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いつもの犬との散歩コースに、入間川に沿った桜並木があります。ちょうど今時分、その桜木の剪定が行なわれる。どうも、桜係がいらっしゃるようだ。 いちど、散歩しているときにちょうどノコを持った桜係に遭遇した。まだ、並木の桜木が若木の頃だった。 「どういう基準で切るのですか」とその時尋ねてみた。 「まずは交通です」という答え。交通の(車の)邪魔にならないように。 「ずいぶん、はやばやと」とわたしが転がった若木の枝を横目でにらんで言うと 「はい、はやばやと」と答える(笑) 「はやばやと、はなぜ」とつづけると「いたくないから」と答える。 「いたく、ない?」「ええ、はやいほうが、いたくないでしょう」ですって。 分かったような、分からないような答えだったが(笑)。 切り口に、軟膏のようなものを塗って「ここから、枯れないようにです」と手当てもしているので。物の分かった人だろうと、言を信じるしかない。 顔も温和な人だった。顔を信じるしかない。 そのいつもの剪定が、ツンと尖った鉛筆の芯ほどの固い蕾が出た今頃に、毎年ある。結構、ばっさばっさと、大ぶりな枝を落とす。 その世の中に出たとも知らぬ、いたいけない「芯蕾」をつけた大枝が、ごろごろ土手に転がっている。それを、土手をずずっと滑りながら降りていって、拾い上げ担いでくるのがわたしの仕事です。 そして、大きな瓶に差して毎年、うまく咲かせてやるのがわたしの楽しみです。 剪定がちょっと早すぎたりすると、あるいはわたしが、別の散歩コースを取ってしまい見つけてやるのが、遅れたりするとうまく咲かない。日照りや積雪の影響もある。蕾が非常に幼いので、結構スリリングな「花咲か」である。 ときどき、友達の分もかついで帰って、喜ばれたり、そうでもなかったりしている。 (大枝なので…) さあ、今年はどうでしょうか。ちょっと早かったかな…と思いますが、咲いてくれるか否か。 毎日水と枝先を見る日課がはじまりました。 鉛筆の芯が、少し膨らんできたら、もうこっちのもの。 つぎになぜか緑がのぞく。その次に、ピンク色がちらりと見えてきて(あれ逆だっけ) あのピンクのチラ見の、蕾の嬉しさったらない。 ――娘を育てる気分です。 咲いたら、おうち花見です。やっほー♪ 家では、今年も来たね「ママ桜」と言われています。 こちらのお花は、先日出先から帰ると玄関先に投げ込んでありました。 その前には、八つ頭・ほうれん草・小菊・・・いろいろ入る 良い玄関(笑)。 大きな白い百合、カサブランカですかな。どなたか知りませんが、ありがとう。 とっても、良い匂いに包まれています。 百合いただいて、桜待ち♪ ![]() 横では、人の百倍利く鼻がもう春を嗅ぎ付けて、元気いっぱいの愛犬が散歩待ちです。^^ では♪ 知り合いのお店があるので、時々軽井沢に出かける。昔は「軽井沢」という響きだけで、なんだか特別な人たちだけのためのお洒落で贅沢な場所というイメージで、憧れや想像をかきたてられたものだ。今は、いいやらわるいやらだが、私のような普通の人も気軽に行ける場所となっている。というか、若者向きの原宿化してひさしい。 軽井沢はもともと避暑地なので、一年の殆どの収入は夏場に稼ぐ。そして、夏が終わると閉店する。そういうお店が多い。しかし、一年は夏のひと時だけよかった、バブリーな時代は終わり、不況や不景気の波はこのセレブな街にも押し寄せて、今は夏が終わっても開いているお店がけっこう増えている。 そして、その時代の流れに関係なく、地元の人や、近郊の人がやってるお店は、<昔から>冬でも営業していたようだ。元祖・通年営業だ。観光客や避暑客の訪れない冬場に、だれのために。なんのために。──もちろん、地元のひとたちのためにである。 軽井沢の近くに自宅がある、わたしの友達のお店(*内緒♪)はこの通年組なので、もちろん冬もやっている。おかげで、冬の軽井沢に足を運ぶ事ができる。雪降るの軽井沢の景色が愉しめる。そして、何よりうれしいのは、地元の人たちの行きつけのお店に連れて行ってもらえること。ほんとうに、こんな良いお店が、こんなところにと、驚く。知らないお店ばかりでうれしかった。そして、何とも人情味あふれる、ここほんとに軽井沢?な、お値段もお人柄もほっとするうれしいお店ばかりなのだ。そして、みんな同じ通年営業の越冬仲間だった──。 友達を知らなかったらお洒落なガイドブックに載ってる、絵に描いたようなそれっぽい店しか知らずにいただろう。友達が「やあ」とお店に入ると、「おや」とか「あらま」と言って店主さんが寄って来て肩をたたき、店員さんが相好を崩し、なんとも親しく温かい表情で我々を迎えてくれる。それは、友達のおかげだ。以前観光客として、訪ねていたときにはお目にかかれなかった景色だ。持つべきものは…とありがたく思う。林の奥にあるパスタ屋さん、道路沿いのステーキ屋さん、目立たない小さな中華屋さん、そして。いよいよ本題の、今日ご紹介したい、軽井沢でこんな言葉の付く店があるなんての「大衆食堂・フレスガッセ」。 ええっ。こんなお店が、この軽井沢に!と入ったとたん、まずはびっくりして息を吞むほど、アットホーム感というか下町感がみなぎっている。「いらっしゃい」コックさんキャップをかぶった看板娘(70歳とも噂される)のにゃあとした懐っこい笑顔に迎えられ。おつぎは胸にバッテンのオンブ紐をかけて赤ちゃんを背に、にこにこ味噌汁を出してくれる気のいいお嫁さん。