晴れときどき 宮尾節子


宮尾のブログ talk to who?               
by sechanco
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
★新刊のお知らせ★
◎<新刊詩集のご案内>

☆『宮尾節子アンソロジー 明日戦争がはじまる』(集英社インターナショナル)

☆『明日戦争がはじまる』(思潮社オンデマンド)



◎『恋文病』¥1800+税
『読んだ人をちょっと大丈夫にしてくれる魔法がありました』──詩集の感想(Uさんより)
→☆ご注文はこちらクリック!から☆

★電話やFAXでの注文もできます。
・精巧堂印刷所
・電話 0187-62-2340
・FAX 0187-63-1583
☆宮尾の詩集は秋田買い♪よろしく!

☆花のように(動画)
☆アルハルクラすべてを
──*詩集より朗読。


★旧刊についてのお問い合わせはこちらに★

★既刊詩集
☆ドストエフスキーの青空¥1800
☆妖精戦争
↑¥2000(残部僅少)
☆かぐや姫の開封(残部僅少)
↑¥2800
☆くじらの日(完売)
↑¥1000
*詩集は、詩集名を記入して★こちらへご注文くださいませ。★

★メールはこちら→sechancono☆gmail.com(☆を@に変えてくださいませ。)
★な
ライフログ
ブログパーツ
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
カテゴリ
以前の記事
2017年 08月
2017年 07月
2017年 05月
2017年 04月
2017年 03月
2017年 01月
2016年 12月
2016年 11月
2016年 10月
2016年 09月
2016年 08月
2016年 07月
2016年 06月
2016年 05月
2016年 04月
2016年 03月
2016年 02月
2016年 01月
2015年 12月
2015年 11月
2015年 10月
2015年 09月
2015年 08月
2015年 07月
2015年 06月
2015年 05月
2015年 04月
2015年 03月
2015年 02月
2015年 01月
2014年 12月
2014年 11月
2014年 10月
2014年 09月
2014年 08月
2014年 07月
2014年 06月
2014年 05月
2014年 03月
2014年 02月
2014年 01月
2013年 09月
2013年 07月
2013年 06月
2013年 05月
2013年 04月
2013年 03月
2013年 02月
2013年 01月
2012年 12月
2012年 11月
2012年 10月
2012年 08月
2012年 07月
2012年 06月
2012年 05月
2012年 04月
2012年 03月
2012年 02月
2012年 01月
2011年 12月
2011年 11月
2011年 10月
2011年 09月
2011年 08月
2011年 07月
2011年 06月
2011年 05月
2011年 04月
2011年 03月
2011年 02月
2011年 01月
2010年 12月
2010年 11月
2010年 10月
2010年 09月
2010年 08月
2010年 07月
2010年 06月
2010年 05月
2010年 04月
2010年 03月
2010年 02月
2010年 01月
2009年 12月
2009年 11月
2009年 10月
2009年 09月
2009年 08月
2009年 07月
2009年 06月
2009年 05月
2009年 04月
2009年 03月
2009年 02月
2009年 01月
2008年 12月
2008年 11月
2008年 10月
2008年 09月
2008年 08月
2008年 07月
2008年 06月
2008年 05月
2008年 04月
2008年 03月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
最新のコメント
Nariさん あり..
by sechanco at 04:38
inoriさま 詩..
by sechanco at 04:37
初めまして、こんにちは。..
by inori-ori at 15:17
naokoさま。 ..
by sechanco at 20:29
はじめまして。詩に心を動..
by Mousy at 16:09
ありがとうございます!う..
by sechanco at 10:40
今まではただ通り過ぎるだ..
by 風の里農場 at 21:41
おはようございます。はい..
by sechanco at 07:52
おはようございます。まち..
by 風の里農場 at 07:12
ひらがなで書いて、気がつ..
by sechanco at 10:33
フォロー中のブログ
検索
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧

カテゴリ:詩関連( 42 )


7月9日②「人間関数――トルタオーディオブック」北千住BUoYにて。


両国のポエケットの会場を出て、連詩組の仲間とちょっとお茶などして歓談してから、猛暑の東京の街を、ゴロゴロと大荷物を転がしながら、北千住へ。夕方からは北千住のアートスペースB0uY(ブイ)「人間関数――トルタオーディオブック」出演しました。
a0082132_23582938.png
*BUoYまでの道順*
a0082132_00305931.jpg
北千住の街並みがこれまたよくて
お赤飯や草餅や惣菜など店主の手作り感満載の、古い個人店のならぶ商店街や
小洒落た古民家風カフェがあったり
なかなか味わい深い。
a0082132_12195327.png
見上げれば、ぼうぼうと草ツルに囲まれた民家。そのツルになっている実は、なんと!南の島のトロピカルフルーツ
わたしの大好物のパッションフルーツではないですか。
南の島でなくても育つのですね!とびっくり。どんな町だ北千住は。
パッションは情熱ではなくて受難のパッション
なのも、このみです。
a0082132_00313691.jpg
*BUoYについてはこちらをどうぞ↓*


20年前のボウリング場と銭湯跡が、アートスペースとして生まれ変わる。そのプレイベントとして、詩人や歌人や歌手、舞台俳優さんと数人が、暗い廃墟状態である会場のさまざまな場所を、小さなライトもって回遊しながら朗読する。そして観客も同じように回遊しながら、好きなところに行って朗読を聴く。お化け屋敷のなかを回りながら、ところどころに潜んだお化けが詩の朗読をするのを聞きと言ったところかな。^^なかなかスリリングでした。
a0082132_23574726.jpg
*会場風景↑わたむしさん画像*

司法試験のように難しい笑、細々と指示の明記した台本についていけるか心配でしたが。暗闇は心の暗闇にも優しいのか、いろんな躊躇が吹き飛んで。墨に墨を溶かすように、言葉を吐き出し続け。無我夢中の2時間近くが、あっという間の、5分位に感じたのが、今だに不思議でなりません。
a0082132_23555602.jpg
トルタの河野聡子さんがバケツからぶちまけた「言葉のカード」が会場内に散乱していました。その一枚、一枚のおみくじのようなフレーズがなかなか秀逸でした。何枚かお土産にもらって帰りました。
a0082132_00342215.jpg
物販コーナーの詩集にも、お客さんの誰かがその言葉カードを置いていて、それがなかなか鮮やかな仕事でした。
たとえば『恋文病』には「貸して」のカード。『かぐや姫の開封』には「そういえばさ、斧、知らない?」
『ドストエフスキーの青空』には「どすけん。」うまい!と思わずにやり。

