晴れときどき 宮尾節子


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by sechanco
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ただ こころ

a0082132_1125713.jpgいつの頃だったろうか。昔、奈良に行って興福寺の阿修羅像に魅せられ、時を忘れて眺め入ったことがある。薄暗いお堂のひとところにライトアップされて、頬を紅潮させ瞳を潤ませているような美少年のちいさな顔が浮かび上がっていた。憤怒というよりわずかに眉をひそめ苦悶する顔(かんばせ)、あまりに現世的で生々しい少年像に心を奪われた。それほど長くお寺の仏像など眺めたことはなかった。

それから、たくさん月日が過ぎた。ポストカードまで買ってしばらく部屋に飾っていた阿修羅像も、いつしか時の波にのまれどこかに消えていった——。

けれど、この阿修羅像の興福寺を通じてわたしに仏教との縁が生まれていたのかも知れない。

この度、三十年近い歳月を費やされて横山紘一氏が『唯識仏教辞典』を完成されました。ただお一人の仕事として、朝な夕なひと言ひと言一文字一文字こつこつと岩窟王のような不屈の精神で一冊の仏教辞典の編著を成し遂げられたことに、まず人としての尊敬と感動を覚えます。「唯識思想は、インドにおいて般若の空思想に継いで起こった大乗仏教第二期の思想です。」と辞典のまえがきに書かれています。

「色即是空 空即是色」の耳になじみ深いお経の一節で有名な般若心経の空思想は、仏教を興した釈尊の「無我」という悟りの境地を、細かく解き口説いたものである。「無我」すなわち「我など無い」、自分なんて存在しない。存在しないのに、在ると思うから執着が生まれる。執着が生まれるから苦しみが生まれる——人の苦しみを無くしたい思いの果てに釈尊が辿り着いた(悟った)世界が「無」の世界だった。しかし、「無」や「空」を強調するあまり「世の中の一切が存在しない」のだと誤解して、虚無主義に陥るのを是正するために、瑜伽(ヨーガ)の実践者たちによって「しかし、少なくとも心はある」と認める思想が打ち立てられた。「心だけ」は存在する、すなわち「識のみ」在るという考え方が「唯識思想」の基本である——とわたしは覚束ないながらも解釈しています。
(*参考 『やさしい唯識』横山紘一著 NHKライブラリー)

そして、この唯識思想こそが『西遊記』で有名な玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)が艱難辛苦を乗り越えてインドに渡り、学んだものを中国に伝えた思想とのことです。その玄奘三蔵の弟子の慈恩大師が、唯識思想を一つの宗旨にまとめ法相宗を設立しました。中国の法相宗は、当時学びのために入唐した数人の熱心な留学僧(道昭・智通・智達・玄ぼう他)たちによって、日本に伝えられ興福寺を中心として「奈良時代、南都仏教の一つとして隆盛をみるに至りました。」(『唯識入門講座』横山紘一著より)とのことです。

あの阿修羅像の興福寺は、唯識思想を根本教理においた法相宗という学問のお寺だったということを私は後に知りました。その興福寺の創建千三百年記念出版として、横山氏が人生の大半を懸けて唯一人で編著された「唯識仏教辞典」が上梓されることになりました。「玄奘三蔵の乗り越えられた困難な旅のことを想うとがんばれる」と日ごろ仰っておられた横山氏に、心よりお慶びを申し上げます。

そして、辞典というものが自分のためのものではなく、他者(ひと)が学ぶために役立つものであること、つまりはひとのためにごじぶんのたいせつなときをついやしほねみをけずって尽くされたそのことにも、深く頭がさがる思いです。どうもおつかれさまでした。そして、ありがとうございました。

「唯識 仏教辞典」は紙質もよく頁をひらくと文字の見栄えもやさしく、普通の辞典のように角張って威張った感じがしません。仏教の堅い言葉のいちいちがやさしい言葉で説きほぐすように並んでいて、例も多く、読み物としても引き込まれます。仏教を学ぶものにも、広く人生を知ろうとするものにも光明となることでしょう。

無人島に行くなら「電話帳を持って行く」とか言う話がありますが、わたしなら「唯識仏教辞典」を持っていきます。横山さん、良い辞典を作ってくださってありがとうございます。

                   

                           *

半世紀近くも詩を書いてきて、ある日とつぜん「世界はこころに、住んでいる」とひらめいて身体が震えるような思いをしたことがある。なぜなら、今までは「巨きな世界の中に小さな自分が住んで(寝たり起きたり動いたりして)おり、自分の中にさらに小さな心が住んで(あれこれ悩み考えて生きて)いる」という図式でとらえていた世界が、その瞬間にいきなりひっくりかえったからだった。それは、永いあいだ詩を書いてきて、色んな角度から普段のことを眺めると、色んなふうに見え方が違ってくることの不思議さや面白さを味わい続けてきたからかもしれない。簡単に言えば、ことばのくみあわせでせかいはかわった。詩作とは、それを繰り返す日々だった。

