだな?)が電車でやはり美しい写真を観て行きたがる。「写真ほどでもないらしいよ」と受け売りするが、どうしても行きたいらしい。歳も歳なので“生きてるうちに〜”・・・みたいなミョ〜ナ(稲川淳二風)トーンでおりにふれ芝桜を連発するので、気になる。よし、それでは参りましょうと、せんじつ行って来ました。羊山公園芝桜の丘。入ったとたんに二人声をそろえて。 「わあ、きれい!!」期待を一回落としておいたおかげか(笑)。大きな公園の(山の?)たしかに一角ではあるけれど、周りが緑だけに、ぽっと開けた、そのひとところだけの明るい花園が、夢のよう。 「きれいねえ、ママ」「ほうら、来てよかったでしょう」とママもご機嫌。カメラを向けると「もうこの歳になっては、どういじってもダメ」とか言い訳しつつ、しっかりカメラ目線です(あはは)。たくさん写真もとりました。よい冥土の土産になりますように…(嫁口) 『芝桜の丘』までは、駅から田舎道をしばらく歩くのですが、山々の木々の芽吹きがきれい、道端の花がかわいい、新緑をわたる五月の風がさわやか、道すがらにぼつぼつ並ぶ民家のひとの出店がたのしい。そこに「こうせん」という袋入りの粉も売っていて「まあ、なつかしい。これ、昔良く食べたのよ。はったい粉ともいうの」と。それやら、筍飯のおにぎりやら、山菜やらで途中の道でもう両手はお土産でいっぱい。あれもほしい、これもほしい、ママちん。荷物持ちは、ウチ♪ 「あの、大きな崩れた山は、なに?」「武甲山よ。セメントを取っているところ。『秩父セメント』って有名でしょう?」「え、山からセメントが取れるの?」と驚くママ。地元のひとに尋ねると、発破で岩を砕いて、その砕いた石でセメントを作るらしい。 上の方は雲をかぶった、大きな武甲山は、秩父のどこを歩いても背後についてくる。それを「オンブお化けみたいね」と振り返っては喜ぶママ。セメントを取る為に、ほとんど山肌が剥がれて白くなっている前面は、こちらを向いている大きな顔に見える。顔の崩れたオンブお化けを背中にのせて、秩父の山から街へと── 結構歩きました。帰りの喫茶店でママの万歩計を覗くと12000歩をこえていました。ほどほどの曇り空だったので、汗もかかずに楽でした。 ベンチでお昼を食べている間に、あっという間に、芝桜の花畑の周りを人の列が囲んでいました。その眺めは、花のまわりで人々がお遊戯をしてるようで、それもまたきれいでした。 花も人々に観てもらって、うれしそうでした。 ![]() さて、欲ばりママのつぎの「生きてるうちに」リクエストは、 『恐山』です。(ひえ、えええーーっ!)(^^; 死への心の準備をはじめた、 人生のほとりをゆく人との道行きは、ふたつの景色をわたしに垣間見せてくれて(きょう何気なく観る景色と、あすがないかもしれなく観る景色のふたつを)なかなか貴重な体験です。ありがたくおもいます。 ☆写真はクリックすると、大きくなります。 ☆あと数日ですが、みなさまもどうぞお健やかで、よい休日をお過ごしください♪ More 大野更紗さんの、『困ってるひと』を読みました。『困ってるひと』(困っている、ではない)のタイトルも、表紙の絵もマンガっぽくて、「なんだろな」面白そうだなとマンガを手に取るように、気楽に手に取れる感じです。 ところが、どっこい。 開いて、1ページ目の「はじめに」のことばにガツンとやられました。 なんと『絶望は、しない』とある。 ただものではない、ものがたり、ものごとがはじまるだろう、予測がついた。 しかし、本の題の「困ってるひと」はじめにの挨拶の「絶望は、しない」のことばのセンスに参りました。そして、信頼感がわいた。何がおきてもついていけそうな。なんだか大船に乗った気持の読む気が起きた。 ひと昔前の日本には、「絶望」ということばがなくて、みんな「困った、困った」で済ませていたという話を、どこかで聞きました。いいなぁと思います。「困った」と「やれやれ」でものごとが片付いたら、警察や詩人は要らなくなるかもしれませんが(笑) 深刻になると身動きがとれなくなる心や体を、「困った、困った」や「やれやれ」は、軽く動きやすくしてくれるような気がします。ふだんの暮らしのそばでふつうによく使う「使い慣れた言葉」だからだと思います。うっとりする言葉や夢みる言葉やかっこいい言葉は、文学から生まれるかもしれませんが。生きるために必要な言葉は、普段の暮らしの中にある、普通の言葉な気がします。 大野さん(サラサちゃんと呼びたいぐらい、親しみがわいています。)は「絶望」という文学語(?)を、「しない」という日常語でバッサリ斬りつけた。 ここがとても、かっこいい。 「絶望する」という言葉は、何度も見たり聞いたりしたことがありますが、「絶望は、しない」(そっちには、行かない)とスパット切り落とした、このフレーズがじつにあざやか。 あとは、みごと、みごとの、内容はもちろんのこと、ですが、文章、文体の見事さに、指笛を鳴らしつづけたいぐらいです。どうどうどどうど・どうどどうと押し寄せる困難困難また困難を、ばっさばっさと文体が切り抜けていく。「文は体をあらわす」というか、なんというか。痛快です。 でも、泣けます。 涙がにじむというより、知らないあいだに目から水が溢れている。笑ってるほっぺたをどんどん水が流れている。日が照っているのに、雨が降っているような、きつねの嫁入りのような。なんとも、晴れやかな、透明な液体に顔がぬれているのです。サラサちゃんと一心同体となって。 **** サラサちゃん、あなたは誰?「わたし、難病女子」 「わたしは、この先行き不安、金融不安、就職難、絆崩壊、出版不況、鬱の嵐が吹き荒れ、そのうえ未曾有の大災害におをわれた昨今のキビシー日本砂漠で、ある日突然わけのわからない、日本ではほとんど前例のない、稀な難病にかかった大学院女子、現在二十六歳。」で その病名は、自己免疫疾患の専門医でもないかぎり、どんな病気か推測つかないだろう「筋膜炎脂肪織炎症候群(きんまくえんしぼうしきえんしょうこうぐん)」+皮膚炎も併発。 その、まだ夢も希望も恋にもと胸もふくらみ脂がのったばかりの、二十六歳女子サラサちゃんの闘病記であるが。ことばはかるくあかるいが、闘病の試練は拷問のように信じ難く凄まじい。 「い────た────い────いたいいたいいたいいたいたい!!!」と絶叫しながら麻酔なしで筋肉を削り取られたり(「わたし、壊れる」)。おしりに穴があいてしまって、そこから元おしりが液体となって(?)とめどなく流れ出したり(「わたし、流出する」)。ステロイド剤の投与で危篤状態になったり(「わたし、瀕死です」)──まるで生き地獄のようなシーンがめくるめく展開する。 