「そっちは、どう?」とやっぱりにやにやとキッチンの奥から出てきて友達に店の案配を訊くのは、アリゾナのサバイバル大学を卒業してから、店を継いだ気さくな男前の息子さん。 すぐそばには、プリンスホテルや、少し行くと今をときめく巨大なアウトレットモールがある。お洒落で巨大な人工キノコのそばに、地味で小さな小さな本物のキノコが、道端にひょこっと顔をだしているように『大衆食堂 フレスガッセ』はある。見逃してはいけない! 店内に入ると、まず壁にずらっと並ぶ木の板に手書きのメニューのもったりとした文字のその「下手あたかたかさ」。そして、カラオケの表彰状(はなかったかな?)や歌舞伎の役者絵。ギョッとするお肉のぶら下がった薫製場の写真と作り手の笑顔。洗い込んだ布にくるまれ機嫌よく箸たちが放り込まれている筒状箸立て。窓辺にはヘンテコな木彫りの人形「だいだらぼっち、だ!」(*ご当地トロル)が歴史を重ねて黒ずんでいる。かと思えばレゲエ頭のボブ・マーリーらしきモザイク大パネルが正面に鎮座ましまし。あれやこれやそれや舟木一夫の割引券やの雑居が愉しい、大衆食堂色に抜かりは無い。 赤ちゃんのオモチャもその辺に転がり、家族の誰もが、誰にも遠慮してないし、お互いのデコボコを受け入れている感じ。<ラブ>だ。それが美を超越した(笑)店内のディスプレイに反映している。その寛いだ雰囲気のなせるワザか、店内に入り椅子に座った途端に、客がみな自然と笑顔になっている。もちろん、トイレは「失礼します」と靴を脱いで店側から自宅側に上がり込み、座敷のそばの狭い廊下を抜けてお家の匂いを嗅ぎながらの、ぐっと彼らの暮らしに踏み込ませてもらった、突き当たりにある。トイレから帰ってくるともうすっかり親戚のような気分になっているのが、おかしい。 書き出すとあれこれそれの楽しさにきりがないから、この辺にして・・・。 さて。かんじんの味だが、これがまた、うまい。とても、おいしい。「フレスガッセ」は手作りハム・ソーセージのお店です。「ソーセージ定食で、あそこまでご飯がすすむとは…」と客を唸らせるには理由がある。まずは添えられる味噌汁に「う・うまっ…ぃ」ともう唸り、つぎはソーセージの太さ、味わい深さにまた唸る。滋養とは、滋味とは、いや慈愛とはこのことかねと思わせる。ここでこの食の道27年の味の懐は、実に深い。(いやん、書いてるだけで行きたくなっちゃう。) 涼しい夏の日も、紅葉のきれいな秋の日も、雪に覆われた冬の日にも・・・そうです。どこもかしこも閉まって真っ暗な雪の夜道のひとところに、ぽつんと灯る・・・まるで山小屋のランプのような「フレスガッセ」の看板のぴかぴかとした明りのうれしいことその慈悲深いことったら、ない。山姥が居たとしても、わたしは飛び込んで悔いない風情だ。(*撮った筈の写真が見つからないのが口惜しい!) 「都心よりこんなに近く、山の緑、おいしい水、清冷な空気、ゆったりと落ち着ける心豊かな町。こんな軽井沢にハム・ソーセージの食道を開いて27年になります。 建物自体は手作り40年程の歴史があり、今では傾き少々、隙間風程よく、お洒落な軽井沢らしくない店構えです。街道添いのこんなににぎやかな軽井沢になる以前の面影を残したままの古い定食屋です。店構えに惑わされることなく、勇気を振り絞ってご来店ください。本当においしい定食がいっぱいありますよ。 」──フレスガッセHPより。 ★ソーセージの盛り合わせ定食がまずはオススメかな? 是非、いちど♪ More ![]() ![]() それから、つぎは、友だちの家の陽のあたった縁側での、ぐっと庶民的なお正月です。いただきものの、お酒「KANZEON」を持っていって、友だちと飲みました。「南無観世音」じゃなくて、「飲む観世音」だねとわらいながら、お日さまと一緒に頂いた清酒は、きれいな味がしました。 毎年、NHKの紅白歌合戦で歌われる歌を聞いて、新しい年の世相を占う義母の「歌占い」が面白いです。占いというより、人々の動向・流行を読み取るという感じですね。「なぜ歌手の歌を聞いてなの?」と尋ねると。彼女曰く、「歌詞というのは、先(未来)を夢見たものだからよ」とのこと。 「なるほど」の一理。 ひと通り歌が終わって、「さて、来年はどうでしょう?」と尋ねると「らいねんは、皆の心がやさしいものやあたたかいものを求めて、穏やかな年になるだろうね」と言いました。 その来年になりました。ママの歌占いがどうぞ、叶いますように。 More ときどき、キャンドルを灯します。百均とかで買ったのだけど。ロウソクのやさしい炎の色を見ると目があったまるようです。 目があたたまると、 つぎは、気持ちが あたたかくなります。 この絵は、鉛筆いっぽんでロウソクの明かりを描いたもの。 近くのギャラリーで気に入って買い求めました。 黒い鉛筆の濃淡だけで、 明かりを描くなんて いいなあ。まるで、言葉のようです。 どうぞ、それぞれの場所で あたたかい、良いクリスマスを お過ごしください。 ケーキとか食べて。 わらったりして。 いいな。 ★メリークリスマス!――あなたに。 ☆これもまた、凄いですね。『太陽の塔』☆クリスマス一等賞! More 先日、ママ(義母)と『百合子、ダスヴィダーニャ』を観に渋谷に行った。ネットで見つけた「ダスヴィダーニャ」のふしぎな響きと、その映画の宣伝用画像の見つめ合う二人の女性の間に載っていたことばに、つよく惹き付けられたからだ。