後で、トルタの河野さんが、こういう決まりごとのない自由に動けるイベントでいちばん面白いのは
意外なことをしてくれる「観客の行動」だと。なるほどなあ。。と思いました。

最初、はじまって地下の浴場に降りていくと、私の座って朗読するはずの椅子に、お客さんがちょこんと座っていました。それ、わたしの椅子なんですが。。おお、どうしたものかと、困って立ち竦んでしまったところから、台本は消えました…そして腹が据わった。後は、暗がりのなかで耳をすませて、変わりばんこで朗読することになっている、歌人の中島裕介さんが、遠くの柱の陰で3回又は2回、彼の短歌を朗読する声だけを頼りに。鳥のさえずりの合間に、呟くような喚くような、詩の言葉を吐き続けました。何か目立つものをつけることと指示があったので、ちょっと印をいれた、当日の私の衣装♪↓
a0082132_00321531.jpg
椅子に座ったり、歩き回ったりしてわたしが朗読した詩集は、2001年に発行した『妖精戦争』から。「あきら」(緘黙症の男の子の詩)「クレヨンのlilac」(苛めで自殺した少年の詩)「限りなくイエスに近づく」(「イエスにキスをするユダ」の素描にインスパイアされた詩)あと「夢の島」などを小分けにして読みました。

a0082132_00104793.jpg
*2001年に飯能の小さな印刷屋さんで作った・私家版詩集
『妖精戦争 INNOCENT WAR』(タイトル詩は
オウム真理教についてのもの)
*定価より高くして笑(残部僅少のため)販売したのですが
おかげさまでポエケット会場で完売しました。
ありがとうございました!
開けるたびに未だにヒリヒリと胸が痛む詩集です。
最後に出演者全員が輪になって順番に朗読するシーンで

わたしが朗読した詩「ことばを殺せ」です。↓
a0082132_19490706.jpg


演じるほうも、観るほうも、何が起こるかわからないスリリングなリーディングイベントでした。トルタはいつも刺激的なポエジーに挑戦する、前から注目していた詩人たちのグループなので、今回わたしも混ぜてもらえてラッキーでした。

今回も誰にも定位置のない回遊するリーディングでした。どこへ行ってもいい、どこを見てもいい、何を感じてもいい、誰を聞いてもいい、そして、どこも見なくてもいい、何も感じなくてもいい、誰も聞かなくてもいい…そんな開かれ方の連鎖が、トルタの持ち味な気がします。一つを自由にすることで、次つぎ自由の幅が広がり、底が抜けていく。そんな一見、突き放したような、開放系のトルタのスタイルが好きなのかもしれません。

トルタはクールなのですが、底に流れるものはとてつもなく、ホットに感じる。今回の床に惜しげもなくバシャバシャ、ばらまかれた言葉のカードを見ていてもそうですが、靴で踏まれることは当然想定されている。高踏派ということばがあり、高みを踏むと書きますが、わたしは意味より、その言葉のみを気に入っています。みなが高みに向かって羽ばたこうとしているとき、その高みをすでに踏んでるやつがいる…なんて、なんだか叶わない気がして。うれしくなります。トルタの仕事にも、そんなところがあるような気がします。クールなのかホットなのか、不真面目なのか真面目なのか、成功なのか失敗なのか笑、分別不能なところが。そこが毎回たのしい。

詩人たちが後生大事にする言葉を、みんながどんどん土足で踏んでいき、舞台が終わってから床をみると、靴跡だらけのカードの言葉たちが(これまたカッコイイ言葉なのですが)、汚れて一面に散らばっていて。何とも痛快でした。

きっと、抑圧されたキリシタンの時代でも、踏み絵を前にした信者たちに「踏んだらいいじゃん」とほんとの神様は(あるいはトルタなら♪)言ったはず。その声がクールなのかホットなのか、はたまたユーモアなのか。誰にもわからない。そんなグループがトルタ・バーバルユニットです。

今回は、演劇の方や、歌手の方、短歌の方、とさまざまなジャンルの方とご一緒できてたのしかったです。そして、猛暑の毎日、会場設営に尽力してくださった、ドラマトゥルクの吉田さんはじめ制作スタッフのみなさんも、たいへんおつかれさまでした。



当日も、猛暑日で。エアコンのない会場でお客さんも、きっと大変な思いをされたことでしょう。それでも、お運びくださって、うれしかったです。

ほんとに、ありがとうございました!

イベントの詳細や感想などはこちらにまとめられています。
↓よかったら、どうぞ。


a0082132_00355815.jpg
打ち合わせに参加した
仲間(一部)と。

*たのしかった!











[PR]

by sechanco | 2017-07-21 00:36 | 詩関連

震えているか

震えているか。
              宮尾節子

わたしは賛成です。
ここで思いを述べている人たちを
どこの誰だということを、まずは忘れて
(それを知るのは、あとからでも遅くはない。)
同じ人間の声として、目をつむり、あるいはしっかり目をひらき。
すべて語ることを、耳を澄ませ、じっくり聞いて、
それでも、どうしても彼らが間違っていると思うならば。
あなたが自分自身を正しいと思うことに
わたしは賛成です。

わたしは反対です。
ここで思いを述べている人たちの
どこの誰だかは、よく知らないままで
(それを知るのは、あとからでも遅くはない。)
同じ人間の声として、目をつむり、あるいはしっかり目をあけ。
すべて語ることを、ひと言漏らさず、しっかり聞いて、
そのうえで、あきらかに彼らが正しいと思うならば。
あなたが自分自身を間違っていると思うことに
わたしは反対です。

わたしは弱い力しかもちません。わたしは自分しかまもれません。
最後はきっと強い力に負けます。最後はきっと他人を見捨てます。
もし、あなたが人間であるならば。わたくしも同じく人間です。
そして、もちろん彼らも同じ、弱い力の人間です。

ただひとつ、言えるのは。
わたしたちが、まずじぶんのことを一番に考える
(それは、当然のことだ。)
のに対して、彼らは。
ここで、思いを述べている人たちは、一番のじぶんのことより、
じぶんたちのことよりも、あなたがたのことを考えていること。
(つまり、まだ他者を見捨てていない。)
その一点において、
彼らとわたしたちは、あきらかに一線を画す。

