晴れときどき 宮尾節子


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n+1次元

a0082132_8263840.jpg新宿眼科画廊で、登坂倫子さん率いるリンクレイターボイスワークと加賀谷早苗さん演じるBUTOH(舞踏)のコラボレーション『びおとーぷ』を観せてもらった。こころの声とからだの動き——ふだん一人で行っているこの二つが、二人で行う一つの事として目の前に分裂して現れ、そこに不思議な場をうまれさせていた。

n+1次元といえばいいか、普段隠されているもう一人の出現のために新たな次元<抽象的な磁場>がそこに立ちあらわれていたのだ。それは、演じ手が良い仕事をしたとき、しぜんに受け手の脳が用意する次元なのだろうか。——昨日の今日で、まだうまく言葉に消化できないけれど。

今回はテキストに多く詩を取り入れての発表会とのことだったが。通常の詩の朗読会とも、舞踏の舞台ともひと味違う、耳にも・目にも面白いパフォーマンスに仕上がっていて、興味深かった。

自戒もこめて言うが——朗読会のみ舞踏のみという場の、あの独特な押しつけがましさや居心地のわるさをあまり感じなかった。それは、両者の鍛え抜かれたプロの技によるものだろうが、もっと身近に、一つの仕事を二人で助け合ってする、いたわりや思いやりやのやわらかい空気がそこに漂っていたからのように思う。さらに言えば、全体を取り仕切る倫子さんという人柄のかもしだす独特なアット・ホーム感や彼女の体温が舞台全体をベールのように覆っていたせいかもしれない——。

舞台は、能を思わせるところもあった。おもしろいのは、能では舞いが表で地唄が舞い手の裏から、虫の声のようにじわじわ湧き上がってくる感じだが、その逆。声が表に出ていて、舞い(舞踏)が地唄のように、語り手のまわりを這い回り、「声のからだに、舞のからだが」這い上がってくる感じなのだ——。
このスリリングな場面にもn+1次元が見て取れた。能の舞台に鼓や笛の音が入るように、パーカッション等の音楽家たちも非常に巧妙にこの現れ出でたデリケートな次元を脇でしっかり支えていた。

ところで、n+1次元とは何かを——私はよく知らない(笑)。じつは、ある評論で添田馨さんが書かれていて覚えた受け売りの次元だ。ある評論とは、KさんとNさんという詩人の盗作云々の問題について触れたものだった。あの件についてのわたしの感じていて言えないもどかしい思いに一番近く、よく言ってくれたと思った彼の論考に、この「N+1次元」という言葉が使われていた。

わたしの拙い解釈では、(添田さんに悪いので、Nをnにします)n次元とは日常空間、n+1次元とは非日常空間と仮説します。そして、「n+1次元の事件(問題)を、n次元で裁こう(解こう)としている」——その徒労と不毛さを、(どこまで行ってもホシは出ないぞという…)あの二人の問題にずっと感じていた。<nとn+1>それは告発するN自身にも起きている分裂のように見えた。詩はn+1次元で書かれる、しかし生身や正義はn次元に所属する…そんな次元の陥し穴にはまったまま告発するNも、解の出せない次元で訴えられるKも両者共に出口なしの何とも気の毒な事件にそれは思えた。にんげんがゆうれいをさばくような、というか、その逆か…。もはや怨霊の世界だ——それはまた能の世界にもつながっている——。


それは、さておき、n+1次元がまさに立ち現れる現場をきのう眼科画廊で体験したように、思ったのでした。

そこで、何が起きたかをもう一つ書いておきたい。目の前で言葉が変容したのだ——。あ、と声が出そうだった。
その場が盛り上がり、次元のnから、n+1に移行すればするほど、日常の文脈で書かれた平易な詩より、非日常の文脈でつまり難度の高い文脈で書いた現代詩のほうが、はるかに現実味を増していくのだ。それは、眼にも耳にもあざやかで息をのむ展開だった。おどろいた。何かが逆転した。詩の肌理がはっきりと現実のからだを持つのを目撃した。——祀り事と呪文みたいな感じだろうか。そこにいとも自然にn+1次元が出現しているのだ。