それは、 『私はあなたによって良くされ、あなたも私によって良くされる。』 湯浅芳子のことばだった。その前の「私は、この愛がなんという名であろうとも、あなたの愛で、あなたという心の城をもって生きる。」という中條百合子のことばと対になっていた。百合子と芳子の顔と顔が対になっているように。 映画は、まるで「学芸会」を観ているような感じだった。よくなかったかと言えば、よかった。なんだか、こころがすぽっとハマってしまった。学芸会と言っても、上質のそれだ。上等の学芸会。というか。女同志が向き合って「しかし」とか「性愛は」とか「文章語」を棒読みするように、喋りだすその違和感が、どういう具合か、妙によい。よいように、さようしていた。なぜだろう。 『私はあなたによって良くされ、あなたも私によって良くされる』は 通常使われる「私はあなたに良くしたし、あなたも私に良くしてくれた」と内容としては、同じなのになぜこうも、違う風貌でこころをはげしく揺らせるのだろう。ロシア文学の翻訳者である、湯浅の骨頂が垣間見える。「何を言うか」ではなく「どのように言うか」に生命が懸かる翻訳者と、詩人は似て見える。きわまった場所でそれらは双子だ。わたしは、何に惹かれたのかすこしずつわかってきはじめた。 「天才少女作家としてデヴューし、戦中・戦後とプロレタリア文学、民主主義文学を代表する作家として名を馳せた宮本百合子。その作家人生に大きな影響を与えた湯浅芳子との関係は、ほとんど知られてこなかった。」とパンフレットにある。 ロシア語の勉強をしながら雑誌「愛国婦人」の編集をしていた湯浅芳子と宮本百合子。その運命の二人が、先輩作家・野上弥生子の紹介によって出合うシーン。1924年(大正13年)野上邸の美しい庭先のきれいに着飾った女性たちの華やかな会話から、映画は始まる。野上に紹介されるなり、「あれ、まったくつまらない雑誌ね」と湯浅の雑誌を面と向かってこき下ろし、涼しい顔する百合子。それを面白そうに、笑い返す芳子。 『大正から昭和にかけて、作家・中條(のちに宮本)百合子とロシア文学者・湯浅芳子の、本当にあった愛と別れの物語。』と映画のチラシにあるように、 『百合子、ダスヴィダーニャ』は、永く封印されていた、二人の女性の友愛と恋愛のものがたりである。 百合子が、芳子に「ロシア語で<わたしの愛しい人>ってどう言うの?」「Моя милая дорогая(モヤー ・ミーラヤ・ドロガーヤ)」「だったらこれから、あなたのこと“モヤ”って呼ぶわ」芳子は「モヤ」と呼ばれ、芳子は百合子のことを「ベコ」と呼んだ。やっぱりベコだ。わたしは芳子のベコに打たれる。ベコをみつける芳子に。 ──ところで。このような──喋り方には、どこか聞き覚えや、身に覚えがあった。このような名前のつけ方呼び方を、経験していない女子はいないのではないかと思う。「ママゴト遊び」だ。わたしたちは、あの遊びでいろんな役柄や声音や呼び方を学んだ。風当たりの強い現実の真似事(マネゴト)を、風から守られた場所で再現する。女の子たちのママゴト遊びは、そのまま表現者の姿のそれに変わるものではないだろうか。 そこでは、現実はいらなかったし、ゴハンだって草の実や花を盛って済んだ。そして、男が混ざる必要はなかった。たまに、誰かの弟がくっついてきて混ざることもあったが、ちょっと男子が混ざると途端に調子がくるって、座がしらけた。なんでだろう。 それは、ものを書く時にペンは一本でいい。そんな感じなのかもしれない。この映画にも、わたしにはそのママゴト感がずっと漂った。漂っていて、なんだかとても懐かしかった。ひょっとしたら、あのママゴトという楽園の続きを生きる。それが彼女らの。そして男子には「スタンド・バイミー」のような、あのワクワクする冒険の続きを生きる。それが「同性愛」というものの一つの解釈になるかもしれない。きっと安易だと、彼ら彼女らには、叱られるかもしれないが──。そう思ってしまった。 さて。映画のつづきに、もどると── 「あなたは私の前に、閉じられていた扉を 開ける鍵を持って現れたのよ」(百合子) 百合子は熱情を全開にして芳子に迫り、とろけるように甘く悩ましく芳子にまとわりついて放さない。わがままで奔放で才能あふれる女性作家・中條百合子の積極的なアプローチに心揺すぶられ、半ば押し切られるようにして、「わたしは男が女を愛するように、女を愛する」と公言する湯浅芳子は、百合子に心を奪われていく。甘やかな奔流の中に直立する棒杭のような、その硬い演技の『菜葉菜』に芳子の思いの強さがうまく滲んだと、わたしは思った。 開かれてしまったのは、しかし。実は百合子ではなく「結局、みんな男の元に去って行く」という無念の胸中に狂わんばかりの深手を負って生きる芳子の、必死に抑えようとした恋心だった。しかし思いのままに、今でいう「天然」で生きる百合子の熱情は、自由で枷(かせ)が無い。いつも嫉妬に胸を焦がし、懊悩に転げ回りながら、芳子は自問する。 「女と女の愛は、 ともに地獄へ堕ちる決心と勇気がなければ、 成就することはできないのだろうか」(芳子) 『これは大正から昭和にかけてのトゥルー・ストーリーで、芳子と百合子はこの後7年間、ともに暮らした。しかし一緒に渡ったロシア留学から帰国後、百合子は共産党員の文芸評論家(後に日本共産党書記長)宮本顕治のもとに走り、共同生活は無惨に破綻した』 ──是非、あとは映画を鑑賞してほしいけれど。 私が、こころに残ったことばをひとつだけ 『あなたの自然を知っている、わたしが百年だ』という湯浅のセリフ。 