晴れときどき 宮尾節子


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by sechanco
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ローカリゼーションを推す

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先日ご紹介した、遠藤新作旧平岡レース事務所棟の向かいにある、こちらが倉庫棟である。

しっかりした厚い壁で作られ、湿度にも強く美術品の保存などにも適しているとのこと。たいへん魅力的な作りで「わが町美術館」のようなものが作れたら素敵だなあとおもう。飯能には、著名な絵描きさんや漫画家さん、陶芸家、和紙作家、書道家、草木染作家、鋳造作家、造形作家、あらゆる才能ある芸術作家や工芸作家がおおぜい住まわれている。その方たちの作品展示や、映写会などがここで行われたら、前にある遠藤新の事務所棟を含め、新しい図書館を中心にして、北海道のサッポロファクトリーの煉瓦街のような、一大「飯能文化タウン」になることだろう。

裏手には、三島由紀夫の「美しい星」のモデルにもなった「天覧山(羅漢山)」も控え、緑も多く駐車スペースもたっぷりある。ほんの少し、意識を変え、手を加えるだけで素晴らしい観光スポットになるだろう、宝の埋まった場所だ。飯能河原から市民会館・郷土館、アトムのいる中央公園から木立の奥の能仁寺、水辺がもどった谷津田を巡り、そしてこちら山手町(文化タウン)へと・・・。水あり、山あり、文化あり、そしてカフェや食堂などあれば、素晴らしい飯能散策観光コースができあがるのではないでしょうか。

このわが町の、ロケーションを生かし、「地域(ローカル)の味」を生かす。今や、時代は画一的(どこに行っても同じ)で大味なグローバリゼーションから、地域の特色・特産品や老若男女の地域に住まう人々が、今までたいせつに築き上げてきた暮らしや歴史をそのまま「売り」にできる、地域の人々が「ここでいま」生き生きとできる、「ローカリゼーション」へと新しく進路を変え始めている。取り壊し取り落として来た宝に、今時代は目覚めて来ています。その新しい波を見逃さないでほしいと、せつに願います。


倉庫には、もう取り壊しの足場は組まれ始めている。その屋根の向こうから心配そうに覗いているのは、やはり切り倒される予定の山桜の巨木である。

わがまちは、なにをころし、なにをいかそうとしているのだろうか。
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なにもころさない、すべてをいかす、みんながいきる――
ローカリゼーションを推す。
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by sechanco | 2011-04-27 12:43 | 地域に生きる

第一に人間があります

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「まづ地所を見る
地所が建築を教えて呉れる
いかに建築が許されるか
いかに生活が許されるか
そしていかに生活が展(の)びられるか
其をそこの自然から学ぶ。
其所に土も石も草も木もある
そこから建築がのびて来る。
其を逆の方から云う、自然から材料を貰う、
自然に合せて物をつくる。
そしてその作品をひっさげて人間諸共、
母なるまたは父なる
自然に帰る。」


まるで見事な詩のようなこの一文は、遠藤新がライト氏の弟子から建築家として一本立ちして、一年三ヶ月の後に彼の建築物の紹介とともに「婦人之友」に寄せた「はしがき」の一部です。

先日、4月17日の「旧平岡レース事務所棟」の見学撮影会はスリッパの数が足りずに、急遽「靴を良く拭いておあがりください!」と靴のまま見学してもらわざるを得ない程の多数の参加者にスタッフ一同うれしい悲鳴をあげました。遠くは新幹線で京都から駆けつけてくれた歴史建築の研究家の方もおいでになり、見学の間中「これは、すごい」「ううむ、すばらしい」と賛嘆の声をあげられ遠藤新がいかにその筋では著名な匠ありで、偉大な存在であるかを教えられ、思い知らされる日となりました。

見学会は、まずは旧平岡レースの取り壊しの始まった食堂棟から、遠藤新のお孫さんである遠藤現さんの説明がはじまりました。丁度はがされた天井から遠藤新の講堂建築の特異な構造である「三枚おろし」(詳しい事はmore以下に書こうと思います。)がよく見ることができました。はがされた・・・と書きましたが、今回の見学会は、食堂をはじめまだ壊されていない事務所棟をふくめ、この遠藤新建築の骨頂の「正しさ」の発見であり、そして、それはまた「奥ゆかしさ」という「隠された美」の発見につながるものでもありました。