たとえば、まったく日常のn次元文脈で書いたわたしの『きみに』などは、なんだか違和感があった——。自分の作品だということでどうも気恥ずかしくてまともに聞けなかった分を差し引いてもだ。それはアクターのせいではなくたぶん言葉のせい、そこに出現してしまっている非日常空間・n+1次元のためだったと思う。というのは、じぶんでいうのもなんだが、あれは卒業の会で朗読したときには結構好評だった。しかし、それはどこまでも日常の積で書かれたn次元言語だったのだ、<無限空間へと開かれた+1>のない——何を書いて何が書けていないかが、自分ではっきりと分かった。アレハ、詩デハ、ナイ…。

それに較べ、舞台上では水を得た魚のように——
「ほらまた暗闇では、小鳥が青い舌を出そうとしている」(言葉はうろ覚えですが…)とかの、青い訳がないn+1次元の映像が、ちゃんと眼にも鮮やかに幻視(み)えはじめる……宮沢賢治の「青いランプ」がちょろちょろと妖しい灯をともし、今井義行の「紙飛行機」が砂漠の上を涼しく滑空する。n+1次元言語が現実としてつぎつぎと着地しみごとに開花するのだった。——詩の言葉が目の前で現実を掴むのだ。

声と体のひらく場所——そこは詩の花ひらく場所でもあったのです。

詩という文脈に血が流れ、脈打つ命の音が聞こえる、たしかに詩は生きている。そういうことを体感して、登坂倫子さんと加賀谷早苗さんの今回の仕事に魅せられました。言葉たちが喜んでいます。ありがとうございました。

——頭に浮かぶまま、胸に湧き上がるおもいのまま、ひと息に書いてしまいました。まいど粗挽きで穴だらけの妄論をお許しください。最後までおつきあいくださって感謝です。どうもありがとう。

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by sechanco | 2009-03-31 19:36 | ミヤオ・リターンズ

眼科画廊とマカロンバッグ

a0082132_10404353.jpgたとえば山下眼科なら、山下画廊とするのじゃないだろうか。医院をやめてその建物を画廊にするならば――。
ところが、下の眼科だけを残して「眼科画廊」になったような感じのギャラリーがある。新宿に。
北爪満喜さんたちの朗読会のときにはじめて訪ねていった。やっぱり、診察室っぽい部屋があったり間取りも面白かった。
 「診察は行なっていません」という看板だかもあってわらいました。

「皮膚科画廊」「歯科画廊」「精神科画廊」「肛・・・」・・・といろいろあてはめて(おほほ)
「眼科」でよかったねーーっと人ごとながら胸をなでおろして、今、検索してみたら。

なんだ。「目の保養になるという意味」らしく、アートスペースとして作られたもので
元もと医院でもなんでもなかったんですって。ちょっと肩すかしでした・・・の

「眼科画廊」で明日(29日)。Norikoさん率いるヴォイス・クラスでレッスンを受けているヴォイス・アクターの方たちの発表会があります。そのなかで、『ドストエフスキーの青空』の中の「きみに」という詩を読んでくださるそうです。どうもありがとうございます。他にもさまざまな詩人の作品朗読があります。お時間のある方はおでかけください。わたしはリーダーの登坂さん(美人よ)の『伝説』(会田綱雄)のヴォイス・ワークがたのしみです。できれば、聴きに行きたいなと思っていますが・・・。


『びおとーぷ』★詳細はこちらで

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by sechanco | 2009-03-28 10:53 | ミヤオ・リターンズ

咲いた

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すきなミモザが咲きました。

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ちいさな星の子どもたちが森ごとこぼれてきたようで。かわいくてしかたがない。全身クリスマスツリー状態です(笑)。

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by sechanco | 2009-03-21 13:50 | ミヤオ・リターンズ

日曜日

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by sechanco | 2009-03-15 14:33 | ミヤオ・リターンズ

薔薇と慈雨

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頂いたピンクの薔薇が咲いています。この方は薔薇上手。というか。いつも花選びがうまい。彼の薔薇に外れなし。自分で買うとときどき失敗してうまく咲かせられないときがあるが。この方の薔薇はいつも見事に咲く。そしていつまでも咲いてくれる。咲いてかれこれ一年になる――(usoよ^^)。どうもありがとう。咲いてます。

昨日は夜半に、春一番?かが吹き荒れてました。13日の金曜日らしいクライマックスだった。今日はゆうべはごめん・・・みたいな慈雨。いいってことよ。なんて。木の芽たちにはきっとうれしい乳の雨ですね。いつも読んでくださってありがとう。励みになります。少し慌しくしててゆっくりお話(?)できませんが。朝がた手のひらに生まれたチビ詩をひとつ――置いとくね。(^_^)/~~