そういうことだ。くるしいけれど、知るべきことはこれだと思った。 鳥と鳥籠の恋物語のように──。囲い込めない自然に、道をゆずった囲い捕りたい己の業の、しかし短くはない『覚悟の百年』がここに見える、気がした。人智の及ばないものに道を明け渡す覚悟のできた、たとえば「永遠よりも美しい百年の姿」を、そこに見た。苦しい恋心を克服するには、愛が要る。まさに、愛の言葉がこれだと思った。(*自然と時間の対比もかんがえれば、奇異だ。詩の時空が働いているに見える。それとも、『存在と時間』につながる世界のことなのだろうか…。) あ。勝った。とじつは思った。この言葉を聞いたときに。芳子は百合子を超えたと。鳥と鳥籠の恋──は、少なくとも恋においては、芳子の勝ちだと──鳥は解き放たれ、籠は百年の檻(おり)を自らに科した。永遠に飛び立つかにみえたその「自然」の命はそんなに長くはなかった。 百合子は共産党員として弾圧を受けつつ活動する夫を助け、自らもたびたび検挙され、懲役・執行猶予の判決も受けた。しかし社会運動も執筆活動も衰えることなく、プロレタリア文学の第一人者として高い評価を得て。享年51歳、激しく強く、奔流のようなそして長くはない人生を「鳥」は閉じたのだった。老人施設でおだやかに長く生き延びたのは芳子の方だった。「百年」を満たしはしなかったが90余年を、「一番は百合子」と(「生涯で誰が一番好きだった?」のインタヴューに答えて)名乗れる愛を、「籠」は生き切った。いつもショート・ホープ咥えていたという。あっぱれだ。そして、なんてお洒落だろう。 コケティッシュで肉感的な百合子・一十三十一の演技も、理知的な言葉(セリフ)のほとばしりが官能(色気)を見事に凌駕していて、あっぱれだった。甘いものをついばみ、固いものを齧る。肉を生き、知を手放さない、百合子役を無理ないかたちで、すっきりこなせていたと思う。 肉体よりも、こころで結ばれている二人。その感じが良く出せていたと思う。 帰ってからも、二人が忘れられなくて、恋しくなって。もう一度二人に会いたい思いで、百合子役の一十三十一(ひとみとい)や芳子役の菜菜菜(なはな)の、今の姿をネットで検索してみたが、今風の若い女の子しか、そこにはいなくて。そこにいるのは、見知らぬ今時のきれいなお嬢さん達なのだった。思わず酔いを醒ます様な思いに浸りつつ。わたしの会ったのは、映画の中の芳子と百合子だったんだなあと、ため息をついて画面を消した。二人ともそれぞれ見事に役を生きて死んだんだと思う。素晴らしかった。 More 奥武蔵の山ふところに抱かれるようにして、ちいさな飯能のまちがある。日あたりがよくて、人柄がおだやかで、水も空気もおいしい。三島由紀夫の「美しい星」のモデルになった、町並みは旧く、歴史や文化の名残りをすみずみにとどめて、地味ななかにも風情がある町(まち)。 いまは、町おこしに頭を悩ます、いずこも同じ地方の町のひとつだけれど。いっときは、西川材の林業で栄え、裏絹の繊維産業で栄えた往時が偲ばれる裕福な佇まいが、まちにもひとにもいまだに漂う――。 若い人も、なぜか、ここを離れたがらない。東京に出るにしても、住まいはここに置きたがる。なぜか、ほっとする町なのである。ここ飯能は。住みば住むほど味が出て――住み心地のよい町。 胸を開くように、山ふところは南に開けて、山から下りてきた一本の清流が、ゆっくりと流れている。レッドアローに乗れば、40分で都内だ。始発だから、普通の電車でもゆっくり座って、文庫など読んでいるうちに都内についている。 山から登る朝日と、山にしずむ夕日が、ベランダから眺められる。 旧き良きの佇まいを残し、なんとも人柄の穏やかで、のんびりとした町。飯能。『いいのう、はんのう』をキャッチフレーズにしたいと思ってるぐらい(笑)、この町がすきです。 その飯能を紹介する、冊子が発行されました! その名も、『飯能情緒』たくさんのひとに、手に取ってほしいです。 冊子作りをするのは、デザイン担当の黒田さん、文章担当の石井さん。 このお二人のセンスとこれまた人柄のよさに、惹かれてわたしも少しお手伝いさせてもらいました。 今回は、解体された(丁寧に手壊しされたようですね。ありがたいことです。)遠藤新作の旧平岡レース事務所棟の特集です。★こころの建築(*わたしの書かせてもらった文章はこちらに) 詩以外の、冊子に関わるのは始めてですが、学ぶことがいっぱいあり楽しかったし、勉強になった。これからも、おつきあいしたい人たちです。どうぞ、よろしく。 この町、飯能がみんな好きです。市や商店街や学校や住人や・・・いろんな人々が協力して仲良く、ひとびとが「住んで良かった」と言い。ひとびとに「来て良かった」と言われる。でも、がんばりすぎない、ほのぼのとした「飯能、いいなぁ」とつぶやかれる、良いまちになっていきますように♪ 市の方からも、『市街地活性化計画』の案が出ているようです。たのしみです。飯能の良さを、飯能の人柄の良さを活かせて、町や皆が元気になっていきますように。 そして、まちにすむ、おとしよりもこどもも、みんなの、 えがおが、ふえますように♪ More 『早速、頂いた、シュペルヴィエルの『海に住む少女』を読んで(なんて清らかなストーリー、海の水は涙でできていると思えた)ひとつ分ったことがあった。少女の暮らす海の道を、はじめて貨物船が通ったとき、少女ははじめて大きな声をあげた。