それなのに、読みつづけられるのは、カラッとした文体のなせる技。どんなことがあっても、大丈夫をつげるのは、彼女の文体だ。 「絶望は、しない」と始めに宣言しただけに、おのれの困難を乗り越え、道なき道を切り開くのは、「ことば」だ。めげそうな現実を、めげない言葉に変えていく、その「翻訳技」があっぱれ!肉体の困難を文体が越えていく…こんなことってあるんだ。あるんだね!とうれしくなる。──動けない彼女を、動けない言葉が、「動かして」いくのだ。──これが、すごい。ここに、ちいさな、きせきが、おきている。 つぎからつぎに、まるで障害物競走のようにゆくては塞がれるが、かならず乗り越えるそのつぎの「タイトル(小見出し)」を読者は心待ちする、ようになる。手段ではなく、ことばを待つのだ。 たとえばお尻に穴があき、たぶん凄まじい炎症がはじまった、女性としてもこの堪え難い状況を、「わたし、おしり女子」といい、その炎症から流れ出すものを「元おしり」と、呼ぶこのキュートなネーミングが読者をすくう。それは、ただの言い方なのに、まるで仮面ライダーやウルトラマンというヒーローが登場するぐらい力を持っている。ヒーローではない、それは比喩なのだ。 ──そのことに驚く。 ヒーローとは、もしや元々は、比喩からうまれたのではないかと、立場が逆転するぐらいだ(笑) 元々の彼女は、ミャンマーの難民たちの民主化運動や人権問題に関わり、彼らのために世界を飛び回っていた人だ。実際の現場でたくさんの本物の地獄絵を見てきているから、土台がちがう。そう簡単には嘆きのヒロインにはならない(なっては彼らにもうしわけないが、きっとある)。そこがすごい。 とくに「わたし、生きたい(かも)」の章(このように、章毎(小見出し)のネーミングがすごくたのしい。ネームが難儀をすでに越えている。)がとくに切なくて胸をうつ。かのじょを、サラサちゃんを、あいさずにはいられなくなる。 「わたしは。」でブツンと終わる文末が繰り返すところは、ぐっと胸が詰まる。言い得ないものを、言い得ない姿のままに、言い切っている。 ──これは、詩の姿だ。 こんなにたいへんで、こんなにひどいめにあって、こんなにこまってるのに、こんなにチャーミングで、こんなにあいさずには、いられない。こんなひと、いるんだ。 ひと、ばんざい。そして、ことば、ばんざい。 ひとの力と、ことばの力と、 そして、 あいの力に、感動します。 買って、読んでほしいです。ほんとうに、読んでよかった。 こころにも、ことばにも、ちからをもらった。 ひとの勉強にも、ことばの勉強にもなります。 そして── 感極まったところに、どうぞ見つけてください。 虹が立つように、たしかに、 詩が、立ち上がっているのを──! それが、わたしは、うれしかった。 それが、わたしを、うれしく、させてくれた。 サラサちゃん、だいすき! More いつもの入間川沿いの散歩道です。桜が散って花道のよう。そばの車道を車がとおるたびに、砂煙ならぬ花煙を舞いあげ、目の前がいちめんの花びらで覆われます。 それがまた、めまいがするほど美しい。 日差しはあたたかく、風はやさしく。 そのやさしい風が吹くたびに、語り始めるように、 桜木から花びらが舞い散ります。 花びらの話に、耳をすますように、それを見つめます。 風が来るたびに、うっとりしちゃいます。 ときどき、お話のひとかけらが、肩や髪の毛にのっかります。 それも、うれしい。 話すことばのひとつひとつが、花びらに変わるような、きれいな会話ができたら素敵ですね。 一年がかりの、花の用意をしていた、その桜さんの咲いてよし、散ってよしの 晴れ舞台です。 わがワンコは、道端のおしっこの匂いばかり嗅いでいて、 花よりおしっこ♪ More ほんとうに、哀しいのです。
こんな目に、あったのに なぜ、変わらない。 なぜ、変われない。 自分の心や、自分の国が ほんとうに、哀しいのです。 どうしてだか、は 人の心のおくの事情や 国の心のおくの事情には 込み入ったものがあるのでしょう。 計り知れないものがあるのでしょう。 止むに止まれぬものがあるのでしょう。 きっと、そうにちがいない。 人だって、国だって、 良くなりたい、良くしたいと 思わぬわけがありません。 はじめは、良かれと思ってやったことだと それを、わたしは信じています。 わたしが、わたしを信じるように それを、わたしは疑うことができない。 ところが、良くなかった。 むしろ、ひどいことだった。 なにが、哀しいといって 良かれと思ってやったことが 良くなかった。 良くなかったと、わかったけれど 止めることができない。 その暴走のサガが哀しい。 良かれと思って、やりました。 でも、それは良くなかった。 良くないどころか、ひどいことでした。 「では、やめましょう」と なぜ、言えない。 「では、やめました」が なぜ、出来ない。 国のサガは、しかし人のサガだ。 しょせん、人は変われないか。 なら、国も変わらない。 あきらめるしかないか。 なら、あきらめるしかない。 国とは誰か。 国とは人のことである。 人とは誰か。 人とは私のことである。 私は変われないか。 なら、国も変われない。 私は変われないか。 私は変われないか。 私は、なぜ変われないか。 なぜ、私は変われないか。 変われると、なぜ言えないか。 ──私とは誰か。 私とはこの私のことである。 ほんとうに、哀しいのです。 止めるほうがいいと、わかっている。 わかっていて、できない。 じぶんでじぶんをどうすることもできない。 自分に負けつづけるこの闘いが この国とこの私が ほんとうに、ほんとうに 哀しいのです。 私は、私が哀しい。 私は、私の国が哀しい。 ──私の国 宮尾節子 More ネットに動画で紹介された映像と音楽、そして言葉があまりにも衝撃的だったので。ハンガリーの鬼才(らしい)タル・ベーラ監督の『ニーチェの馬』を、渋谷のイメージフォーラムで観て来た。 ──濃い霧の中を、苦しげに首を振り振り荷車を引く馬と、その後ろで鞭を持った男。画面につきまとうのは、低くて鈍い(オルガンだろうか)うーんうーんと唸る様な音楽と、びゅうびゅう吹き荒れやむことのない風の音。 そして、予告編の字幕にあった言葉──『夜にはいつか終わりが来る』これだ!と思って戦慄した。これが、詩だと。『明けない夜はない』これじゃない。 『明けない夜はない』は夜が厭われている。 『夜にはいつか終わりが来る』は夜もまた悼まれている。 そこには、夜の残したわずかな温もりがみえる。灰の中のあかい埋め火のように。獰猛な獣たちが身を屈めてみずからの温もりでみずからを暖める夜の閨(ねや)──その獣めいた夜の温もりを惜しまずに明けるものは、詩ではない。