晴れときどき 宮尾節子


宮尾のブログ talk to who?               
by sechanco
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私も咲いています

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りりぃっす。(cluster amaryllis=曼珠沙華)

More?…OK,baby.
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by sechanco | 2008-09-30 09:45 | ミヤオ・リターンズ

私学

眠りをいとうもののために
海は数多くのベッドをつくる
その開け放された厳かな寝室には
カーテンがやわらかに揺れている
このうねり止まぬ部屋では
眠りのほかはすべていとわしい
この豊かさをどの時計が侵せよう
朝は来ることもない
             ——エミリ・ディキンスン詩・61中島完訳


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海の式と寝室の式がいったりきたりして。一匹の魚を釣るように、一遍の詩を釣り上げる。眠れない寝台はこんなふうに海の仲間のもとに運ばれ。やわらかに揺れるカーテンは、寄せては返す波打ち際の景色にかわり。朝の来ない訳は揺れ止まぬゆりかごの眠りの深さ、恐ろしい死ではない。。。彼女の詩を読むといつもこんなふうに映像が浮かぶ(笑)。詩のことばが確かな自然の糸から紡がれたものなら、いつだって詩学は安らかな——魂の帰路をもつ。
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by sechanco | 2008-09-29 19:54 | ミヤオ・リターンズ

あきのてつ

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入間川にかかる八高線の鉄橋を見上げたところ。いちぎょう・一行が電車になって通過する――なんて。寝転がっているばあいじゃないが。秋の空はかくべつですね。空が青なら、雲はぼやきか・・・^^。

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More・・・
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by sechanco | 2008-09-26 09:46 | ミヤオ・リターンズ

きのうの夕焼け

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なんだか、凄かった昨日の夕焼け空です。うちのベランダから朝日が昇ってくるところと、夕日が山に沈むところが見られます。それがいちばん我が家の気に入ってるところかな。これは、その西空。そして。「冬になると・・・」星に詳しい友人が指差して教えてくれました。「あの山あたりのてっぺんに、白鳥(座)の十字が立つよ」と。ふゆになると、白鳥の墓が立つ――西の山です。

植物にいろいろ異変がおきている。ススキの穂が変形していたり、扶養の花がきゅうに八重に変わっていたり・・・??・・・と思うこのごろ。なんにもないといいですが。。

朝日新聞社の「論座」に連載されていた、松本昌次の『わたしの戦後出版史』がとても面白い。さまざまな作家の姿やかれらとの交流録に、真の出版人・編集人としての血と骨を見せてくれる。「ああ、この人だ!」と惚れ込んだら、社長を騙してでも「本を出す」、売れような売れまいがおかまいなし。。(笑)

「自分の惚れ込んだ著者の本を作り続けることにこそ、編集の仕事の意味があるのではないでしょうか。」と松本はいってのける。「わたしたちのような小さな出版社では、ごく当たり前のことでしたけど・・・」と、この当たり前をどんどん外れていく大手の仕事に一瞥をくれながら。これぞ本物の作家・これぞ本物の編集者という骨頂が満載されている。現在は『影書房』の編集長。

ほんの一週間ちょっとで書き上げた『夕鶴』をほぼ四十年かけて、千三十七回も上演しつづける脚本家・木下順二と女優・山本安英の出会いや、埴谷雄高・井上光晴・野間宏・花田清輝・宮本常一・吉本隆明・・・さまざまな作家の人となりが、この編集者の眼差しを通して、もういちど新たに出現し直すような迫力がある。骨があって愛がある。「ちゃんと人間が見える」仕事人の本だ――。

ものを書いたり、本を作ったりするものには、必読書だとおもう。活が入る、清清しい一冊。
書きたいものをまっしぐらに書いていこう、と勇気をもらえる。
読み物としても、とても面白いです。
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by sechanco | 2008-09-24 10:05 | ミヤオ・リターンズ