(少女はそれまでも歌う時大声をあげようとしても、なかなかうまくいかなかった。そのことになんとなくけげんな気持ちもしていた。) なんと。その声は『助けて!』だった。 海の中の街で淡々と暮らす少女は、自分が初めて外に投げかけたこの言葉に驚いた。 それは、しあわせにみえた暮らしの実際が、本当はしあわせではないことをはっきり言いあてた言葉だったから。少女は自分の声に撃たれた。 そして、通り過ぎて行った貨物船の、道に残る航跡を抱きしめてひとり泣く時に、わたしの胸も詰まった…この航跡が何を意味しているか、痛いほどわかるからだ。 わたしたちの書いたり書けなかったりする、言葉の正体は何か…それはきっと、『助けて』だ。 言葉とは、砕け散った『助けて』なのではないだろうか。。 わたしが書くというのは、なんどもなんどもその『助けて』の場所に沈んでいる心の中の少女に、少年に…『大丈夫』を持って会いにいくことに他ならない。。届かなければ助からないのだ……涙が出た。 わたしたちは、生きていく道のりで、たくさんの助けられなかった少年や少女を、自分の心の中に残してきている。その存在は、わたしたちが、大きくなっても、まだその場所で泣いている。 一緒に大きくはなってくれない。だって、その時、助けられなくて、置いて来たのだから…。 あのこは、まだ助かって、いないのだから! 胸のなかの消す事のできない『助けて』の思いが、たくさんの少女を生み、 『助けたい』思いが、たくさんのおとぎ話を生んでいるのだろう。 拙いながらもわたしが書く事をやめられないのは、あの『助けての悲しみ』と『大丈夫の希望』が私の中で、繰り返し執拗に湧き続けるからだろう。。 力が足りなくて『大丈夫』が届かないのなら、せめて『助けられなくて、ごめんね』の声を きちんと届けたいと、思う。あの少女の(少年の)いまだ住み続ける、 海の底の、あの場所に――。 じぶんという存在が海の水に溶け込んでしまいそうだった。。 「こころの海に…」ってことなんだね。 ありがとう。Mさん。読みました。 うれしかった。』 古い手紙のようなものが出てきました。古いパソコンを友達に譲るので、古いデータを整理しているとき見つかりました。それが、Mさんあての、上のものです。 手紙と言うよりじつは、コメントの控えです。 これは、今は活動していないウエブサイトで、わたしの書いた文章だったか詩だったかを読んでくれた方が、「思い出した本があります」と本を贈ってくれました。 その本『ジュール・シュペルヴィエル』の『海に住む少女』を読んでの、 わたしの感想です。 ずいぶん前のことなので、こんなことを書いたことも、さらに本を読んだことすら、 すっかり忘れていました。ところが、ひょんなことから、 再びこれを懐かしく取り出すことになりました。。 そのきっかけは、ある方がまた別の場所(やはりウエブサイト・twitter)で、 わたしが書いたものを、見てこういってくれたからでした。 「ジュール・シュペルヴィエルの「海に住む少女」を思い出しました。」――と。 わたしの書いたものというのは・・・・・・ある写真を見て、はげしい思いに突き動かされて指が走るにまかせて書いたような、以下のものでした。 More こどものときやった、ママゴトの真似事を、ときどきします。陶器のおうちは、せんじつの赤城のギャラリーyoのオーナーようさんの作品です。 とても気に入って騒いでいると、割れてる部分があるとかで、お安くして頂きました。わーい! と手に入れた、詩人の買える一軒家です。^^ 今日はいろいろ行事がありまして忙しくて、つづきは、あとで書きましょう。 とりあえず、これにて。 お天気も素晴らしいです。どうぞ、みなさま、よい日曜日を♪(^_^)/~ More 毎年、一年に一度栗の出たときだけ店を開ける八百屋さんがあります。その栗がめちゃくちゃ、でっかくて甘い。栗の出る頃になると、「あいてた?」「まだだった」と仲の良い友だちと、情報交換をします。普通の栗が、終わった頃。飯沼の栗が出るのは、少し遅めです。最初、たまたまその路地を自転車で通りかかって、見事な栗が(栗だけが)並んでいるのを見て、「利平ですか?」と、きいたふうなくちを(笑)きいてみた。 そしたら、白い割烹着がよくおにあいのご年配だが上品で美人のおくさんが「うちは、ずっと飯沼ですよ。おいしいのよ」と茹でたのをひとつくださった。 「おいしい!」と声がでた。「おまけに、でっかい」と感激すると「いい栗でしょう」と嬉しそうな奥さん。店はご時世で閉めちゃったけれど、この栗のファンの方がいらっしゃって、「あの栗だけは」と頼まれるので、栗の時期だけ開ける、八百屋さんになったとのこと。てなわけで。三年前ぐらいから、わたしも栗買いの常連さんに仲間入りしました。 だから、栗のころになると、気もそぞろになり、用がなくてもチャリに乗って、広小路(店のある路地付近)をうろちょろする。あれはわたしです(笑)。 「今日は終わりました。明日また入荷します」の貼り紙を見つけて、今年もついに手に入れた。 今年は、茹でるだけでなくて、栗をお迎えするにあたって、何か「ひとふんぱつ」しようと考えました。この辺では、たいへん手間のかかるという「栗の渋皮煮」をときどき頂く。わたしには、手間的に、高嶺の花=渋皮煮でした。渋皮煮を?いえいえ。。 「そうだ、マロングラッセにしょう!」と、決意しました。だって、どうせ失敗するなら(笑)、同じ高嶺の花でも、マロングラッセなら仏蘭西ものなだけに、成仏(あはは)するのではないかと。 