なぜなら。
じぶんたちのことだけを考えるなら、彼らはものを言わない。
怖くてものを言わない、わたしたちの心が震えているように
もの言う、彼らの足は震えている。
(それが、まかり通ることに!)
震えているか、賛成か反対かじゃない
震えているか。

(*共謀罪に反対するジャーナリストら十四名の共同声明を聞いて。)
a0082132_15512807.jpg
*岩上安身さんのIWJ(インデペンデンス・ウエブ・ジャーナル)に特別公開されている、動画と全文文字起こしの文章を読んで、書いた詩です。内容は↓こちらに。

「共謀罪は自由な情報発信を殺す」――ジャーナリストら14人が共謀罪に反対する共同声明を発表!(*2017年4月27日の共謀罪反対声明のIWJによる動画および文字起こし

<書き起こし記事より抜粋 です。>

私たちは「共謀罪」法案に大反対です

「共謀罪」は、まだやっていないことが取り締まりの対象になります。

「共謀罪」は、私たちの内面の自由、プライバシーを踏みにじる道具になります。捜査機関に際限のないフリーハンドが与えられ、監視社会が現実化するおそれがあります。監視のまなざしは人々に内面化されていきます。人々は心を閉ざす方向へと向かいます。何とか自分を守るために。
a0082132_15520607.png
◯「その団体が犯罪に走るかどうかを、警察はどうやって捜査するのかというと、盗聴、盗撮、スパイを潜り込ます。この3点しか方法はないんです。」(大谷昭宏

◯「こういう一連の流れは、安倍政権4年間のアメリカとの一体化から来ている。安保法制、集団的自衛権、秘密保護法、共謀罪、すべて連動している。これらが一体のものとして出てきているという視点を持つ必要があるというように思っています。」(岸井成格)

◯「共謀罪に反対している人は左翼だという認識で、保守がこれに反対するはずがないと思っている。一般の90%以上の人が、『自分は一生テロも犯罪もするはずがないから、関係がない」と思っています。」「ふつうは、ほとんど90%以上の人が、もの言わぬ市民として暮らして一生を終えますよ。けれども、何かあったとき、例えば、わしが関わった薬害エイズ事件のようなことがあれば、(略)こういうときは、権力と戦わなきゃいけなくなるんですよ。

◯だから、もの言わぬ市民のはずが、被害を被ったときは、もの言う市民に変わるんです。そんな場面を、ふつうの市民が想像できるかどうか、ここにかかってるんですよ。ものを言わねばならない市民に誰もが変わる可能性がある、ということを」(小林よしのり)

◯他にも、今はそこら中にある監視カメラ網、その顔認識システム、GPS捜査とか、目の虹彩、網膜、指紋、声紋、掌紋など、いわゆるバイオメトリックスが全て連動して、私たちの一挙手一投足が政府に見張られ、それが民間にも開放されて、マーケティングの役に立たされていく。◯そうなったら私たちは、人間というよりは単に息をする財布であり、政府の思い通りにただ操られるだけの生き物になります。共謀罪というのは、その最後の仕上げだと思います。ものを自由に考えたり、主張したりということは、もう一切許されなくなる。許されるにしても、それはお上の判断次第。(斎藤貴男)

◯『表現の自由、言論の自由、報道の自由を著しく破壊するものである』とあり、これだけだと、マスコミ従事者、フリーのジャーナリスト、あるいは小林さんのような表現者、といった人たちだけが対象なんだ、と思われてしまうのではないかということです。1億1千999万人ぐらいは関係ないと思われがちですが、そうではなく、共謀罪は2人以上の会話、手紙、メールを対象とするわけですから、本質は、コミュニケーションの自由を侵すということです

◯内心の自由だけではなく、コミュニケーションの自由をすべて奪う、あるいは監視下に置くということです。マスコミュニケーションだけでなく、通常のコミュニケーションも全て含まれます。1億2千万人のあらゆる人が使うメール、SNS、電話、さらに口頭のコミュニケーションが対象になります。遅きに失してないと思いますので、これを強く、お伝えしたい。

◯もう一つ、この共謀罪に関して指摘しなければいけないことは、ありとあらゆる人のコミュニケーションが対象になるはずですが、政治的権力者、経済的権力者の犯罪は除外されているんです。(岩上安身)

◯私は長い間テレビの報道に携わっていて、皆さんの側から見てきました。これまでも情報公開法、特定秘密保護法、電波の停止発言のときには、テレビで仕事をしている人に声をかけて、こういう記者会見を開きましたが、共謀罪というのはそれらに比べてレベルが全く違う、稀代の悪法だと思います。

◯すでに何人かの方がおっしゃったように、これは平成の治安維持法です。まだやっていないことについて、人間の内面を裁くという、とんでもないことが起きようとしています。

◯声明文の中に『監視の眼差しが人々に内面化されていく』という部分があります。パノプティコンという監視システムがありますが、人は、自分から見えない者に監視されているという思い込みがあると、監視されていようがいまいが、自分から監視者に合わせて自分の自由を放棄するほうに進みます。メディアの自粛とか、自己規制、忖度というような言葉がありますね。監視の眼差しを内面化することが起きている。(金平茂紀)

◯私から特に言うことはありませんが、共謀罪がなんでまずいのかということを話しているということ自体が、そもそも非常に不思議です。

◯そもそもテロを防ぐ条約ではないわけです。そのために必要な『テロ準備罪』と、主要メディアが平気で呼んでいる。そのこと自体が僕には信じられないです。これに反対をしなければならないこと自体が信じられない。ありえない。『バカ言ってんじゃないよ』の一言で終わりにならなければおかしいのに、これだけ人が集まって、その法律のどこがおかしいのかということを真顔で議論していることが非常に不思議で、外国人記者から『どうなってるんだ』と言われます」(神保哲生)

◯「50年ほど日本の政治を見てきておりますけれども、私は、この法案以前の話で『教育勅語を賛美するような内閣が用意するものは、すべからく信用できない。こんなもの潰さないかん』とずっと思っています。

◯もともと私自身は自分の立ち位置を、右でも左でもなく、なるべく真ん中あたりに置こうと、ずっとやってきたんですが、気が付いてみると、いま私はかなり左のほうに位置づけられているんですね。ここにおられる人の大半も『最近あんまりテレビで見ないな』という感じで、世の中全体、特にテレビの業界は忖度が働いて、みんな外されている感じがするんです。世の中、本当に右傾化していると思います。(田勢康弘)