動かしがたい世界と思ったものが、動かしがたく組み上げている自分の手元に、ある日気づいたのだ。そのとき、まるで積み木やレゴが崩れるように、世界のありようが見えた。「なんだ、世界はこころで出来ている」——そういう、ガラガラというかバラバラというか、大きな転回が起きた。

——で。この先のご縁があまりにも出来すぎていて、自分でもほんとかなあ・・・とまだ疑わしいぐらいですが(笑)。

「世界はこころに住んでいる。」と思いついたのが、犬と散歩の行き帰りにいつも通る「くるみ坂」という小さな坂道だった。そして、このくるみ坂を降りてほんの少しのところに住んでおられたのが「ただ識 すなわち心しか存在しない」という「唯識思想」の研究者であり、興福寺で得度された僧侶である横山氏だった。そして、いろいろな偶然のご縁を経て、横山氏と出会い、唯識と出会い、そして仏教という大きな世界と、私は出会うことになったのでした。仏教なんて(m(_ _)m)対極の世界を生きるはずの自分が、日々、仏教をものすごく面白く感じるし、知れば知るほど魅了されていく。

それは、仏教が「こころをあつかう学問(あえて信仰とは言いません)」であり、詩作がやはり「こころの言葉をあつかう信仰(あえて学問とは言いません)」だったからでしょう。さまざまな種類のお経はさまざまな詩に見えます。響きも面白いし、読経も詩の朗読のようにたのしい。「衆生本来仏なり 水と氷の如くにて 水を離れて氷り無く――」など言葉の映し出すビジョンも優れています。水を得た魚の気持ちで、相性がぴったりでした。

仏教がこの世は「虚」だというなら、その「虚」の描いた道から仏教に着いてしまって何の不思議があるのでしょう。そんな感じで「こころ」を舟として言葉の櫂をこいできて私はいま、仏教と出合ったばかりのところです。そのいちばん最初の出会いが「ただ こころだけ」の「唯識思想」だったのでした。

                          
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たとえば、こんな風なひとときを――良き師と詩書きは出遭っています(笑)。
遅刻したり居眠りしたりもおおらかに受け入れてくださる座禅会や、格好良い奥様に美味しいお茶を頂きながら、ときどきあれこれと子どものよう質問してはお話を伺える時間が、わたしの宝です。

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by sechanco | 2010-10-29 11:52 | ミヤオ・リターンズ

出発 しました

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詩集の原稿が、出版社さんに向かって本日出発しました。記念にというと、カメラにおさまってくれました。こま(犬)が、ゆいいつ吠えないこまのお気に入りのクロネコ君です。

ぴったり毎日はりついていたものを、手放したところです。なぜか「はっくしょん」とくしゃみが。肌身離さなかったものを、はずしたから寒くなったのかしら(笑)

いよいよ、わたしの手を離れて、ことばがたびをはじめます。いってらっしゃい!

「よろしく、おねがいします」とわたし。「はい、おあずかりします」とかれ。

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by sechanco | 2010-10-15 00:30 | ミヤオ・リターンズ

悲願 花

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「恋文病」が、新しい詩集の名前です。さっき、あとがきが書きあがったところです。
あとは、いろんな準備を整えて、印刷屋さんに発送します。もうひとがんばり・・・

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できたての、あとがきを掲載します。では・・・また。
ふう。

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by sechanco | 2010-10-11 14:05 | ミヤオ・リターンズ

101010のそら

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2010年10月10日の空です。やっと、詩集のあとがきにたどりつきました。
あとがきって、ふしぎですね。ぼんやりすわって、あたまにうかんだものを書こうとすると、
思いもよらないことが、書けてしまうのでした。じぶんでもびっくりw。
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いつもの散歩道のどかんとひがんばな、です。よいてんきでした。カワセミも見ました。

ちょっと、ちからつきているので、写真だけにて失礼します。

久しぶりに息子と犬とさんにんで散歩にでて、画家の生涯についていろいろ話しました。
ゴッホはゴーギャンがだいすきで、いっしょに暮らしたくてたまらなくて、やっといっしょに
暮らせたのですが、暮らしてみるとけんかばかり、ひさんなけつまつを迎えた話とか・・・
げいじゅつかのじんせいと、しあわせふしあわせについてとか。

「でも、しあわせな人生っていったいなんだろうね?」と彼に問いかけると
「さいごに、わらえる人生のことじゃないの」だって。

おやすみなさい。

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by sechanco | 2010-10-10 23:26 | ミヤオ・リターンズ

もよおしの あき

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秋になるとさまざまな催しものがある。いま、詩集のまとめにとりかかっていてなかなか出かけられないけれど、合間あいまに観た「よかった」さんをいくつか。