──そのように私には思えた。 1889年トリノ。ニーチェは鞭打たれ疲弊した馬車馬を見つけると、駆け寄り馬の首に抱きついて涙を流し、卒倒した。そのまま精神は崩壊し、二度と正気に戻ることはなかった──という。 『どこかの田舎の古い家。疲れ果てた馬と、飼い主の農夫と、その娘。暴風が吹き荒れる6日間の物語。』旧約聖書の創世記で、神がこの世界を創造したという『6日間を遡行しています』とタルベーラ監督は、この映画について語っている。 濃い霧の中に隠れて見えない(消えてしまった?)世界から、馬に乗った男の黒いシルエットが現れるところから映画ははじまる。『遡行』していると監督のいうように、世界の終わったところから、人と馬が現れ、その馬が疲れて動けなくなり、人々の暮らしが止まり、灯火が消え、光がなくなり、世界の始まりという終わりに向かって映画は閉じられる。──火がなくなり、茹でられなくなった生(なま)のじゃがいもをかじる、「がりっ」という音が耳に刺さった。それは食物の始まりの音でありながら、世界の終わりの音でもあるような、不穏な音だった。 確かに、明りが消え、火が消え、文明が消え、食物は、生(なま)のものになる──途中で、フィルムを逆回しに見せられているような錯覚に陥った。まさに、現在わたしたちが向かっている世界を見せつけ、われわれの愚かさが暴かれ、裁かれているようだ。 だがもうひとつ、わたしの心を惹き付けたのは、終わりと始まりの風景が似ていること。対極なはずの景色の相似だった。終わりと始まりは似た者同士──絶望すなわち希望。希望すなわち絶望。その暗転と好転(はおかしいが)。その可逆性を、この映画は表し得ていたと思う。それは監督のねらったことではないかも知れない。けれど、未熟な希望が絶望を生むように、完璧な絶望は希望を発生させる場所にとって変わるのではないだろうか。飛行機の墜落現場ではなく、そこは飛行機の発着場所・エアポートになるのでは──などと画面の「美しい退屈」が、こちらの「意識に変容」を起こし始める不思議と出合うような映画だった。 その意識の変容のせいか──装飾を剝ぎ取った極貧の生活は、しかし僧侶の暮らしのように厳かな格調を獲得し、これ以上ないほどの貧しさは、これ以上削ぎ落せない場所で、見事に美へと転調をしてみせるのだ。 3.11を経験した日本の心にも、深くひびく作品だったとおもう。 終わりの風景ではなく、始まりの風景と捉えることで、絶望から希望への転換が起こるかもしれない。 * 朝起きて、着替えをし、馬を出して、仕事に行く。帰ってきて、馬小屋に馬を入れ、食事をして、眠る。(男・父親)朝起きて、火を起こし、食事をつくる。井戸の水を汲み、馬に餌をやり、男の世話をし、食事をして、眠る。(女・娘)──えんえんとその単調な繰り返しの映像。 しかし、それは、とくべつなものではなく、じつは田舎でよく見かける普通の暮らしだ。普通の農家の営みである。 ただ、ひとびとの無駄口や、いっさいの装飾物は取り外されていて、かまどに、食卓に、寝台。そして、舞台のように変わらぬ景色のなかでの、単調な暮らしは、一見貧しく救いのなさを見せるが、その貧しさを洗練と読み替えると、映画はいっきに能の舞台のように格調高いものに変容する。うーん、うーん唸り続ける音楽も、背後の唄い手たちの地唄のようであるし、窓を向いたまま静止する父娘の姿も、能の舞い手の静止に似て見える。 映画館を出た後。 能の舞台を観た後のような、退屈だけれど、なんとも言えない充足感と清涼感を身のうちに覚えた。 More メモ代わりにツイッターでつぶやく癖が最近身について、なかなかブログの更新ができなくなった。いくつか、残しておきたいものをここに少し手を入れて、転載します。 まずは、二月に観たタイの映画の感想から。 *** 昨日、吉祥寺で観た。タイの映画。アピチャッポン・ウィーラセクタン監督の『ブンミおじさんの森』が素晴らしくよかった。みもこころもすべてをあずけ──「包まれる」とは、ああこのことかと思った。その心地よさの余韻がまだ醒めない。 まずは音響だ。ノートをめくるときの音。ペンを置くときのたぶんするわけのない音が、丁寧に細やかに、言葉のようになぞられていく。プラスチックの容器を5回広げたとしたら、その5回分の5つの音がきちんと拾われていく。細やかなひとつひとつのひとの所作には、「そうだ音があったんだ」と思い出され。そのなんでもない音に、精霊の声を聞くように、ふしぎに癒されるのだ。 ノートを開く音も、外の虫の声も、滝や川の水の音も、人工も自然も、なぜあんなに「均質に」拾えるのだろう。そして、ひとびとの交わす話し声もまた、いいのだ。その声は、皆で囲炉裡を囲んで、その囲炉裡の灰の中で、あかあかと燃えぱちぱちと弱く爆ぜる、熾き火のようにあたたかくやさしい。穏やかで、滋味にあふれている。 なぜこんなに癒されるのだろうか。たぶん、すべての肌理(きめ)が揃っているからだろう。人工と自然、生と死、邪と聖、光と闇、善と悪・・・そんな対立するはずの二つ(の世界)が、対立しない。たぶん、肌理を揃えたおかげで、段差が(というとおかしいか、溝というのかな)取れている。そして、自由に往来が可能な場所。あの世とこの世をつなぐ「その世」を出現せしめているように、みえた。 そして彼らは、驚かない。「おまえ、ずいぶん毛が長くなったな」(猿の精霊になった弟に)「おまえは、若いなあ(若くていいなあ)」(若くして亡くなった妻の幽霊に)。「すこし、明りを落とそうか」(まぶしがる、精霊を思いやって)。「また訪ねてくるよ」(自分が死ぬのを悲しがる友人に)。異界のものを、普段のことばに、すらっと変換する。異界をごく普通に、迎え入れる、その日常の豊かさ。 私たちが創作によって出現させる。あの世のものとこの世のものとをつなぐ場所。それがたぶん「その世」と呼ばれる空間ではないだろうか。「美しいその世」が見事に自然に、いや「普通に」描かれていたと思う。そこには、今までの映画で見たことのない、文体(といってしまうが)があった。見たことがないのに、よく知ってたような。ごく普通なのに、涙がでるほどやさしく、あたたかく、なつかしい世界が──そこにあった。 こんなに穏やかなのに、ほんとに、次何が出てくるか、次はどうなるのか、全く想像できない。ドキドキとワクワクがいっぱいあり、なのに、ほっこりとにっこりがたっぷりある。『ブンミおじさんの森』不思議で、すてきな映画でした。 しばらく、不思議な高揚感にぼうっとして、熱帯のジャングルを歩くように、吉祥寺の街を歩いていました。 『帰りたい』……そんな、あたたかくて、なきたいきもちで、みたされて。 *★こちらに、DVDも販売されているようです。 More 某日:捨て猫みたいに土手に転がっているのを、拾って――