◯共謀罪の問題を単純化して語るならば、進めたい側が『安全を取りますか。それとも人権を取りますか』と突きつけているという構図だと思います。もちろん、その議論に乗るか乗らないか、そもそも監視を強めることでどれだけテロ対策になるのか、といった個別の議論はありますが、この構図がなかなか共有されていないと、感じています。(津田大介)

◯私たちはいま、そういうとんでもない時代の曲がり角に生きているということを皆さんには自覚していただきたいと思います。戦後70年ずっと見てきて、私はそう思います。

◯みなさんがおっしゃるように、今回の共謀罪の最大の問題は、私たちの内面に侵入し、何を考えているか、何をしようとしているのかを、警察、公権力がさまざまな手で察知し、何らかの手を打つ。

◯この共謀罪がもし成立すれば、何にもしていなくても、罪を犯さなくても、考えていることや、誰かと話してることが共謀罪で警察と検察によって認められ、逮捕されてしまうというような事態が起きてもおかしくないと思います。(鳥越俊太郎)

◯ご存じの通り、現段階において、警備公安警察というのは、もう既にかなり危うい捜査を日常的に行っているわけです。そこに政権が制度的な保証を与えてしまうということ、さらに加えて、新たな権限を付与するということがどれだけ危険なのか、それを我々は認識すべきではないかと思っています。

◯共謀段階から捜査するためには、我々の日常的な会話を含むプライバシーに網をかけることができなければ、共謀、共同を立証することはできないわけです。ですから、一般人は無関係ではありえません。

◯テロリストはテロリストの看板を掲げていません。テロリストにも犯罪者にも日常があり、その日常を私たち一人一人も共有しているわけです。つまり何が摘発されるのかよりも、私たちが日常の捜査の網のなかに含まれるということに、危機感を持たざるを得ません。

◯私たちが守らなければならないものは何か。保守であるのであれば、私たち自身で、私たちの社会が築き上げてきた言論の自由、表現の自由、民主主義を死ぬまで保守する必要があるのではないかと思っています。社会を萎縮、沈黙させることは保守でもなんでもなく、社会を壊すことです。(安田浩一)

◯一つ私がどうしても言っておきたいことは、この共謀罪は憲法に違反しています。思想の自由、表現の自由、憲法で定められた19条、21条にある法律です。また、憲法の35条には、令状なしに自分たちのプライバシーや所持品などを捜査されない権利が定められている。ところが、共謀罪では、この令状なしに踏み込んでくる。そういう憲法違反の側面というのを非常に濃厚に持っているということを忘れてはならないと思います。

◯ありとあらゆる言論、表現、良心、内面の自由に関わる法律は、常に悪質化するということです。(略) こういう良心に関わる、内面に関わる法律は必ず悪質化する。必ず強制力を伴う。これは過去の経験、過去の歴史がそう教えているだけではなくて、今の、現実もそう教えています。共謀罪はそうなっていく可能性が非常に高いと懸念しています。(吉岡忍)

◯警察の取材というのをかつて長くしていました。今日、国会、参議院の議員会館でやっているのは偶然なんですが、国会にも近いということで一言だけ申し上げたいんです。

◯僕らが異議を申し立ててきたのが、特定秘密保護法、通信傍受法の強化、盗聴法です。さらに去年の司法取引導入、それから今回の共謀罪。つまりこれは、警察に次々に武器を与えているということなんです。

 警察官の人たちは、おおむねまじめですし、一生懸命仕事してるんですが、強力な実力組織だから、政治がきちんとコントロールをしないと危ないという恐れを、政治家の人たちは本来持っているべきだと思うんですね。

◯しかし、特定秘密保護法も通信傍受法も、次々にやすやすと与えているんです。(略)共謀罪がどうなるかは分かりませんが、歯止めをかけようとか、恣意的な運用をさせないようにする、といった工夫を凝らしている節がまったくない。このまま警察に次々と武器を与え続けたら、後悔するときがいつか間違いなく来ると思っています。(青木理)



a0082132_15523750.png
動画と書き起こしには以上のようなことが話されていました(その一部の抜粋です)。
みなさんの真摯な訴えが心に刺さりましたが、とくに
テロリストはテロリストの看板を掲げていません。テロリストにも犯罪者にも日常があり、その日常を私たち一人一人も共有している」という安田浩一さんのことばに「そういうことか…」との思いを持ちました。

いくら法案が通ってもテロリストではないわたしたち一般人が、捕まるわけがないとの思いが、正直わたしたちの根底にある。確かにテロリストではないが、問題はそこではなかった。
テロリストと一般人の共有するものがひとつある。
それが「日常」。ここに網が張られるということが問題なのでした。
つまり私たちの日常、普段の暮らしのいちいちが監視されるということの怖さです。

もう一点は、人の内面に権力が介入する怖さです。
わたしたち表現する者は、フィクション(虚構)を取り入れることによって、現実を見つめ直すあるいは、違う角度から現実を知り直す、そんなことをしている存在かもしれません。厳密には、フィクションの補強によって成り立つのがわたしたち詩歌小説などの表現の世界なのです。その踏み板としての虚構部分に、介入されるとどうなるか。。という懸念が生まれることです。それだけではなく、どうやら家族のあり方まで、介入がありそうな雲行きですね。。

そうならざるを、得ない厳しい状況や乱れた社会があることは確かですが。そうかといって、大きな力が、一気に解決にむかって、行き過ぎてしまうこと、国会の強行採決の場面を何度も見せつけられて、その暴走を止められない恐ろしい状況が今、来ているように政治には疎いわたしですら、思わずにはいられません。それが、多くのひとに潜在的な不安として、どんどん蓄積していってるように感じます。

また。

この声明の質疑応答の最後のほうで、

岸井成格さんが、警告されたこと。。このことこそが、時には親近感すら感じつつ(それは近親憎悪も含め)安倍さんの言動から目が離せなくなってしまう理由でした。

それは、なにか。それは、彼がたいへん「ことば師」であること。
もしも、詩歌人をことばのマジシャンというなら
かれも、同じ穴の、仲間のにおいがするからです。

岩井さんはいいます。
いろいろな視点があると思いますが、今日の議論で触れておく必要があるのは、安倍政権の政権運営戦略の基本に、言葉の使い方にものすごく神経を使うということがある。(略)『この言葉は使わない。この言葉を使おう』ということを、積極的に戦略としている。だから国民は非常に騙されやすいんですよ。