『日本の建築は「新しい」という事許(ばか)り考えて「正しい」という事をおろそかにした。新人の意見の不徹底がそこに因する。何が正しいか立体建築が正しい。此迄の建築家は人の心を考慮に入れていない。心理の考慮なき建築は死人を容るるに適して生きたる心の住家とはならない。』配られた資料にある、新(あらた)の言葉どおりの、今まで眠っていた眼が覚めて行くような、「正しい」建築が目の前につぎつぎ現れてくるのでした。

しかし、素人目からすれば「正しい」を選択したゆえに、個性をどう売り込むかが、価値の基準となる現代においては、損なふうに時代の風が吹いたとしか思えないのが、ざんねんです。なぜならば建築家=アーティストと思い込んだ今の建築家なら、これみよがしに見せつけるであろう「三枚おろし」や「蕪束(かぶらづか、かぼちゃ束ともいわれる)」の遠藤新ならではの腕の「見せどころ」構造が、お宝がみんな「隠されている」のです。天井板ですっぽり隠してあるのですから。。

遠藤現さんの細かな解説や、旧建築の研究家の説明を受けなければ、うっかりなんでもなく通り過ぎたであろう、地味な建物の端々や隅々に、教わるたびに目からウロコの見事な意匠が施されているのである。

階段の板材には贅沢な松、どちらからの風も受け入れ自在に動く小窓、窓ガラスには細工の凝った三重層の枠木がはめこまれ、和室の柱は一本絞りの見事な杉材、上を見れば貴重な正目の桐の横木、襖は京唐紙に裏にはエキゾチックな象の文様・・・いちいちあげれば枚挙に暇がない。

そのような建築家垂涎の構造や意匠のかずかずが、しかしながら、いかんせん目立たない。遠藤新の最後の建築として、近代建築界の第一人者であるフランク・ロイド・ライト氏に「マイサン(わたしの息子)」と呼ばれるほど頼りにされ愛された、日本で唯一の愛弟子・遠藤新の遺作としてはあまりに地味なのはなぜなのか。

「第一に人間があります」と遠藤新は言う。「人間にはいろいろの要求があります。その要求の対象として建築が生まれます。即ち統一ある人格の生活の対象としての有機的な全一であります。」

ここは迎賓館でもなんでもない。旧平岡レース工場の事務所棟・食堂である。レース工場で働く普通の人びとが忙しく立ち働き、ときにほっとくつろぐ場所である。<わたしの仕事の場所ではない。あなたがたの仕事の場所である>・・・わたしにはそういう新(あらた)氏の声が聞こえるようだった。主人である普通の人びとの仕事や暮らしの邪魔にならないように、そして安全を保てるように、これほどまでに、建築家としての自己顕示の我欲を抑え、ほんとうの意味の「有機的建築」とは何か。<誰が大切にされるべきか。何が大切にされるべきか>──のほんとうを建築で見せてくれた人をわたしはこれまでに知らない。「これほどまでに、住む人の居心地を考えて…」と吐息をもらす見学者が幾人もいました。

これみよがしの奇抜な建築でアーティスト気取りになる前に、現代の建築家たちは、もういちど、良き仕事をする職人としての真摯な仕事の基本形を、新(あらた)氏に立ち返りみならうべきではないだろうか。そして、あきらかに創作的でアーティスティックな構造や意匠をあえて目立たないように、隠して仕上げたこの彼の仕事には、今わたしたちが忘れかけた「日本の美学、日本人の品格」をもかいま見ることができるのではないだろうか。「出すものではない。仕舞うものだ。」という「本物の」仕事人の声を、わたしはここに聞き取るのです。

「ここに私は建築家の職分は必要に向かって必然性を持った解決を与えるということを持説とするのであります」と彼は言う。「第一に人間を」思い、その人間の「生きたる心の住家」たらんとすることに向かった、その彼の信じる「必然性」が、今ここに壊されようとしているところです。。。無念でなりません。


そして、上の写真をごらんになってみなさんは、何かを感じられませんでしたでしょうか?
わたしはじつは、今回の見学会でいちばん最初にまわった食堂棟で、物静かな遠藤現さんの丁寧な説明を聞きながら、立って眺める建物の眺めに既視感となぜか強いショックにおそわれていました。そして、その理由にすぐ気づきました。この壊されかけた建物は、今テレビで毎日放映され続けている、今回地震や津波でひどい被害にあった東北の被災地の景色にそっくりだったからです。