![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 某日:ついに、桜の花がひとつ、ひらきました。こんにちは。やあ、こんにちは。 ![]() More いつもの犬との散歩コースに、入間川に沿った桜並木があります。ちょうど今時分、その桜木の剪定が行なわれる。どうも、桜係がいらっしゃるようだ。 いちど、散歩しているときにちょうどノコを持った桜係に遭遇した。まだ、並木の桜木が若木の頃だった。 「どういう基準で切るのですか」とその時尋ねてみた。 「まずは交通です」という答え。交通の(車の)邪魔にならないように。 「ずいぶん、はやばやと」とわたしが転がった若木の枝を横目でにらんで言うと 「はい、はやばやと」と答える(笑) 「はやばやと、はなぜ」とつづけると「いたくないから」と答える。 「いたく、ない?」「ええ、はやいほうが、いたくないでしょう」ですって。 分かったような、分からないような答えだったが(笑)。 切り口に、軟膏のようなものを塗って「ここから、枯れないようにです」と手当てもしているので。物の分かった人だろうと、言を信じるしかない。 顔も温和な人だった。顔を信じるしかない。 そのいつもの剪定が、ツンと尖った鉛筆の芯ほどの固い蕾が出た今頃に、毎年ある。結構、ばっさばっさと、大ぶりな枝を落とす。 その世の中に出たとも知らぬ、いたいけない「芯蕾」をつけた大枝が、ごろごろ土手に転がっている。それを、土手をずずっと滑りながら降りていって、拾い上げ担いでくるのがわたしの仕事です。 そして、大きな瓶に差して毎年、うまく咲かせてやるのがわたしの楽しみです。 剪定がちょっと早すぎたりすると、あるいはわたしが、別の散歩コースを取ってしまい見つけてやるのが、遅れたりするとうまく咲かない。日照りや積雪の影響もある。蕾が非常に幼いので、結構スリリングな「花咲か」である。 ときどき、友達の分もかついで帰って、喜ばれたり、そうでもなかったりしている。 (大枝なので…) さあ、今年はどうでしょうか。ちょっと早かったかな…と思いますが、咲いてくれるか否か。 毎日水と枝先を見る日課がはじまりました。 鉛筆の芯が、少し膨らんできたら、もうこっちのもの。 つぎになぜか緑がのぞく。その次に、ピンク色がちらりと見えてきて(あれ逆だっけ) あのピンクのチラ見の、蕾の嬉しさったらない。 ――娘を育てる気分です。 咲いたら、おうち花見です。やっほー♪ 家では、今年も来たね「ママ桜」と言われています。 こちらのお花は、先日出先から帰ると玄関先に投げ込んでありました。 その前には、八つ頭・ほうれん草・小菊・・・いろいろ入る 良い玄関(笑)。 大きな白い百合、カサブランカですかな。どなたか知りませんが、ありがとう。 とっても、良い匂いに包まれています。 百合いただいて、桜待ち♪ ![]() 横では、人の百倍利く鼻がもう春を嗅ぎ付けて、元気いっぱいの愛犬が散歩待ちです。^^ では♪ More 知り合いのお店があるので、時々軽井沢に出かける。昔は「軽井沢」という響きだけで、なんだか特別な人たちだけのためのお洒落で贅沢な場所というイメージで、憧れや想像をかきたてられたものだ。今は、いいやらわるいやらだが、私のような普通の人も気軽に行ける場所となっている。というか、若者向きの原宿化してひさしい。 軽井沢はもともと避暑地なので、一年の殆どの収入は夏場に稼ぐ。そして、夏が終わると閉店する。そういうお店が多い。しかし、一年は夏のひと時だけよかった、バブリーな時代は終わり、不況や不景気の波はこのセレブな街にも押し寄せて、今は夏が終わっても開いているお店がけっこう増えている。 そして、その時代の流れに関係なく、地元の人や、近郊の人がやってるお店は、<昔から>冬でも営業していたようだ。元祖・通年営業だ。観光客や避暑客の訪れない冬場に、だれのために。なんのために。──もちろん、地元のひとたちのためにである。 軽井沢の近くに自宅がある、わたしの友達のお店(*内緒♪)はこの通年組なので、もちろん冬もやっている。おかげで、冬の軽井沢に足を運ぶ事ができる。雪降るの軽井沢の景色が愉しめる。そして、何よりうれしいのは、地元の人たちの行きつけのお店に連れて行ってもらえること。ほんとうに、こんな良いお店が、こんなところにと、驚く。知らないお店ばかりでうれしかった。そして、何とも人情味あふれる、ここほんとに軽井沢?な、お値段もお人柄もほっとするうれしいお店ばかりなのだ。そして、みんな同じ通年営業の越冬仲間だった──。 友達を知らなかったらお洒落なガイドブックに載ってる、絵に描いたようなそれっぽい店しか知らずにいただろう。友達が「やあ」とお店に入ると、「おや」とか「あらま」と言って店主さんが寄って来て肩をたたき、店員さんが相好を崩し、なんとも親しく温かい表情で我々を迎えてくれる。それは、友達のおかげだ。以前観光客として、訪ねていたときにはお目にかかれなかった景色だ。持つべきものは…とありがたく思う。林の奥にあるパスタ屋さん、道路沿いのステーキ屋さん、目立たない小さな中華屋さん、そして。いよいよ本題の、今日ご紹介したい、軽井沢でこんな言葉の付く店があるなんての「大衆食堂・フレスガッセ」。 ええっ。こんなお店が、この軽井沢に!と入ったとたん、まずはびっくりして息を吞むほど、アットホーム感というか下町感がみなぎっている。「いらっしゃい」コックさんキャップをかぶった看板娘(70歳とも噂される)のにゃあとした懐っこい笑顔に迎えられ。おつぎは胸にバッテンのオンブ紐をかけて赤ちゃんを背に、にこにこ味噌汁を出してくれる気のいいお嫁さん。「そっちは、どう?」とやっぱりにやにやとキッチンの奥から出てきて友達に店の案配を訊くのは、アリゾナのサバイバル大学を卒業してから、店を継いだ気さくな男前の息子さん。 すぐそばには、プリンスホテルや、少し行くと今をときめく巨大なアウトレットモールがある。お洒落で巨大な人工キノコのそばに、地味で小さな小さな本物のキノコが、道端にひょこっと顔をだしているように『大衆食堂 フレスガッセ』はある。見逃してはいけない! 店内に入ると、まず壁にずらっと並ぶ木の板に手書きのメニューのもったりとした文字のその「下手あたかたかさ」。そして、カラオケの表彰状(はなかったかな?)や歌舞伎の役者絵。ギョッとするお肉のぶら下がった薫製場の写真と作り手の笑顔。洗い込んだ布にくるまれ機嫌よく箸たちが放り込まれている筒状箸立て。