 安保法制もそうです。実態は、米軍と一体化する戦争法です。それによってスーダンにも出ているわけです。集団的自衛権とは、他国のために自衛隊が戦うことです。そんなことは分かり切っているのに、国会では『そうではなく、国民の生命、財産を守るためだ』と言うんですよ。うそばかりの連続で、どの法案も強行採決してしまう。これが最大の問題だと思いますね。安倍内閣は、言葉の使い方を非常にうまく利用して、結果的に国民を騙しているということが非常に多いということが問題です」

岩井さんは、国民を騙している、というけれど。わたしは、そうは思わない。
国民によいことを、してると、本気で思い込んでいると思う。


それは、
詩を書き始めの者が、よく陥る過ちのように
ステロタイプな借り物の表現に、自ら酔って(陶酔)しまうことです――。
そんな、恥ずかしいところも、そっくりです。


わたしは、政治のことを語れる器ではないです。これ以上はもうやめます。
ただ、政治のことをふくめ、歌う器ではあるようです。
歌のような詩は、勝手にどんどん、指から出てきます。
なぜかは、わたしにも、わからない。です。。

なので
ここに、もうひとつの歌をおいて、おわります。

a0082132_16101295.jpg

うそを守れ

      宮尾節子


守りたいのはうそだ。

わたしは、うそを守りたい。

うその何を守りたいか――

うそがどこまでもうそである、健全さを守りたい。

ある日 うそがうそでなくなることが、何よりおそろしい。

うそが決してほんとうにならないことを、だんこ守りたい。

うそは私たちが作り出した、うその国のたいせつな宝物だ。

うそは私たちの暮しの糧、うその国のだいじな商売道具だ。

うそは私たちの命を守る、絶対安全なシェルターでもある。

それなのに、

あなたがた、ほんとうの国の経済が立ち行かなくなった。

あなたがた、ほんとうの国の政策が立ち行かなくなった。

あなたがた、ほんとうの国の治安が立ち行かなくなった。

からという理由で、

私たちうその国から、我々のうそをつぎつぎと持ち出し始めた

あなたがた、ほんとうの国へ――

うその言葉は、うその国で使うから誰も傷つかなかった。

うその約束は、うその国で破るから誰もが笑っていられた。

うその武器は、うその国で打つから誰にも当たらなかった。

うその暴力は、うその国でするから誰の血も流れなかった。

うその殺人は、うその国でするから誰も死ななかった。

うその法律は、うその国で決めるから誰も捕まらなかった。

なのに、うその国で生まれた、あのひとは

それを全部、ほんとうの国へ運び出そうとしている。

まるで、良いことをするかのように――

ほんとうの国へ持ち出したら、うそは全部ほんとうになる。

たいせつな国の財産を、根こそぎ取り上げられた

うその国の怒りによって。

わたしの守りたいのは、うそという安全圏でのどこまでも自由なうそだ。

玩具の兵隊の夢は、本物の兵隊になることじゃない。

うその夢は、ほんとうの国に行くことじゃない。

うそのままで自由に、うその国で暮らすこと。

そんなに、うそが好きなら――

おまえが戻ればいい。

おまえの生まれた、うその国へ。

戻って来れば、

どんなことがあっても、みんなでおまえを守る。

みんなできっと、うそを守るように、おまえのほんとうを守る。




共謀罪、テロ等準備罪法は結局決まってしまいましたが。
つよく、ふかく、ながく、反対しつづけると彼らの声明にあるように、
書いてしまいました。

とりとめのない、一人語りを
よんでくださって、ありがとうございます。





more?
[PR]

by sechanco | 2017-07-02 16:34 | 詩関連

札幌・豊平館にてトークと朗読会/4月22日(土)

*明治時代に開拓使が建てた国指定重要文化財「豊平館」にて
a0082132_12050432.jpg
連詩組のみなさんと北海道の詩人のかたがたとのトークと朗読会です。
即興連詩会も開催の予定
よろしくお願い致します。
a0082132_11555206.jpg
a0082132_11565250.jpg

[PR]

by sechanco | 2017-04-11 12:05 | 詩関連

日曜詩人の朗読会/下北沢B&Bにて

3月26日(日曜日)
昨年秋から始まった
日曜詩人学校、みなさんと共に詩を学んできて
いよいよ、作った詩をみなさんが朗読発表をすることになりました。
a0082132_00123089.jpg
しっかり、詩人気分を味わっていただこうということで
下北沢の話題のブックカフェ・本屋B&Bさんにて朗読会を開催。

最初は、講師の文月悠光さんと宮尾で「日曜詩人のつくりかた」と題して
よもやま トークを。
どんな講座をやったか どんなところを苦労したか
どんなところに発見があったか などなど 振り返って
あれこれ たのしく お話をしました。
a0082132_00132502.jpg
わたしは名前を使った折句詩や一行詩でお返詩をする、あそびや
三行連詩など
文月さんは穴埋め短歌や、写真を使って詩を組み立てていく作業など。

しりとりや、連想ゲーム、連想しないゲームなど、
手遊びをまぜながら、わたしは体から言葉がでるところの
面白さを担当し。

文月さんは、出てきた言葉をしっかりと詩にしあげていく
方法を。

そこには、書ける、書けない、という詩の世界ではなく
詩を「書く」という確かな意思のもとでの
丁寧な工程への手ほどきが。

二人それぞれの持ち味が、出せたかな…と
思います。
a0082132_00134134.jpg
あれこれ 話がひろがって 漫才みたいに なりつつ
時間が過ぎていきました。