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by sechanco | 2009-03-14 10:28 | ミヤオ・リターンズ

書カレ

a0082132_1072647.jpg
書家の山田麻子さんの製作する書カレンダー(オール手書きの高級品ですぞ)に詩をつかってくれた。3月に「春のひらがな」を。へっへっへ。ちょっと儲かった。ありがたいこと。「せっちゃんの詩が、ニューヨークにもジャマイカにも届いたよ」とのこと。カレンダーになりたい・・・(笑)。その窓からは自由の女神が見えてるかい。その部屋のテーブルにはラム酒のグラスが置かれおハッピーなレゲエが流れておるかい・・・。詩あわせなやつめ。

春のひらがな(元)

さくらの
花びらには
ほんの少しだけ

さようならが
混じっていて

さようならの
ことばの端にも

さくらの
花が
ほんのり

ひらいている


*字を書くひとだから・・・すぐ届いてくれたんだろうね。うれしかった。
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by sechanco | 2009-03-13 10:30 | ミヤオ・リターンズ

選ばれて

a0082132_11432374.jpg
数年前に。たまたま飛び込んだ詩のブログランキングのサイトで、一位だった「まほさん」というひとの詩に出遇った。かわいい詩だなと思って何度か読むようになった。この読者不足の詩の世界で、当時まほさんのブログはえんえん長期間一位をキープし、訪れる人の数は毎日600人を下らなかった。詩いっぽんで勝負する。個人の詩のサイトとしては、すごいことだと驚いた。むずかしい言葉はひとつもない。ひらがなが多く、短い。でも、ほんわかポエム詩とはちがう。胸の奥にずしんと届く。なんだか深くて強い手応えがあった。

詩の世界には、いくらでも上手な人がいる。見事な盆栽のような言葉の枝振りを唸らせるひとも多い。でも、その見事な詩たちが一般の人に読まれているか…というと。読まれていない。盆栽と同じでもはや愛好家の世界である。それでもいいとおもう。細々と炎を守り継がなければならない世界もある。でも。そればっかりじゃあつまらないとおもうので。多くの人に読まれている詩もときどき読ませてもらっている。

そして。まほさんの小さな詩にうたれた。言葉の出所(でどころ)の確かさにというか。詩人力はあっても詩が人に届かないのは、この人間力がたりないからじゃないかと思った。詩に人が足りないのだ。人の魅力が――。言葉のパッチワークでは人柄は作れない。

まほさんの詩はチャーミングです。まほさんの人柄のチャーミングさが詩に映っている。つぎつぎとする言葉の発見が生き方の発見へとつながっていく。詩が生きている。

とても単純で、これ以上ないほどわかりやすく短い。でも、盆栽詩人たちがまほさんの人間力・人格を果たして越えているのだろうか。まほさんが越えたような困難を、自らの言葉で越えていけるのだろうか。――まずじぶんに問うてみた。否だった。

それからまほさんとのやりとりが始まり、そしてさまざまなやりとりが実り・・・

☆ポエトリー・ジャパンから、近々まほさんの詩集が発行されることになりました。
今回はじめて、詩集の編集や発行のお手伝いをさせていただくことなりました。そして、先日無理にまほさんにお願いした手書きの文字が、不自由な指とは思えない元気さで届きました――

瞬間でわかるのが詩(ポエジー)だとおもう。なにかが、びびっとくる。電流が走るように・・・。さらに、その先をふかく読みこむには努力や根気がいるけれど。
はじめの「びびっと」がないものそれは、
詩ではない。

たとえば。この封筒からどさっとこぼれた「ありがとう」の束。
ありがとうの花束。この瞬間にたしかな詩をわたしは受け取ったのです。
胸で。

★宮尾初の企画・編集で、まほさんの詩集ができあがります。
たくさんのひとに読んでほしいです。


選ばれて

私でよかった(ありがとう)
両親でなくて(ありがとう)
姉妹でなくて(ありがとう)
家族じゃなくて(ありがとう)
私でよかった(ありがとう)

——(選ばれて・部分)


「選ばれて」はいちばん最初、こころをうたれた彼女の詩です。「なんでわたしが」をくつがえす愛語がそこにあったからです。今日はまほさんの詩の魅力を、小詩集にしていくつかご紹介致します。予告編としてご覧くださいませ。(^_^)/~~

★まほさんの小詩集
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by sechanco | 2009-03-02 12:00 | ミヤオ・リターンズ