窓辺にはヘンテコな木彫りの人形「だいだらぼっち、だ!」(*ご当地トロル)が歴史を重ねて黒ずんでいる。かと思えばレゲエ頭のボブ・マーリーらしきモザイク大パネルが正面に鎮座ましまし。あれやこれやそれや舟木一夫の割引券やの雑居が愉しい、大衆食堂色に抜かりは無い。 赤ちゃんのオモチャもその辺に転がり、家族の誰もが、誰にも遠慮してないし、お互いのデコボコを受け入れている感じ。<ラブ>だ。それが美を超越した(笑)店内のディスプレイに反映している。その寛いだ雰囲気のなせるワザか、店内に入り椅子に座った途端に、客がみな自然と笑顔になっている。もちろん、トイレは「失礼します」と靴を脱いで店側から自宅側に上がり込み、座敷のそばの狭い廊下を抜けてお家の匂いを嗅ぎながらの、ぐっと彼らの暮らしに踏み込ませてもらった、突き当たりにある。トイレから帰ってくるともうすっかり親戚のような気分になっているのが、おかしい。 書き出すとあれこれそれの楽しさにきりがないから、この辺にして・・・。 さて。かんじんの味だが、これがまた、うまい。とても、おいしい。「フレスガッセ」は手作りハム・ソーセージのお店です。「ソーセージ定食で、あそこまでご飯がすすむとは…」と客を唸らせるには理由がある。まずは添えられる味噌汁に「う・うまっ…ぃ」ともう唸り、つぎはソーセージの太さ、味わい深さにまた唸る。滋養とは、滋味とは、いや慈愛とはこのことかねと思わせる。ここでこの食の道27年の味の懐は、実に深い。(いやん、書いてるだけで行きたくなっちゃう。) 涼しい夏の日も、紅葉のきれいな秋の日も、雪に覆われた冬の日にも・・・そうです。どこもかしこも閉まって真っ暗な雪の夜道のひとところに、ぽつんと灯る・・・まるで山小屋のランプのような「フレスガッセ」の看板のぴかぴかとした明りのうれしいことその慈悲深いことったら、ない。山姥が居たとしても、わたしは飛び込んで悔いない風情だ。(*撮った筈の写真が見つからないのが口惜しい!) 「都心よりこんなに近く、山の緑、おいしい水、清冷な空気、ゆったりと落ち着ける心豊かな町。こんな軽井沢にハム・ソーセージの食道を開いて27年になります。 建物自体は手作り40年程の歴史があり、今では傾き少々、隙間風程よく、お洒落な軽井沢らしくない店構えです。街道添いのこんなににぎやかな軽井沢になる以前の面影を残したままの古い定食屋です。店構えに惑わされることなく、勇気を振り絞ってご来店ください。本当においしい定食がいっぱいありますよ。 」──フレスガッセHPより。 ★ソーセージの盛り合わせ定食がまずはオススメかな? 是非、いちど♪ More ![]() ![]() それから、つぎは、友だちの家の陽のあたった縁側での、ぐっと庶民的なお正月です。いただきものの、お酒「KANZEON」を持っていって、友だちと飲みました。「南無観世音」じゃなくて、「飲む観世音」だねとわらいながら、お日さまと一緒に頂いた清酒は、きれいな味がしました。 毎年、NHKの紅白歌合戦で歌われる歌を聞いて、新しい年の世相を占う義母の「歌占い」が面白いです。占いというより、人々の動向・流行を読み取るという感じですね。「なぜ歌手の歌を聞いてなの?」と尋ねると。彼女曰く、「歌詞というのは、先(未来)を夢見たものだからよ」とのこと。 「なるほど」の一理。 ひと通り歌が終わって、「さて、来年はどうでしょう?」と尋ねると「らいねんは、皆の心がやさしいものやあたたかいものを求めて、穏やかな年になるだろうね」と言いました。 その来年になりました。ママの歌占いがどうぞ、叶いますように。 More ときどき、キャンドルを灯します。百均とかで買ったのだけど。ロウソクのやさしい炎の色を見ると目があったまるようです。 目があたたまると、 つぎは、気持ちが あたたかくなります。 この絵は、鉛筆いっぽんでロウソクの明かりを描いたもの。 近くのギャラリーで気に入って買い求めました。 黒い鉛筆の濃淡だけで、 明かりを描くなんて いいなあ。まるで、言葉のようです。 どうぞ、それぞれの場所で あたたかい、良いクリスマスを お過ごしください。 ケーキとか食べて。 わらったりして。 いいな。 ★メリークリスマス!――あなたに。 ☆これもまた、凄いですね。『太陽の塔』☆クリスマス一等賞! More 先日、ママ(義母)と『百合子、ダスヴィダーニャ』を観に渋谷に行った。ネットで見つけた「ダスヴィダーニャ」のふしぎな響きと、その映画の宣伝用画像の見つめ合う二人の女性の間に載っていたことばに、つよく惹き付けられたからだ。それは、 『私はあなたによって良くされ、あなたも私によって良くされる。』 湯浅芳子のことばだった。その前の「私は、この愛がなんという名であろうとも、あなたの愛で、あなたという心の城をもって生きる。」という中條百合子のことばと対になっていた。百合子と芳子の顔と顔が対になっているように。 映画は、まるで「学芸会」を観ているような感じだった。よくなかったかと言えば、よかった。なんだか、こころがすぽっとハマってしまった。学芸会と言っても、上質のそれだ。上等の学芸会。というか。女同志が向き合って「しかし」とか「性愛は」とか「文章語」を棒読みするように、喋りだすその違和感が、どういう具合か、妙によい。よいように、さようしていた。なぜだろう。 『私はあなたによって良くされ、あなたも私によって良くされる』は 通常使われる「私はあなたに良くしたし、あなたも私に良くしてくれた」と内容としては、同じなのになぜこうも、違う風貌でこころをはげしく揺らせるのだろう。ロシア文学の翻訳者である、湯浅の骨頂が垣間見える。「何を言うか」ではなく「どのように言うか」に生命が懸かる翻訳者と、詩人は似て見える。きわまった場所でそれらは双子だ。わたしは、何に惹かれたのかすこしずつわかってきはじめた。 「天才少女作家としてデヴューし、戦中・戦後とプロレタリア文学、民主主義文学を代表する作家として名を馳せた宮本百合子。その作家人生に大きな影響を与えた湯浅芳子との関係は、ほとんど知られてこなかった。」とパンフレットにある。 ロシア語の勉強をしながら雑誌「愛国婦人」の編集をしていた湯浅芳子と宮本百合子。その運命の二人が、先輩作家・野上弥生子の紹介によって出合うシーン。1924年(大正13年)野上邸の美しい庭先のきれいに着飾った女性たちの華やかな会話から、映画は始まる。野上に紹介されるなり、「あれ、まったくつまらない雑誌ね」と湯浅の雑誌を面と向かってこき下ろし、涼しい顔する百合子。それを面白そうに、笑い返す芳子。 『大正から昭和にかけて、作家・中條(のちに宮本)百合子とロシア文学者・湯浅芳子の、本当にあった愛と別れの物語。』