背景のスクリーンには、みんなで作った
一行連詩が映し出されていました。

一行ずつ、作ったひとの
紹介もありました。


a0082132_00152928.jpg
あとは、文月さんの朗読
10年ぶりだとかの、古い詩と
新しい詩集からの、2編を。
春のウグイスの声を、聞くような、ハリのある良い朗読でした。


a0082132_00152890.jpg
わたしも、「明日戦争がはじまる」から一つと
新しく発行された詩の叢書『未明01』から一編を読みました。

雨だったので、長靴履いてます(笑)


a0082132_11430561.jpg
さて。いよいよ、日曜詩人のみなさんの朗読です。

手作りの冊子を手にした方や
スマホで朗読する方

男性の方
女性の方

二十歳の方
二十歳がいくつも分の方

昔の自分を語る方
今の自分を伝える方

家族のことを詩にした方
同僚のことを詩にした方

ささやくように朗読する方
アクションをいれて朗読する方

はじめて詩をかいた方
もうすでに詩をかいていた方

わたしは トークで
詩って 方言みたいだ と伝えました

うまれそだった 
土地のことばがあるように
うまれもった 
個人のことばがあるはずだと

それぞれの かたが
それぞれの 自分詩を 披露して
ください ました。

さまざまな 鳥の声を
聞くように

それぞれの 心の声が
胸にしみて

みなさん とても
すばらしかったです。

聞かせてもらえて
しあわせ でした

*何人かのかたに わたしの詩も 読んでもらえて めちゃ うれしかったです。ありがとうございます!

a0082132_11433013.jpg
みなさんと 詩でつながって
ほんとうに 仲間が増えたようで
心強い 思いがしました

ひとに ぶつけると 傷つける かもしれない
思いも 
ことばに すると 楽になります

ことばは いくらでも おこらずに
受け取って くれます

ひとりのときも ことばという
味方が いることを 詩で感じて もらえれば 幸いです。

a0082132_11442665.jpg
さてさて 無事に 朗読会も おわって
うちあげです

みんな そろって おなべです

a0082132_11474463.jpg
きちんと ことばに みみをすます
そして 真摯に こたえる
その すがたに 信頼できる方だなあ との
思いを つよくしました
文月さんの 講評を聞くのが 大好物でした。

みなさん、ふづきさん、ごいっしょ、できて、うれしかったです。

ありがとうございました!

会場には一般のお客さんもたくさん来ていただき、満杯となりました。
そして、そして、
ラメールでお世話になった、吉原幸子さんの
息子さんの純さんも、来てくださいました!

朗読を聞いていただくのは、はじめてです。

吉原さんに、見守られているような、幸せな気持ちで
胸がいっぱいになり、感慨深かったです。

寒い
雨の中を
みなさん、純さん、
ほんとに、ありがとうございました!











Omake
[PR]

by sechanco | 2017-04-02 00:11 | 詩関連

赤ままの歌

a0082132_05093024.jpg

赤ままの歌
          宮尾節子

おまえが歌うな。
わたしたちの歌を。まるでおまえの歌のように。
おまえが奪うな。
わたしたちのほんとうを奪って。
おまえのうその歌にするな。
わたしたちの赤飯(あかまま)の歌を。おまえの飯事(ままごと)のために歌うな。
わたしたちの手がうつむいて紡いだ歌。
わたしたちが歌うための歌を。
きょう顔をあげておまえが歌うな。
                     2016.12.28



More
[PR]

by sechanco | 2016-12-29 05:10 | 詩関連

日曜詩人学校はじまりました。

a0082132_09061599.jpg

11月25日金曜日。日曜詩人学校の第一回目ぶじ終了いたしました。


第1回目は宮尾の担当で、

変形しりとり遊びで盛り上がったり、一行詩とお返詩の相聞朗読をしたり。自己紹介の折句詩を作っていただいたり。みなさんノリがいいので楽しい初回となりました。

a0082132_09380976.jpg

作っていただいた詩もみんな意欲作ばかりで講師二人で感激。文月さんの講評がまたあざやかで聞き惚れてしまいました。

*折句詩のお手本に

葉月野さんの「夏いろはるか」と山田兼二さんの「羽曳野」を使わせて

いただきました。ありがとうございました。


地元飯能の方や連詩組のメンバーの方も参加してくださって。

とても心強く、リラックスできました。


おかげで、詩の講座とは思えない和んだ空気のなかですすめることが

できたのが、うれしいことでした。

文月さんも「講師だってこと、忘れて楽しみました」とのこと。


わたしも何だか、浮かれてしまって、詩以外のことまで

べらべらおしゃべりが過ぎた感じでちょっと反省しました。^^


でも。終わったあとで、平凡社のひとにも、みなさんにも、たのしかったと、言ってもらえて、よかったです。

ありがとうございました!

***

詩ごころは、おさなごころ、

幼(おさな)少女心、幼(おさな)少年心から発信されてくるような気がします。

そのはじまりには。きっと「遊びたい」があって。

なのに「遊べない」につまづいて。

だから。遊び心は、大切だと思います。


そして、遊び、たのしみながら、こころや、ことばを、

ふかめて、いけたら、さいわいです。

じぶんのおもいを、じぶんのことばに、のせる。
詩というかたちで。


ある精神科医のかたが、混沌を言葉にすると、気持ちが落ち着く。
と書かれていました。

器に水を掬えば、流れている水が、ひととき落ち着くような、ものでしょうか。


思いを言葉で掬うのも、そういうひとつの、掬いであり
救いなのかもしれません。なら。ことばでひと息つきませんか。


日曜詩人学校。
わたしたち、ふたりが、そんなお手伝いを、できますように。

a0082132_09242885.jpg

これからもどうぞ、

よろしくお願いいたします。



[PR]

by sechanco | 2016-11-30 09:46 | 詩関連

わたしの歌をゆるしてください。

a0082132_982366.jpg

わたしの歌をゆるしてください
               宮尾節子

心地よい
秋の野原を
飛び交う

とんぼの歌を
見える
とんぼの歌をうたわずに
見えない
せんとう機の歌をうたう

おくびょうな
わたしの
今日の歌をゆるしてください。

晴れた
秋の大空へ
飛び立つ

せんとう機の歌を
見える
せんとう機の歌をうたわずに
見えない
とんぼの歌をうたう

おくびょうな
わたしの
明日の歌をゆるしてください。

見えるものをうたわずに
見えないものばかり
うたう

どうぞ 
今日と明日の
わたしの歌をゆるしてください。

a0082132_12543075.jpg
「明日戦争がはじまる」という詩を書いてから、色々話題にして頂きましたが。
時にわたしは自身の毒に手を焼きます。
脅すようなタイトルをつけたことにも複雑な思いが。
そして不穏な空気を煽り、誰かを傷つけてしまったのでは
という申し訳ない思いが。。胸の底に、常にありました。

こんな詩を書こう…と思って書くというより、
「こんなのが出ました」に近いのが、
詩作です。
だから自分でもびっくりする。けれど、出来の悪いやつでも、わたしの産んだ言葉の子なのです。