あれこれ、情報を集めて、情報の下準備と、栗の下準備をして、苦節8日間の、栗仕事でした。 *マロングラッセのグラッセとは、ガラスのようなという意味らしいですね。煮込んだ栗のまわりを糖衣した蜜がきらきらして、まるでガラスのようだということらしいです。 栗硝子・・・すりガラスでなくて・・・くりがらす・・・たびがらすでなくて・・・くりがらす。 なんて、あまいガラスだろう。。栗硝子。なんてきれいなガラスだろう。。栗硝子。過っても(失敗しても)、だれも傷つけることもないだろう。。栗硝子。とすっかり、ことばにまいってしまって、苦行は始まったのでした(笑)もくもくと、たんたんと。それは、なにやら清められるような禅宗のお坊さんの行のようなものでした。そんなこんなの・・・ 節初、マロングラッセです。少し固かったし、ラム酒も足りなかったのが、次への課題ですが。 おいしかった、わたしの栗硝子。おひとつ、どうぞ♪ 「栗っく」してお召し上がりくださいませ^^。 ![]() *この器は先日訪れた赤城の「ギャラリーyo(よう)」(すてきなギャラリーです)で、マロングラッセのために選んだ器です。いいでしょう^^?ギャラリーyoさんは、素敵なものがお手頃(有難い♪)で手に入り、うれしいギャラリーです。オーナーのyoさんも気さくで暖かくてセンスがよくてとても素敵な方です。 *初グラッセ作り、その工程を写真にしてみました。↓ More Published by デジブック *おりおりに書いたブログの詩(se.)をまとめてみました。日曜詩事♪ おたのしみ頂ければ 幸いです。(*ほとんどが、詩集には入ってないものです。) *音楽は、ラッパのマークをクリックすると消えます。 *詩は「‖」マークで一時停止して読んでいただくことができます。 *テレビが大きくなって(32inchですが^^)、映画のチャンネルをひとつ 買ったら、おうちがまるで映画館。画像があまりにきれいで夢のよう。 こっそり打ち明けるが、しあわせすぎる♪ そして、デジブックで、わたしでもこんなことができるようになりました。 便利な世の中ですね。なんだか、こわいぐらい。。^^ More 「ありのまま」でいいんだよ。という、考え方は「まちのもの」だとおもう。わたしは、田舎の人間だから。 「ありのままで」という一見楽な、フレーズにほっとしつつも 違和感がありつづける。 例えば「じゃがいも」例えば「大根」を お百姓さんたちは、農協に出すために一生懸命あらう。 つめたい池の水や、庭先の水道で、よく洗ってきれいにする。 「なぜ、そんなに、あらうの」「ひとさまに、かってもらうものだから」 「ひとさまに、あげるものだから」 葉っぱを切り捨て、ひげ根をちぎり、泥を落とす、 ひとさまに、さしだすために、 ありのままは、失礼だから。 ありのままじゃ、売れんからのう。 いつの頃からか、自然志向が流行って、ありのままを 葉っぱ付きの大根を、泥付きのじゃがいもが、良いということになった。 「ありのままでいいんだよ」「どろつきのままで」「むしがくってるままで」 「はっぱのままで」 そういわれても、違和感が残る。どろつきをひとさまに、渡して。 どろを、わたして。どろぼうみたいな、しごとだないかね。 「ありのままでいい」これは、都会の思考 郷里の言葉で、言い換えれば 「おじょうかのはやり」*城下 ぜったい田舎では生まれない。 そして、わたしも、そのような、ありのままの、 泥だらけの、虫食いだらけの、ほんとうを、どうしても、 ひとさまに、差し出すことが、できない。 わたしはありのままが、はずかしい。 山から引いて来た、水をためた、各家には池があった。 鯉も泳いだり、米をといだり、そして、ありのままを落として、 きれいにする場所だった、そこは。 ほんとうは、まちにあるのだろうか。 ほんとうは、きっとあの、羞恥を呑んだ、いけにある。 まちのひとよ。 あなたがたは、きれいだ。 あなたがたが、うらやましい。 More 数年前に知ったりんごですが。「秋映(あきばえ)」というリンゴが気に入っています。ほんのひとときしか、出まわらないのですが。固くて、美味しい。いちばん美味しいリンゴという人も。野性味のある、古き良きりんごの味がする。買ったというより、木からもいだような感じの味かな。 それと、朝の珈琲カップはだいたい赤カップなのですが。 最近は、このでっかハートカップをちょいちょい使います。 これが、今日の朝ごはんです。 んなわけは、ないのですが。。ちょっと風邪気味で なかなか更新できなくて、詩碑ばかりもどうかと・・・ 今日は写真だけで、失礼します。 あとで、またぼつぼつ書きます。 熱の風邪が流行っているようです。 みなさんも、気をつけてね。 そうそう、秋映またの名を 「黒リンゴ」と呼んでいます。毒リンゴと いうひともいるけど。。まあそういわず ひとくちどうぞ。 おいしいよ。 このごろは、先日の関本さんにオカリナで吹いていただいた 「赤い花 白い花」の歌ばかりくちずさんでいます。。 赤い花つんで あの人にあげよ 白い花つんで あの人にあげよ ・・・かわいい歌ですね。 ☆新刊の宣伝です。(時々、流します。あしからず) ★<こんな感じでできました♪> ★精巧堂さんが販売してくださっています。よろしく。 ★<精巧堂さんの店っこ♪> ☆(『店っこ』には、根曲がりタケノコとか、キャンドルライトとか楽しい商品がいっぱいです♪ 他も覗いてみてね。