と映画のチラシにあるように、 『百合子、ダスヴィダーニャ』は、永く封印されていた、二人の女性の友愛と恋愛のものがたりである。 百合子が、芳子に「ロシア語で<わたしの愛しい人>ってどう言うの?」「Моя милая дорогая(モヤー ・ミーラヤ・ドロガーヤ)」「だったらこれから、あなたのこと“モヤ”って呼ぶわ」芳子は「モヤ」と呼ばれ、芳子は百合子のことを「ベコ」と呼んだ。やっぱりベコだ。わたしは芳子のベコに打たれる。ベコをみつける芳子に。 ──ところで。このような──喋り方には、どこか聞き覚えや、身に覚えがあった。このような名前のつけ方呼び方を、経験していない女子はいないのではないかと思う。「ママゴト遊び」だ。わたしたちは、あの遊びでいろんな役柄や声音や呼び方を学んだ。風当たりの強い現実の真似事(マネゴト)を、風から守られた場所で再現する。女の子たちのママゴト遊びは、そのまま表現者の姿のそれに変わるものではないだろうか。 そこでは、現実はいらなかったし、ゴハンだって草の実や花を盛って済んだ。そして、男が混ざる必要はなかった。たまに、誰かの弟がくっついてきて混ざることもあったが、ちょっと男子が混ざると途端に調子がくるって、座がしらけた。なんでだろう。 それは、ものを書く時にペンは一本でいい。そんな感じなのかもしれない。この映画にも、わたしにはそのママゴト感がずっと漂った。漂っていて、なんだかとても懐かしかった。ひょっとしたら、あのママゴトという楽園の続きを生きる。それが彼女らの。そして男子には「スタンド・バイミー」のような、あのワクワクする冒険の続きを生きる。それが「同性愛」というものの一つの解釈になるかもしれない。きっと安易だと、彼ら彼女らには、叱られるかもしれないが──。そう思ってしまった。 さて。映画のつづきに、もどると── 「あなたは私の前に、閉じられていた扉を 開ける鍵を持って現れたのよ」(百合子) 百合子は熱情を全開にして芳子に迫り、とろけるように甘く悩ましく芳子にまとわりついて放さない。わがままで奔放で才能あふれる女性作家・中條百合子の積極的なアプローチに心揺すぶられ、半ば押し切られるようにして、「わたしは男が女を愛するように、女を愛する」と公言する湯浅芳子は、百合子に心を奪われていく。甘やかな奔流の中に直立する棒杭のような、その硬い演技の『菜葉菜』に芳子の思いの強さがうまく滲んだと、わたしは思った。 開かれてしまったのは、しかし。実は百合子ではなく「結局、みんな男の元に去って行く」という無念の胸中に狂わんばかりの深手を負って生きる芳子の、必死に抑えようとした恋心だった。しかし思いのままに、今でいう「天然」で生きる百合子の熱情は、自由で枷(かせ)が無い。いつも嫉妬に胸を焦がし、懊悩に転げ回りながら、芳子は自問する。 「女と女の愛は、 ともに地獄へ堕ちる決心と勇気がなければ、 成就することはできないのだろうか」(芳子) 『これは大正から昭和にかけてのトゥルー・ストーリーで、芳子と百合子はこの後7年間、ともに暮らした。しかし一緒に渡ったロシア留学から帰国後、百合子は共産党員の文芸評論家(後に日本共産党書記長)宮本顕治のもとに走り、共同生活は無惨に破綻した』 ──是非、あとは映画を鑑賞してほしいけれど。 私が、こころに残ったことばをひとつだけ 『あなたの自然を知っている、わたしが百年だ』という湯浅のセリフ。 そういうことだ。くるしいけれど、知るべきことはこれだと思った。 鳥と鳥籠の恋物語のように──。囲い込めない自然に、道をゆずった囲い捕りたい己の業の、しかし短くはない『覚悟の百年』がここに見える、気がした。人智の及ばないものに道を明け渡す覚悟のできた、たとえば「永遠よりも美しい百年の姿」を、そこに見た。苦しい恋心を克服するには、愛が要る。まさに、愛の言葉がこれだと思った。(*自然と時間の対比もかんがえれば、奇異だ。詩の時空が働いているに見える。それとも、『存在と時間』につながる世界のことなのだろうか…。) あ。勝った。とじつは思った。この言葉を聞いたときに。芳子は百合子を超えたと。鳥と鳥籠の恋──は、少なくとも恋においては、芳子の勝ちだと──鳥は解き放たれ、籠は百年の檻(おり)を自らに科した。永遠に飛び立つかにみえたその「自然」の命はそんなに長くはなかった。 百合子は共産党員として弾圧を受けつつ活動する夫を助け、自らもたびたび検挙され、懲役・執行猶予の判決も受けた。しかし社会運動も執筆活動も衰えることなく、プロレタリア文学の第一人者として高い評価を得て。享年51歳、激しく強く、奔流のようなそして長くはない人生を「鳥」は閉じたのだった。老人施設でおだやかに長く生き延びたのは芳子の方だった。「百年」を満たしはしなかったが90余年を、「一番は百合子」と(「生涯で誰が一番好きだった?」のインタヴューに答えて)名乗れる愛を、「籠」は生き切った。いつもショート・ホープ咥えていたという。あっぱれだ。そして、なんてお洒落だろう。 コケティッシュで肉感的な百合子・一十三十一の演技も、理知的な言葉(セリフ)のほとばしりが官能(色気)を見事に凌駕していて、あっぱれだった。甘いものをついばみ、固いものを齧る。肉を生き、知を手放さない、百合子役を無理ないかたちで、すっきりこなせていたと思う。 肉体よりも、こころで結ばれている二人。その感じが良く出せていたと思う。 帰ってからも、二人が忘れられなくて、恋しくなって。もう一度二人に会いたい思いで、百合子役の一十三十一(ひとみとい)や芳子役の菜菜菜(なはな)の、今の姿をネットで検索してみたが、今風の若い女の子しか、そこにはいなくて。そこにいるのは、見知らぬ今時のきれいなお嬢さん達なのだった。思わず酔いを醒ます様な思いに浸りつつ。わたしの会ったのは、映画の中の芳子と百合子だったんだなあと、ため息をついて画面を消した。二人ともそれぞれ見事に役を生きて死んだんだと思う。素晴らしかった。 More 奥武蔵の山ふところに抱かれるようにして、ちいさな飯能のまちがある。日あたりがよくて、人柄がおだやかで、水も空気もおいしい。三島由紀夫の「美しい星」のモデルになった、町並みは旧く、歴史や文化の名残りをすみずみにとどめて、地味ななかにも風情がある町(まち)。 いまは、町おこしに頭を悩ます、いずこも同じ地方の町のひとつだけれど。いっときは、西川材の林業で栄え、裏絹の繊維産業で栄えた往時が偲ばれる裕福な佇まいが、まちにもひとにもいまだに漂う――。 若い人も、なぜか、ここを離れたがらない。東京に出るにしても、住まいはここに置きたがる。なぜか、ほっとする町なのである。