明日どんな詩を書くかわからない自分も含め…

「わたしの歌をゆるしてください」
ずっと
言いたかった言葉がやっと言えた気がします。。

こんな わたし ですから・・・

みなさんが平和に暮らしているときに
おどすような
戦争の詩を

あるいは

みなさんが戦闘機を見上げているときに
のんきな
とんぼの歌を

歌うかもしれない

どうぞ
わたしと

わたしの歌をゆるしてください。

宮尾節子
[PR]

by sechanco | 2016-09-27 12:56 | 詩関連

秋のクラムボンと詩の仲間たち

a0082132_12311570.jpg
[朗読カフェ 秋のクラムボン in 清里/2016.917

山梨県詩人会のみなさんの開催する「朗読カフェ 秋のクラムボン in 清里」に呼んでいただきトークと朗読をさせて頂いた。会場は「森の音楽堂」というまさに森の中の素敵な建物でした。
 9月半ばの紅葉にはまだ早い清里の森は、それでも明るい秋の日差しを浴びて、白樺などの広葉樹の葉を蜂蜜色に透かせて、美しい木陰を作っていました。とても心地よい一日でした。

前もって送って頂いていた「山梨県詩人会」の発行する詩誌「山梨の詩」(通巻12号とのこと)や自作詩朗読会の冊子「あゆか」を拝見し、こうして山梨でも詩を書き継ぎ、読み継いで、詩の灯を消えないように支え続けている仲間がいることを、嬉しく心強くありがたく思いました。何より詩自身がうれしいことでしょう。

そして、「山梨の詩 2014 通巻11号」の編集後記にあった、こまつかん氏の「百花繚乱。/紙の二次元ページに表現されたことばたちが/僕のイメージの世界によって/変容しようとしている。/僕の過去の様々な体験が/なめらかにつながって共鳴をしたのだ。/どのようにあがいても/この身体の内側で音声言語になる。/僕の身体が思想を始めた。/また/新たな着想がやってくる。/嬉しくて大きく息を吸う。」という詩にたいへん心打たれました。まさに詩を読む醍醐味が。活字という二次元世界から、ほとばしるイメージに力をもらって、「嬉しくて大きく息を吸う」生身の身体が元気に息を吹き返す歓喜の姿が、そこに見えたからです。

           *
a0082132_20425173.jpg

光に満ちた明るい森の音楽堂で、山梨県詩人会会長の安藤一弘氏の温かいお人柄のあふれたご挨拶と、副会長の橘田活子さんによるぴんと張り詰めた「八月の町」という力強い詩の朗読ともに会は始まりました。そして、わたしのトークの前に会員であり今回の会のコーディネーターである沙羅樹さんが私の紹介を兼ねて「妖精戦争」を朗読してくださいました。以前録音でお聞きしたときから魂が震えるような思いがして、大変こころ打たれた彼女の朗読。それは生でお聞きしたときに「ストラディバリウス」というバイオリンの名器の名が言葉が浮かんでしまった程、素晴らしい天性の声の持ち主。その声で、拙詩を読んで頂いて光栄でした。
a0082132_021234.jpg
せっかく「妖精戦争」を読んで頂いたので、2001年に出した私家版のこの詩集について、背景などいろいろ内輪話をしました。「制御することにどのような意味が」というある詩のフレーズから触発されて出発した、私と私の詩の冒険詩集であることなど。いろいろと。また「明日戦争がはじまる」という詩についての背景や。一昨年、早稲田の大隈講堂で開催された「時代の危機と向き合う短歌」という歌人の方々のシンポジウムで印象に残ったお話の紹介なども織り交ぜて、社会的なできごとと表現についての話もさせて頂きました。最後にそのシンポジウムで歌人の永田和弘氏が言われた「歴史上で、出来事は残るが、庶民の感情は残らない」という言葉を引いて「その残らない庶民の感情を残す、手段・役割として、我われ詩歌の世界があるのではないでしょうか。それをわたしたち、書き手の希望につなげたいです」と拙いながら、そんなふうにトークを締めくくらせていただきました。

以前、荻窪の「6次元カフェ」のオーナーであるナカムラさんがおっしゃっていた「その場所に行かないと味わえない一回限りのたのしみ」。さまざまな場所にえっちらおっちら足を運び身を運んでの、朗読やライブには、わたしもその「一回限りの再現不能/いま・ここの輝き」を期待しています。

普段は言葉に文字になってしまう2次元存在の書き手たち。その2次元から3次元に人として立ち現れる瞬間のダイナミズム。著者の体からふりそそぐ言葉は、活字とはまた違った感慨があります。わたしも決めていた朗読と違って(ごめんなさい)、ついその場のノリで『妖精戦争』の中から「桜の木」(新潟少女監禁事件をモチーフにした)を読ませていただきました。みなさんの温かいまなざしの中でこの詩を読みたくなったのでした。聞いてくださってありがとうございました。

ネットでは長くつながっていた方ともお近くとのことで、来ていただき、初めてお会いしてお話できてよかったです。リクエストということで「三つ葉家族」も読ませてもらいました。
a0082132_12341985.jpg
今回は朗読する朗読者すべての詩を収録した素晴らしい冊子も会場で配られました。この会で中心的に動いてくださった沙羅樹さんの行動力やさまざまなお心配りに参加者全員が感激でした。まだ詩集を出していない参加者もたくさんいますので、こうしてちゃんとしたアンソロジーになることが、どんなに嬉しかったことでしょう。お仕事お心遣いに感謝です。

「朗読カフェ クラムボン(山梨=やまなし=宮沢賢治=クラムボン、だったのですね!)」を支える山梨県詩人会のみなさんの朗読、そして、遠くからゲストとして参加した詩人たちの朗読タイムも素晴らしかったです。それぞれの方が、それぞれのスタイルで発せられる詩の声。もともと「自由詩」とは自由な形式の詩のこと。それぞれの土地で生きる人々に、それぞれの地の方言があるように、詩もまた同じこと。その人の生きる姿が、その人の言葉となって、立ち顕れる姿は圧巻でした。
a0082132_1235827.jpg