がんばる東北のめんこい店っこです。) 伊豆に住んでる友達が声をかけてくれて、朗読をしてきました。新しい詩集が出て、初めての朗読会。 友だちの住んでる小さな港町に、詩人・石垣りんさんのお墓があることを 知って、行くのは始めてという彼女と訪ねて見ました。 海を見下ろすとてもいい場所にお墓と詩碑が立てられていました。 詩も景色もすばらしかったです。詩碑には遠くの海が映りこんでいて おしゃれです。りんさん、しあわせだなあと思いました。 「そういえば、このお寺で拝んでから、子どもが授かったかも」と思い出す友だちとついでに 「ありがとうございました」とお礼参りも済ませました。 ![]() 帰りには、海を見ているお坊さんにも出会いました。 More 飯能は広小路の『めいわどう』さん。飯能河原そばのおしょくじ処『もくしゃ』さん。 江古田のポエトリーカフェ『中庭ノ空』さん。 秩父はお花畑駅そばの『ポエトリーカフェ 武甲書店』さん。 に置いていただいております。お手にとって頂ければ 幸いです。 ご注文は秋田の『精巧堂』さん。 によろしくお願い致します。 とっても感じのいい人ばかりの 会社です♪ ☆いっしょうけんめい、かきました。 ――どうぞよろしく。 More きのう(9月19日)。明治公園に出かけました。開催場所もよくわからず。駅員さんにたずね、お巡りさんにたずね、どうにか目的地に到着。 たくさんの人出でした。ひとは歩道にまで、あふれ出ていて。やっとこさ、公園のはじっこにはいりこんで、ふっと上を見ると。 なんとまあ、生け垣の高い椎の木に椎の実が鈴なりでした。(あれは、粒がおおきい)(一袋百円で高知の帯屋町で昔売ってた上物だ)としばし、見上げていると、上空を数機のヘリコプターがバタバタとうるさく音立てて旋回しています。 「どれぐらいの人出ですか?多いですね」と隣のおじさんに たずねると「どうやら、六万人ぐらい出てるらしいですよ」 「ろくまんにん!ですか。5万人集会かるく、オーバーですね。」 「でも、きっとテレビでは少なく報道しますよ」 「?」 「2万5000人とかにしますよ、きっと」 「2万5000人?ですか。まあ、なぜそんな嘘の報道するんでしょうね」 ![]() 【さようなら原発 5万人集会】── これだけのコトがおこって、なおかつ止めないのは。よっぽどのコト(事情)があるのだろうか。 「ここにきてみろ。反対反対なんて気楽に言ってられない、震え上がって奥歯ガタガタ鳴る程の現実があるんだぜ」とかの・・・庶民には知らせることのできない、やれおそろしい・・・ どんだけのコトがあるのだろう・・・とカイエダさんの泣き顔など思い出して 性善説で想像してみるけれど。わからない。 * 京都にいるころ、わたしは初めてデモ行進というものを見た。周囲のほとんどを、「もの言わぬ」山川草木にかこまれて育ったわたしは「もの申す」ひとびとの群れを見たことが無かった。「あれは、なに?」「デモ行進」「なにを、してるの?」「世の中を変えようと、してるの」「え、世の中って、ひとのちからで変えられるの?」・・・そんな会話を誰かとしたような気がする河原町で。お寺や神社や老舗やと古い建物ばっかりの、見るからに伝統を守ることに固執した、頑固で保守的な街のはずの京都が。ずいぶん進歩的でリベラルな街なんだということを知った驚き。それは、京都は大学の多い街であり、その学生達の醸し出す自由な気風のせいでもあるとも、後にわかった。その時、生きたいように生きていいんだ・・・ということを、たぶん私は京都で習った。街のあちこちに出没するかれら学生たちに。京都で自由を──彼らに教えてもらったのだ。 でも、自由だけ習って、思想や政治は遠慮した。だって、何をやらかすかわからない自分が、とても人にもの申す正しい者とは思えなかったし・・・。だから、運動やデモは横目で見ながら通り過ぎる者だった。せめて邪魔はしないようにと気をつけて──。 * でも、あの頃がなつかしかった。あの頃の学生だった、もう散り散りになった、死んだり、音信不通になったりの、今は会えない仲間がなつかしかった。今でもこういう声高な集まりや行進は正直苦手だ。でも、あの頃のかれら、向こう側にいた懐かしい彼らの中に、今ごろ、遅れて飛び込んでみる、そんな気持ちで参加したのかもしれない。慣れないことをした理由は。よくは、わからない──。けれど。 ひとつだけ、わかったことは。思いに体を沿わせるのは、いい感じだと。 人の姿の基本形に、立ち戻ったような清々しいものが体に入るのが わかった。 More 「仕事で移動中にたまたまここがアルベール・カミュの生家だよと言われて写真をとりました。ドレアンという名前の町です。前から話には聞いていたのですが、現地の人に聞いてもカミュって誰?という反応が多く今日までわかりませんでした。 タクシーフォンと書いてある店は携帯のプリペイドカードを売っていたりコピーができたりするところです」 アルジェリアに仕事で出かけているという、フランス在住の友だちから、写真とメールが届いた。 あの『異邦人』で有名なアルベール・カミュの生家とのことです。友だちは、わたしの行けない(?)フランスに行って、フランス人と結婚し、ときどき、こうしてフランスや近場のヨーロッパの景色や話を送ってくれる。わたしの興味ありそうなものを、選んで。いつも、うれしい。 フランスや月にはいけなくても、もつべきものは、フランスに行ける友である。あとは月の友か?(^^ 「ママンが死んだ」ではじまる、物語の衝撃を忘れない。