百合子とミッシェール

a0082132_1102935.jpg映画『ベニスに死す』の主人公のような初老の品の良い・身なりの良い男性が。「ミッシェール!」と名を呼んでいる。飴色の杖をつき、ハンカチで額のながれる汗を拭いながら。酒屋のワインの棚の前でオロオロと。。

「ミッシェールを
ブルゴーニュのミッシェールを・・・」
そして、おどろく店員をつかまえて
老人は大きな声で叫んだ。
「20本!!」
その見たことのないワインがわたしには美少年に見えた。       ――目白にて。


どこかかから、飛んできた種で、百合が咲いた。あちこちに咲いている。後ろ姿でも
白百合はいいな。見ているだけで涼しい、やさしい気持ちになる。ときどき後ろ姿に
声をかける

「百合子」

・・・いつか振り向かせてやる。ことばで(笑)
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by sechanco | 2008-09-22 11:10

千年あいす

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こころ惹かれて。白鳥の皿を買った。なにを盛ればいいのかわからないが。毎日眺めている。うちには、白鳥が一羽いる。皿の中だけど。
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きれいなグラスの団体さん。好きな宝石はガラスです。だって飽きたら、向コウが見える^^。
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見下ろすと浅草の遊園地『花屋敷』があんまり可愛らしくて。手のひらに乗せて持って帰りたかったが、失敗。(撮り)逃がした。

そのあと、Mちゃんと某場所で千円のアイスを食べた。一万円のチョコも普通にある場所だと、あたまがマヒして。千円なんて安っと、ころっと注文。感想は「あまいね」「うん、あまいね」(笑)
千円アイスじゃなくて千年アイスにしておこう。千年愛せば安いもの。。。

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by sechanco | 2008-09-19 09:10 | ミヤオ・リターンズ

遠ざかる夏

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蝉の声から虫の声にかわって 静かな里の秋がはじまりました。朝夕すずしく。くうきがおいしい。水音を連れて 夏が遠ざかる――

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by sechanco | 2008-09-16 23:12 | ミヤオ・リターンズ

御花畑の、ほんとうです

a0082132_9183291.jpg秩父の「お花畑」というかわいい駅のそばに『ポエトリーカフェ武甲書店』という小さな書店カフェがある。ここで、ときどき詩人たちのトークや朗読が行われている。街に向かってではなく山に向かって、キノコを探すみたいに(笑)、詩に会いに行けるのがとてもたのしくて。ときどきお邪魔している。詩関連の書籍には気合が入っていて、店主さんたちの人柄にも、温かい清清しい筋がとおっていて心地良い空間が造られています。おすすめ。ここで、毎回、なんとぜいたくだなあという宝の時間を頂いています。店主さん、ありがとうございます。

先日は、詩人の池井昌樹さんのトークと朗読の会があった。素晴らしかった。お名前は知っていたが、詩に接するのははじめて。朗読も胸の底まで届く、深いものだった。――たとえば、中原中也のつづきが彼のなかに見出せた。かれのなかになかはらがいきついでいた。脈々とつづく詩の骨頂を生き継いでいる生身を間近にした感激を覚えました。

そして、誰かの「表現には、嘘もありでしょう?」という問いに、
「うそは、ありません・・・本当、です(わたしの書くものは)」と驚くようにこたえられて
いたのが印象にのこった。

「ほんとうです」・・・これらはみな、ほんとうのことです――詩人の声を聴いた気がした。
これこそが、詩を守る人の真の声だと思った。うそなんか、書けない・・・書けるわけが
ない。これが詩人だよ、明智君。

ちちぶはとおい、おはなばたけはまだそのさきだけれど、ひとつだけいえること
ここの店主はほんものを、しっている――応援したいお店です。

*サボテンの花が咲きました。一晩だけの命に一つづつ甘いお酒をくちうつす(笑)。

*以前詩について、話したことを載せてみます。付け焼刃の台本みたいなものなので
 荒くてお読みぐるしいかとおもいますが、詩へのわたしの思いはだいたいもりこんで
 あると思います。秋の夜長のお暇な折に、目を通してもらえば幸いです。(^_^)
以下↓。