日常を語りながら、身は日常を超えた世界とつながっている。非日常を語りながら、身が日常を生き延びる術となっている。表現は違えど、そのような交歓がそこに起きていること。それは両方が必要な世界として信頼されていること。その二つの世界への信頼と交歓を言葉にすること。その言葉の架け橋を絶やさないこと。それが詩を生きることだと。今回たくさんの方のさまざまな詩と出会いながら。詩の豊かさを、そのように捉えました。

暮らしの詩、ロックな詩、深刻な詩、愉快な詩、映画の字幕のような詩、人生の詩、お芝居のような詩、暗闇から響いてくるような詩、その場で言葉をもらって作る即興詩、いろいろな人がいるように、いろいろな人が、それぞれの持ち味出して、よい詩を聴かせてくださいました。

*連詩組の方も何人か参加(冊子参加含め)されていて、それぞれがますますご自分の世界を極めておられて、ご一緒する回を追うごとに、おおっとまばゆい思いで詩を愉しませていただき、たいへん力をもらいます。これからも、それぞれの信じる詩をそれぞれのスタンスそれぞれのペースで、愉しみつつ磨いていかれることを願っています♪
a0082132_12475383.jpg

会の最後は、かっこいいミュージシャンの佐藤光徳さんが、沙羅樹さんの力強い朗読「透過光」とのコラボのあと。熱くギターの弾き語りを披露してくださり、みんな大いに盛り上がって、拍手のうちに終了となりました。
a0082132_12505489.jpg


清里の魅力的な展示のあるレストランでみなさんと打ち上げ。初めての方とも、詩でつながっているから、性別も年齢も超えて、会話もはずみました。
a0082132_12514342.jpg
a0082132_144201.jpg
(*展示中の作家さんの金柑の実で作ったライトの可愛らしさに一目惚れして、買っちゃった。)
                                                     **
a0082132_1254978.jpg

お泊まりは清里の森のなかの素敵なペンション、泊まり組の3次回が夜遅くまで続きました。ギターを弾いて、懐かしい歌を合唱したり、歌ったり踊ったり、即興詩のレクチャーを受けたり、花火をしたり、もともとは言葉だけでつながっていた、我々が言葉を抜け出して、出会う生身の愉しさ。詩が体を得て、遊ぶ愉しさでもあります。ふだんの役割を離れて、こころに住むからだが、遊び始める。人が寝静まったあとで、遊び始めるオモチャたちの、楽しさにも似ているかもしれない。お酒も入って、修学旅行の楽しい夜の、もっと楽しい大人版が、叱る先生もいなくて、いつまでもいつまでも夜を惜しんで続きました。
a0082132_1301867.jpg

はじめてなのに、こんなに懐かしい。
――それは、おなじ詩を書く、仲間の懐かしさ。
はじめてなのに、こんなに親しい。
――それは、ずっとことばで繋がっていた、親しさ。
a0082132_131397.jpg


a0082132_1395445.jpg

ペンションではジャージー牛のオリジナル・シャーベットや手作りソースのヨーグルト、朝ごはんもおいしかったです。何にもまして、居心地のよいお宿でした。
a0082132_13103627.jpg

オーナーは絽刺しの先生もしておられて、美しい作品も拝見できました。オーナーの温かいお心遣いに感謝です。
a0082132_1311448.jpg

                                 *
a0082132_13162068.jpg

翌日。雨のなかをご案内頂いた、写真美術館での展示「井津建郎「インド — 光のもとへ」展でもたいへん深く感銘を受けました。それをひとつの詩にしたいと今、あたため中です。書き出すときりがないですが。

「朗読カフェ 秋のクラムボン in 清里」素晴らしい会を開いてくださった、沙羅樹(中村みゆき)さん、山梨県詩人会のみなさま、会までの準備や裏方仕事、たくさんのご苦労やたいへんなご心労があったことでしょう。おかげで参加者全員がたのしくてしあわせな気持ちで帰って参りました。心より感謝です。

ありがとうございました。
                                                                               宮尾節子

( *まだ胸の灯が消えない温かい思いに浸っており、思いに見合う言葉がとても足りませんが、走り書きのお礼にて失礼いたします。 )                                       
a0082132_13131052.jpg

a0082132_13184083.jpg
a0082132_1319170.jpg
a0082132_13213859.jpg
a0082132_13203384.jpg

a0082132_1323967.jpg
(目が覚めたら、思い出がみんなカボチャになりませんように笑)

*ハンドルにマイクにギターにとたくさんお世話になった、マイケルにもスペシャルサンクスです♪
*仲間の写真も少しお借りしました。感謝。m(_ _)m。

[PR]

by sechanco | 2016-09-26 13:25 | 詩関連

青人草

a0082132_11504442.jpg

青人草(あおひとくさ)

           宮尾節子

人草がゆれています

ときの河原で


ぼくたちの

死なせたまだ青い

人草が


逃げたかった

思いが

いっぽんの人草となって


豪雨のあとの

葦原に青い半身をもちあげる


生きたかった

思いが

ひとすじの濁流となって


豪雨のあとの

砂地に青い半身をたちあげる


人草の脚は

葦原の

葦の根とつながり


逃げなかった

思いが

ときの河原で根をはって


風が吹くたびに

ゆれる人草が青い指で


くりかえし

ぼくをゆびさす


*都幾川河川敷の事件をモチーフにしました。


遠くはないところで起きた事件で

いっそう胸が痛みました。


都幾川はうちのそばを流れている親しい川の入間川と

合流してやがて荒川になり東京湾に注ぎます。


事件の前後は台風の影響で豪雨となり

入間川もたいそう増水していました。


増水するたびに河原や中洲の葦原が

水につかり

やがて 水が引くと 倒れた葦たちが

身を起こす姿を いつも目にしてきました。


同じように 水の引いた河川敷で

半身を発見された 姿に葦の姿が重なりました。


ご冥福を祈ります。


[PR]

by sechanco | 2016-09-01 09:22 | 詩関連

役に立つことがそんなに大事か

a0082132_10133223.jpg


a0082132_10145735.jpg



上の二つの詩は
『恋文病』(2011年9月発行)
の詩集に収録したもの。削りに削ったけれど
詩的に完成させることより、伝わることの大事に
いま、気持ちが切り替わって

手を入れたものです。

痛ましいほうに、社会や人々が傾斜していくように
見える
今。

言葉が何かしらを
届けることができれば
幸いです。

宮尾節子
a0082132_10152330.jpg

*元の詩です。(『恋文病』より)
[PR]

by sechanco | 2016-08-26 10:29 | 詩関連