少し前になるけれど、「我らが工場 命の針社 Vita Needle」という映画がとても楽しかった。みもこころもあったまるような、良いドキュメンタリー映画だった。「米国ボストン近郊のニードハムという小さな町に、とても珍しい会社がある。従業員の平均年齢74歳。だれも解雇や退職を迫られたりしない」――チラシより。

健康のために、毎日一本のバナナたいむをとる、ローザ96歳をはじめ、みんなほんとに銭湯にでも入ってるように、わきあいあいとジョークを飛ばしながら、楽しそうに働いている。

天国へ行くものがいるために、ときどき従業員は減るけれど、定年はない。変わりに、階段がある!入り口の急な階段(手すりはついている)を自力で上がれる限り、出社できるのだ。高齢というとバリアフリーがセットになっているイメージがくつがえされました。

若者が嫌がる単調な仕事も、超高齢者には仕事ができることの喜びがそれに勝る。また、丁寧さを求められる作業は動作がゆっくりなお年寄りにうってつけ――。みるみる売り上げを伸ばして、いつのまにか業界でトップクラスになった。

ボランティア団体ではなく、れっきとしたビジネスである。わかものの世界でわくわくするのは当たり前だけれど、お年寄りばかりの世界でこんなにわくわくする場面にはあまりおめにかかったことがない。将来に希望が見えます(笑)。

こうでなくちゃ、というお年寄り満載です。ぜひ、みなさんに観てほしいです。固定観念や先入観がふっとびそうです。

配給しているのは「小林大木企画」たったふたりのかわいい企画会社です。このお二人がまた蕗の葉裏にすむ妖精たちのように、あれれ(?)なかわいらしいカップル。「あっただけで、ほっとするね」「だいじにしたくなるね」とひとびとの笑顔とハートを集めています。ほんとにこんなによくがなくて、おひとよしで、おぼつかなげなのに、こんなにいいしごとを、してくれるひとたちが、いるんだね、と世界がちょっとうれしくなります。

「案外じぶんで決め付けた思い込みの枠をとると、ひとはもっと楽になって、いくらでも伸びることができる、んですよね。」上映会のあとの、立ち話で、おひとかたの大木さんが、そんなお話をしてくれました。

「ちょうど、さっき、字幕ができあがったところなんです」・・・というレアなものを、小さな喫茶店で上映してもらって、とても感激でした。

*どこか上映会ができる場所があったら是非、彼らにお知らせくださいませ。とっても素敵な映画ですし、このお二人に会えるのも、いまどきの宝です。☆こちらに関連情報があります。

天国なんて、なんだ家(うち)の二階にあったんだ・・・と生死すらもが遠さや重さをふっしょくし、近しくフレンドリーに思えてくるフシギで粋な映画です。いいえいがを、どうもありがとう。

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こちらは、「土佐源氏」の朗読。山口県出身の民俗学者・宮本常一原作「忘れられた日本人」に出てくる、物語。土佐の山奥で、盲目の乞食の爺さんが語ったといわれる「色懺悔」。身分の低い彼が、なぜかつぎつぎ、身分の高いご婦人の身も心をもとりこにしていく、一部始終が今回で、1120回目の講演という坂本氏80歳の、練れた温い声音で語られる。

田舎の囲炉裏ばたで、大人の後ろに隠れて、聞いているような・・・なつかしく、あやしく、せつなく、ぬくもりに満ちた、佳い語りでした。岩に沁み入る・・・というけれど、いろりの火ではなく、じわじわとおき火が語るような、みもこころも、芯からぬくもるような、その語りがそのまま、乞食男の「源氏」と呼ばれる所以の行為とひとつになって、こちらに迫ってきます。

どうして、それほど奥方にもてるのか・・・「わしにもようわからん。けんど男が皆、女ごを粗末にするんじゃろう」のひとことが、警告のように、胸を衝きます。

おとこはからだ、おんなはこころで、もしあるならば。おとことおんながひとつになるように、そのからだとこころがひとつになった、しんじつこそが、おんなのみもこころをもときほどく源氏(なる存在)を出現させるのではないだろうか・・・と思いました。そこにあらわれていたのは、色欲のせかいではなく、まさに慈悲の世界でした。

「やさしくしてほしい」こころからの発信はそのひとつ。「やさしくするとも」こたえるからだの声もそのひとつ。それは、女と男のことだけではなく、人間のこころとからだの応答ではないだろうか・・・となんだか、なみだがでそうになりました。

好演でした。
こちらも、すごい80歳です。
じつは、義母のためにと出かけたのですが・・・たのしみました。

詩集のほうの、推敲に明け暮れているので、こちらのほうは、ただ思いつくままの、しまりのない書きっぱなしをご容赦くださいませね。

少し作業に疲れたので、ともだちんちにあそびにいくように、こちらにお喋りにまいりました・・・

いつのまにか、濃厚な金木犀が空気を染めています。猛暑の、なつのりきりましたね。よかった。(^_^)/~

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by sechanco | 2010-10-06 21:04 | ミヤオ・リターンズ