More?(「詩のこころ」長文です)
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by sechanco | 2008-09-15 08:23 | ミヤオ・リターンズ

ぼくのこたえとポニョ

a0082132_1004141.jpg息子が小学生のとき。なつやすみの宿題だったか。できたのを見てくれというので、見た。算数だったか国語だったか、答えを出す問題だった。それは正しくなかったので、「あら、これちがうわよ」・・・とつい消しゴムで彼の答えをさっさと消してしまった。そこからおおげんかになった。
「せっかく、ぼくが書いたのになぜ消したのっ?」「だって、答えが間違ってるからよ」「でも、ぼくが出した答えだ」「でも、間違ってるのに」・・・・・・で、もんちゃくし・・・・・・さいごの彼の泣きながら叫んだセリフがこうだった。「間違ってても、ぼくの答えだ!」

なんとなく、気迫に負けてしまった。ああ、その親がわたしなのだなと思う(笑)。いろいろ考えてわたしはいろんなことを書いている、でもそれは解答ではない。わたしが解答など出せるわけがない。わたしのやってることは、レスポンス、応答なのだと。

応答とは何か。「いまここ」の声だ。いぬのワン、ねこのニャア、がけのうえのポニョ・・・それらみな応答だと思う。いたしかたのない――存在の鳴り声だ。

息子の憤りや飼い犬のワンや風鈴のチリンにそんなことを学ぶ日々の
*わがお台所の窓の写真です。草ぼうぼうに緑をいただき・・・^_^;

『崖の上のポニョ』をゆうべ観た。かんどうした。でも、いってしまったものがうまく帰ってこれない感がつよい。奪われたまま、不完全なからだで戻った感じがぬぐえない。おんなはこどもをうむとたぶんすこしどこかが、減る。そんな喪失感があるのはなぜだろう。

男の理想が描かれていると、おもった。おおきな愛に守られて、ちいさなものを愛する。母性のふところの安堵のなかで父性が育まれる、そんな愛の安堵のフローチャートをみるような気がした。

それにしても、(パンフすら買わないで、あて感だけで、毎度いい加減なこというが・御免ね)『ハウルの動く城』のとき、「動く城」とは「感動する心臓(ハート)」のことだとわたしは、おもった。そして、あの主人公はマイケル・ジャクソンをモデルにしてる。あの部屋も、崩れていく姿も、まんまマイケルではないか。宮崎はマイケルをとても愛しているのじゃないかと。いや、彼自身が日本のマイケルを生きているのじゃないか・・・と。で、今回その気持ちをさらに強くした。だって。いきなり出てくるあの目の下クマのおじさんなんか、もうビジュアルでもまんまマイケルではないですか。。。い。

今回の「ポニョ」でおもった、永遠の子どもの時空にか・く・じ・つに触れている、そういうタイムマシン・時空マシンのようなものを宮崎は発見した唯一無二の監督だとおもう。絶賛!!

「もしかしたら、ポニョは泡つぶになっちゃうかもしれないよ!」と心配する宗介に
「あら、わたし達はもともと泡から生まれたのよ」と笑顔のポニョ母――『崖の上のポニョ』より。いいなあ♪
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by sechanco | 2008-09-13 10:26 | ミヤオ・リターンズ

たまご茸とハードボイルド

a0082132_6411093.jpg昔々。まだ「絶望」という言葉のない時代には、人々は何があっても「困った。こまった」で済ませたそうです。田口犬男さんの詩集にそういう話が出てきておもしろかった。「しあわせ」という言葉がない国があって、その国のひとびとは別に幸せになる必要もなく幸せに暮らしている?というような話もどこかで誰かに聞いたような気もする。