ここ飯能は。住みば住むほど味が出て――住み心地のよい町。 胸を開くように、山ふところは南に開けて、山から下りてきた一本の清流が、ゆっくりと流れている。レッドアローに乗れば、40分で都内だ。始発だから、普通の電車でもゆっくり座って、文庫など読んでいるうちに都内についている。 山から登る朝日と、山にしずむ夕日が、ベランダから眺められる。 旧き良きの佇まいを残し、なんとも人柄の穏やかで、のんびりとした町。飯能。『いいのう、はんのう』をキャッチフレーズにしたいと思ってるぐらい(笑)、この町がすきです。 その飯能を紹介する、冊子が発行されました! その名も、『飯能情緒』たくさんのひとに、手に取ってほしいです。 冊子作りをするのは、デザイン担当の黒田さん、文章担当の石井さん。 このお二人のセンスとこれまた人柄のよさに、惹かれてわたしも少しお手伝いさせてもらいました。 今回は、解体された(丁寧に手壊しされたようですね。ありがたいことです。)遠藤新作の旧平岡レース事務所棟の特集です。★こころの建築(*わたしの書かせてもらった文章はこちらに) 詩以外の、冊子に関わるのは始めてですが、学ぶことがいっぱいあり楽しかったし、勉強になった。これからも、おつきあいしたい人たちです。どうぞ、よろしく。 この町、飯能がみんな好きです。市や商店街や学校や住人や・・・いろんな人々が協力して仲良く、ひとびとが「住んで良かった」と言い。ひとびとに「来て良かった」と言われる。でも、がんばりすぎない、ほのぼのとした「飯能、いいなぁ」とつぶやかれる、良いまちになっていきますように♪ 市の方からも、『市街地活性化計画』の案が出ているようです。たのしみです。飯能の良さを、飯能の人柄の良さを活かせて、町や皆が元気になっていきますように。 そして、まちにすむ、おとしよりもこどもも、みんなの、 えがおが、ふえますように♪ More 『早速、頂いた、シュペルヴィエルの『海に住む少女』を読んで(なんて清らかなストーリー、海の水は涙でできていると思えた)ひとつ分ったことがあった。少女の暮らす海の道を、はじめて貨物船が通ったとき、少女ははじめて大きな声をあげた。(少女はそれまでも歌う時大声をあげようとしても、なかなかうまくいかなかった。そのことになんとなくけげんな気持ちもしていた。) なんと。その声は『助けて!』だった。 海の中の街で淡々と暮らす少女は、自分が初めて外に投げかけたこの言葉に驚いた。 それは、しあわせにみえた暮らしの実際が、本当はしあわせではないことをはっきり言いあてた言葉だったから。少女は自分の声に撃たれた。 そして、通り過ぎて行った貨物船の、道に残る航跡を抱きしめてひとり泣く時に、わたしの胸も詰まった…この航跡が何を意味しているか、痛いほどわかるからだ。 わたしたちの書いたり書けなかったりする、言葉の正体は何か…それはきっと、『助けて』だ。 言葉とは、砕け散った『助けて』なのではないだろうか。。 わたしが書くというのは、なんどもなんどもその『助けて』の場所に沈んでいる心の中の少女に、少年に…『大丈夫』を持って会いにいくことに他ならない。。届かなければ助からないのだ……涙が出た。 わたしたちは、生きていく道のりで、たくさんの助けられなかった少年や少女を、自分の心の中に残してきている。その存在は、わたしたちが、大きくなっても、まだその場所で泣いている。 一緒に大きくはなってくれない。だって、その時、助けられなくて、置いて来たのだから…。 あのこは、まだ助かって、いないのだから! 胸のなかの消す事のできない『助けて』の思いが、たくさんの少女を生み、 『助けたい』思いが、たくさんのおとぎ話を生んでいるのだろう。 拙いながらもわたしが書く事をやめられないのは、あの『助けての悲しみ』と『大丈夫の希望』が私の中で、繰り返し執拗に湧き続けるからだろう。。 力が足りなくて『大丈夫』が届かないのなら、せめて『助けられなくて、ごめんね』の声を きちんと届けたいと、思う。あの少女の(少年の)いまだ住み続ける、 海の底の、あの場所に――。 じぶんという存在が海の水に溶け込んでしまいそうだった。。 「こころの海に…」ってことなんだね。 ありがとう。Mさん。読みました。 うれしかった。』 古い手紙のようなものが出てきました。古いパソコンを友達に譲るので、古いデータを整理しているとき見つかりました。それが、Mさんあての、上のものです。 手紙と言うよりじつは、コメントの控えです。 これは、今は活動していないウエブサイトで、わたしの書いた文章だったか詩だったかを読んでくれた方が、「思い出した本があります」と本を贈ってくれました。 その本『ジュール・シュペルヴィエル』の『海に住む少女』を読んでの、 わたしの感想です。 ずいぶん前のことなので、こんなことを書いたことも、さらに本を読んだことすら、 すっかり忘れていました。ところが、ひょんなことから、 再びこれを懐かしく取り出すことになりました。。 そのきっかけは、ある方がまた別の場所(やはりウエブサイト・twitter)で、 わたしが書いたものを、見てこういってくれたからでした。 「ジュール・シュペルヴィエルの「海に住む少女」を思い出しました。」――と。 わたしの書いたものというのは・・・・・・ある写真を見て、はげしい思いに突き動かされて指が走るにまかせて書いたような、以下のものでした。 More こどものときやった、ママゴトの真似事を、ときどきします。陶器のおうちは、せんじつの赤城のギャラリーyoのオーナーようさんの作品です。 とても気に入って騒いでいると、割れてる部分があるとかで、お安くして頂きました。わーい! と手に入れた、詩人の買える一軒家です。^^ 今日はいろいろ行事がありまして忙しくて、つづきは、あとで書きましょう。 とりあえず、これにて。 お天気も素晴らしいです。どうぞ、みなさま、よい日曜日を♪(^_^)/~ More 毎年、一年に一度栗の出たときだけ店を開ける八百屋さんがあります。その栗がめちゃくちゃ、でっかくて甘い。栗の出る頃になると、「あいてた?」「まだだった」と仲の良い友だちと、情報交換をします。普通の栗が、終わった頃。飯沼の栗が出るのは、少し遅めです。最初、たまたまその路地を自転車で通りかかって、見事な栗が(栗だけが)並んでいるのを見て、「利平ですか?」と、きいたふうなくちを(笑)きいてみた。 そしたら、白い割烹着がよくおにあいのご年配だが上品で美人のおくさんが「うちは、ずっと飯沼ですよ。おいしいのよ」と茹でたのをひとつくださった。 「おいしい!」と声がでた。「おまけに、でっかい」と感激すると「いい栗でしょう」と嬉しそうな奥さん。