「太陽が暑かったから」じゃないや「太陽がまぶしかったから」という殺人の理由と。それは、「髪型が気に入らなかったから」という理由で学校をさぼった私と近からずとも遠かったのか(?)・・・なんていろいろ考えた。 「『異邦人』のどこが異邦なの?僕にはとても普通の考えをした、凡人に思えるけど。」といった土佐の同級生のことばにも。 ママンがしんで――いまは、コピーができたりする携帯ショップになっているそうですよ。カミュさん生まれた宅。 More? 教科書に「玉虫厨子」というものが出てきたとき。歴史には興味がないのに、玉虫の翅で作ったというその玉虫に興味を持った。虹色に輝くというその翅の美しさに。貴重な宝の箱に、織り込まれる美しい虫の羽とはどんなものだろう。 一度、この目で見てみたいものだと。 でも、だれよりも、野山を駆け回ったはずのわたしなのに、玉虫は見たことがなかった。さっき調べたら、生息地に四国がはいってるようですが。 それからじつは、三度だけその姿を見ている。 一度目は、京都で―― 京都の下賀茂神社の森で。なぜか、わすれたけれど。手に怪我をしていて。 なぜか、木漏れ日のなかで、すわって。誰かに、爪を切ってもらっていた。 そのとき森の中から、捕虫網をかかげた数人の子どもたちが現れて、 「何をとったの?」ときくと 「玉虫」と。 「見せて」とたのんで。 その子どもの手のひらで、緑色にきらきら輝くうつくしい生きた玉虫を、 はじめて見たのでした。 でも、その日のことは、なぜか、包帯している自分の腕も、 木漏れ日の差す神社の杜の中で 誰か男の人に、手の爪を切ってもらっていることも、 玉虫を捕まえた子ども達が きゅうに現れたことも・・・すべてが ほんとのことのように、おもえず、 なんだか夢のようでした。 二度目は、伊豆のともだちのところに遊びに行ったとき 飛んでいるのをちらっと見て「あ、玉虫」と追いかけたけれど 山の方へ飛んで行ってしまった。 三度目は、アーサービナートさんの講演と朗読を聞きに 丸木美術館に行った時。 野外に設置された会場でお話を聞いているときに、すぐそばの 木立の中を、御用提灯を振るような、ふしぎな上下する飛びかたで 飛んでいて「あ、玉虫だ」と声をだして、お話もほったらかして(笑) 追いかけたのですが、桜の木の高い梢にやっぱり 逃げて行ってしまいました。 そして、四度目の昨日。なんと自転車を漕いでる目の前の道に きらっと光っているものを見つけ── 念願の玉虫厨子の玉虫の、生きた姿をやっと手にしました。ほら! きれいで、きれいで、暫し眺めて── ![]() また、飛ばしました。 餌はエノキやケヤキらしいですね。どうりで、スイカを食べてたカブトムシを 思い出して、お出ししてみたキュウリは見向きもしませんでした(笑)わ。 More 「詩人になる条件って何ですか?」と若い女性に訊かれて「弱さ、です」ときっぱり答えた年配詩人(北川透氏)のことばがこころに残っている。(これ、前に書いた気もしますが、同じDVDを二度借りられる?お年頃なのでご勘弁♪)福間健二監督の映画『岡山の娘』のなかでのこと。さすがだなあ、とおもった。そのひと言にどれだけ飛距離を持たせるか。あるいは、井戸の中にうまく投げ込めた石のように、うまい言葉はたくさんの響きをもつ。ひと言で、たくさんの深い胸の内を打ち続ける。 「弱さ(人の)、です」これは、救いと答えと希望がまとめて入っているような、おとくな言葉だ(笑)。弱さ以下(!)にいる人は、まずいない。そして仰ぎ見て問う者に、その人こそが答えだと足もとを示す。線をたどると幾何学的にもみごとな言葉の仕事におもう。どれほど、答えたくてたまらないことを。どれほど、答えないか。――詩の骨頂はここにあると思う。(わたしのばかは、そのがまんが、でえきらい♪ 「間違ってても、ぼくの答えだ!」と叫んで消させなかったあの子のセリフが、でえすき♪) 外し且つ、撃たなければならない。あるいは、撃たず且つ、外してはならない。 だからそれが、正解かどうかなんてことは、問題じゃない。ある時は「詩人の条件ってなんですか?」「腕力、だよ」の時だってあるのだと思う。おすし屋さんに「時価」ってあるけれど、いま・ここ・このひとをとらえた、ことばの「詩価」がどれだけ、出せるかが詩人のうでの見せ所だろう。色々めんどうなことを人は好きにいうけれど。わたしは知らない。知らないわたしは、詩の価値は、「ノリ」だと思っている。のれるか、のれないか。 「詩人の条件は?」「弱さ、です」・・・これを聞いて、楽になったり、よおしっと思ったり、われこそはと思った者は、岡山の娘だけではないはずだ。かぎりなくほんとにちかい、すてきな嘘だと思います。 その福間監督の新しい映画『わたしたちの夏』がただいま「東中野ポレポレ座」で好評レイトショー開催中です。「あなたのこと『嫌い』なんじゃなくて・・・『苦手』なんです。」・・・って、すてきな大嘘(笑)を観にいきましょうよ!そのうそがほんとになるまで、なんどでも♪ *河川敷のあちこちの草むらに今、見つかる花です。キンポウゲ科の仙人草(センニンソウ)。どこが仙人なのかしら。ひゅっとのびた白い花びらが、仙人の口ひげに似てるのかな?「だいたいでいいんだよ!」(*本年度萩原朔太郎賞受賞・福間健二さんの言葉♪)・・・ですって。 More
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