さて。わたしはどちらかというと濃い(クドイ?)純文学にのめりこんでやってきたので、ハードボイルドとの出会いはずいぶん衝撃だった。ただ、アゴタ・クリストフの『昨日』を読んでハマッたあたりからじょじょに変化は訪れていた。彼女の作品をさかのぼり『悪童日記』からつづく四部作をひとわたり読んで、この面白さはなんなんだろうと打ちのめされた。でも、まだハードボイルドとは直接出会っていない。

ある日。ともだちから、チャンドラーの『長いお別れ』を借りてから、すべての地図がくっきりと見えた。ハードボイルドとはこういうことか・・・と。

少し、話をそらすが。夏目漱石が英国留学から帰って、知人か誰かに、向こうの文学はどんな具合だい?というふうなことを訊かれて「おもに、有閑階級の婚外恋愛だね。」と短く答えていたと何かで読んで「そうか。」とみょうに腑に落ちた記憶がある。大文学者・夏目漱石の作品もひとことで言えば、すべて「婚外恋愛について」の物語ではないだろうか。つまり俗にいえば不倫の顛末だ。

たとえば、人間の内面のカオスの旅を、ドストエフスキーが案内してくれるなら。そのどこまでもどこまでも掘り下げていく、旅の脱出口はどこにあるだろうか。そういうところに、やってきたのがハードボイルドの仕事だった。探偵があらわれたのだ。探偵はどうする?フクザツな内面をフクザツな事件としてとりあつかい犯人をあげる。事件を解決させるのが探偵の仕事だから。また、ドストエフスキーが深く病んでいく者なら、チャンドラーはその病にとことん付き合う精神科医の役割も果たしている。両者に表現の変更はあるが深さは拮抗している、五分五分だ。そこでとても良い仕事をする――。ひどく遅れたが、そういうふうにハードボイルド・ミステリーとわたしは出会った。上等な出会いだったとおもう。

ハードボイルドとは何か。諸問題に対処する行動のこと。英和辞典では、「純客観的表現で道徳的批判を加えない」とある。――主観という文学の闇に、光をあたえるのは客観という距離だ。そういう混沌の出口を、わたしはハードボイルドで、具体的にはチャンドラーのミステリーで得た。『さよならを言うのは、わずかのあいだ死ぬことだ』(長いお別れ・清水俊二訳)例えば、こんな短いセリフで人は生き返られることを、知った。

そして――その出会いはどういう発見に到ったかという例を、一人の精神科医のつぎの引用であきらかにさせて頂こう。

「児童期に性的虐待を受けた者にとっての「生き残り」とは、その悲惨な体験が現在の生活を支配しないような状態になることである。忘却によってそのようになるのではない。このような痛みが忘却されるわけがない。むしろ、その痛みの体験を自己の歴史の中に適切な大きさで位置づけるという作業を通して、「現在」は「過去」の支配から脱することができるのである。(*SSA=サバイバーズ・オブ・セクシュアル・アソート 性的攻撃から生き残った者たちについてのくだり:宮尾注)

                       ――斎藤学『魂の家族を求めて』より」

適切な大きさ、つまり自分のこなせる「サイズの修正」が脱出の手段であることを、彼は伝えていると思う。それに、実人生もわれわれの表現人生も賭けられるべきではないだろうか?自分の人生より鼻ヅラの長いアメ車を人は運転できないのだ。なにがあってもドライブのお楽しみ位は取っておけよ。そんなふうに目配せするちょい悪マーロウ探偵にわたしはくどかれてしまいました――。

*きのうのあさはやく、友達に誘われて近場の山にのぼった。山の朝はとても気持ちよくて、林の中にはたくさんの「小人さん」のようなキノコが出ていた。とりわけ可愛かった「これを、せっちゃんに見せたかったのよ」・・・という友達と私のふたりに見つめられ、照れているのは「タマゴダケ」。幼稚園なら年少さん?^^。朝日がおどり秋風のかけぬけるヒノキ林も美しかった。
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by sechanco | 2008-09-10 08:17 | ミヤオ・リターンズ