店はご時世で閉めちゃったけれど、この栗のファンの方がいらっしゃって、「あの栗だけは」と頼まれるので、栗の時期だけ開ける、八百屋さんになったとのこと。てなわけで。三年前ぐらいから、わたしも栗買いの常連さんに仲間入りしました。 だから、栗のころになると、気もそぞろになり、用がなくてもチャリに乗って、広小路(店のある路地付近)をうろちょろする。あれはわたしです(笑)。 「今日は終わりました。明日また入荷します」の貼り紙を見つけて、今年もついに手に入れた。 今年は、茹でるだけでなくて、栗をお迎えするにあたって、何か「ひとふんぱつ」しようと考えました。この辺では、たいへん手間のかかるという「栗の渋皮煮」をときどき頂く。わたしには、手間的に、高嶺の花=渋皮煮でした。渋皮煮を?いえいえ。。 「そうだ、マロングラッセにしょう!」と、決意しました。だって、どうせ失敗するなら(笑)、同じ高嶺の花でも、マロングラッセなら仏蘭西ものなだけに、成仏(あはは)するのではないかと。 あれこれ、情報を集めて、情報の下準備と、栗の下準備をして、苦節8日間の、栗仕事でした。 *マロングラッセのグラッセとは、ガラスのようなという意味らしいですね。煮込んだ栗のまわりを糖衣した蜜がきらきらして、まるでガラスのようだということらしいです。 栗硝子・・・すりガラスでなくて・・・くりがらす・・・たびがらすでなくて・・・くりがらす。 なんて、あまいガラスだろう。。栗硝子。なんてきれいなガラスだろう。。栗硝子。過っても(失敗しても)、だれも傷つけることもないだろう。。栗硝子。とすっかり、ことばにまいってしまって、苦行は始まったのでした(笑)もくもくと、たんたんと。それは、なにやら清められるような禅宗のお坊さんの行のようなものでした。そんなこんなの・・・ 節初、マロングラッセです。少し固かったし、ラム酒も足りなかったのが、次への課題ですが。 おいしかった、わたしの栗硝子。おひとつ、どうぞ♪ 「栗っく」してお召し上がりくださいませ^^。 ![]() *この器は先日訪れた赤城の「ギャラリーyo(よう)」(すてきなギャラリーです)で、マロングラッセのために選んだ器です。いいでしょう^^?ギャラリーyoさんは、素敵なものがお手頃(有難い♪)で手に入り、うれしいギャラリーです。オーナーのyoさんも気さくで暖かくてセンスがよくてとても素敵な方です。 *初グラッセ作り、その工程を写真にしてみました。↓ More Published by デジブック *おりおりに書いたブログの詩(se.)をまとめてみました。日曜詩事♪ おたのしみ頂ければ 幸いです。(*ほとんどが、詩集には入ってないものです。) *音楽は、ラッパのマークをクリックすると消えます。 *詩は「‖」マークで一時停止して読んでいただくことができます。 *テレビが大きくなって(32inchですが^^)、映画のチャンネルをひとつ 買ったら、おうちがまるで映画館。画像があまりにきれいで夢のよう。 こっそり打ち明けるが、しあわせすぎる♪ そして、デジブックで、わたしでもこんなことができるようになりました。 便利な世の中ですね。なんだか、こわいぐらい。。^^ More 「ありのまま」でいいんだよ。という、考え方は「まちのもの」だとおもう。わたしは、田舎の人間だから。 「ありのままで」という一見楽な、フレーズにほっとしつつも 違和感がありつづける。 例えば「じゃがいも」例えば「大根」を お百姓さんたちは、農協に出すために一生懸命あらう。 つめたい池の水や、庭先の水道で、よく洗ってきれいにする。 「なぜ、そんなに、あらうの」「ひとさまに、かってもらうものだから」 「ひとさまに、あげるものだから」 葉っぱを切り捨て、ひげ根をちぎり、泥を落とす、 ひとさまに、さしだすために、 ありのままは、失礼だから。 ありのままじゃ、売れんからのう。 いつの頃からか、自然志向が流行って、ありのままを 葉っぱ付きの大根を、泥付きのじゃがいもが、良いということになった。 「ありのままでいいんだよ」「どろつきのままで」「むしがくってるままで」 「はっぱのままで」 そういわれても、違和感が残る。どろつきをひとさまに、渡して。 どろを、わたして。どろぼうみたいな、しごとだないかね。 「ありのままでいい」これは、都会の思考 郷里の言葉で、言い換えれば 「おじょうかのはやり」*城下 ぜったい田舎では生まれない。 そして、わたしも、そのような、ありのままの、 泥だらけの、虫食いだらけの、ほんとうを、どうしても、 ひとさまに、差し出すことが、できない。 わたしはありのままが、はずかしい。 山から引いて来た、水をためた、各家には池があった。 鯉も泳いだり、米をといだり、そして、ありのままを落として、 きれいにする場所だった、そこは。 ほんとうは、まちにあるのだろうか。 ほんとうは、きっとあの、羞恥を呑んだ、いけにある。 まちのひとよ。 あなたがたは、きれいだ。 あなたがたが、うらやましい。 More 数年前に知ったりんごですが。「秋映(あきばえ)」というリンゴが気に入っています。ほんのひとときしか、出まわらないのですが。固くて、美味しい。いちばん美味しいリンゴという人も。野性味のある、古き良きりんごの味がする。買ったというより、木からもいだような感じの味かな。 それと、朝の珈琲カップはだいたい赤カップなのですが。 最近は、このでっかハートカップをちょいちょい使います。 これが、今日の朝ごはんです。 んなわけは、ないのですが。。ちょっと風邪気味で なかなか更新できなくて、詩碑ばかりもどうかと・・・ 今日は写真だけで、失礼します。 あとで、またぼつぼつ書きます。 熱の風邪が流行っているようです。 みなさんも、気をつけてね。 そうそう、秋映またの名を 「黒リンゴ」と呼んでいます。毒リンゴと いうひともいるけど。。まあそういわず ひとくちどうぞ。 おいしいよ。 このごろは、先日の関本さんにオカリナで吹いていただいた 「赤い花 白い花」の歌ばかりくちずさんでいます。。 赤い花つんで あの人にあげよ 白い花つんで あの人にあげよ ・・・かわいい歌ですね。 ☆新刊の宣伝です。(時々、流します。あしからず) ★<こんな感じでできました♪> ★精巧堂さんが販売してくださっています。よろしく。 ★<精巧堂さんの店っこ♪> ☆(『店っこ』には、根曲がりタケノコとか、キャンドルライトとか楽しい商品がいっぱいです♪ 他も覗いてみてね。がんばる東北のめんこい店っこです。)
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