そして、家に帰ってからたいへん、驚きました。当日、配られた資料のはじめにはこう書いてあったのです。

建築家・遠藤新 1889年(明治22年)に福島県相馬郡福田村にて生まれた──胸がどきどきしました。そして、インターネットで調べてみると、「相馬郡福田村」とは現在の「相馬郡新地町」のこと・・・みなさん。今回地震とひどい津波に遭い、駅舎は押し流され、遠いところに折れ曲がった電車が転がっている映像をごらんになりませんでしたでしょうか。

奇しくも、遠藤新の生地が震災で破壊された、同じこの時に、場所を隔てたこの地でも、彼の最後の建築が壊されようとしています。なんと皮肉なことでしょう。背筋に寒いものが走ります。むごくて、つらくて、ほんとうに、残念でなりません。
*こちらが遠藤新の出身地である、現在の新地町の映像です。

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by sechanco | 2011-04-20 11:48 | 地域に生きる

きれい

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かぜが ふけば はなふぶき まう 

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by sechanco | 2011-04-16 13:14 | 震災ミニ募金

旧平岡レース事務所棟 4月17日見学・撮影会のお知らせ

a0082132_22415686.jpg飯能市には遠藤新(えんどうあらた)の遺作といわれる貴重な建物があります。

遠藤新は、帝国ホテルや、自由学園の校舎や明日館の設計で有名な、フランクロイド・ライト氏の日本での直弟子として有名です。ライトの弟子として、帝国ホテルの図面を描いたり、自由学園の明日館はライトと共作となっております。甲子園ホテルをはじめ彼の手になる数々の建築は、日本各地で国の重要文化財・有形文化財・景観重要建造物に指定され、大切に保存されています。

わが町、飯能市にもその遠藤新の「最後の作品」である、旧平岡レース事務所棟が残っております。旧平岡レースは、かつて繊維産業で栄えた飯能市の歴史の中で、重要な位置を占める企業でした。その栄華の名残り遺す、この建物は飯能の文化遺産でもあります。

ただ、今回は残念なことに新図書館建設にあたり、ひとびとに惜しまれながら、取り壊される運びとなりました。古き良き飯能の歴史と文化のシンボルがなくなってしまうことは残念なことです。

建物の概観はそんなに目を惹くものではなく、地味なものですが、その内部の作りは、多くの建築家の注目を集める、いろいろ凝った構造が網羅されているようです。

遠藤新の建築は『有機的建築』として特徴があり「有機的建築とは、周囲の環境との関連性から展開する生活と密着した、社会全体で考案される建築空間」とのこと。彼の建築に多数見られる設計方法の「三枚おろし」や、方形屋根を「蕪束(かぶらづか、かぼちゃ束ともいわれる)」の構造で支え、飯能の特産・西川材を主に使用されているそうです。

昭和25年・旧事務所棟は新工務所の先代・新八郎と、脇棟梁に飯能高校前にいた清水善、当時19歳の吉澤さんの主に3人で建築。1階から天井を貫く柱、座敷と椅子の視線の高さを近づけるため床から30センチ上に畳を敷いた和室など、匠たちの名仕事がご覧頂けると思います。*一部資料より引用あり。

一般公開されるのも、今回が最後になるかもしれないとのこと。できるだけ、多くの方にご覧頂き、貴重な建築をせめてカメラに残して頂ければと思います。

世界の建築家、フランク・ロイド・ライト。その直弟子の遠藤新による遺作・旧平岡レース事務所棟の見学・撮影会に、できるだけ多くの方が参加されることを願っています。

当日は、特別に、遠藤新さんのお孫さんである建築家・遠藤現(げん)さんが、建物についての詳しい解説もなさってくれる予定です。

飯能に残る『遠藤新建築』の保存を考える会 主催です。(私も、ほんのちょこっと、お手伝いさせて頂いてます。)

★地図は、「飯能市シルバー人材センター」でグーグルマップで出ています。「飯能第一小学校」の裏。

★こんな歴史のあるシックで重厚な建物で、室内楽の上品なコンサートや、陶芸・草木染・織物等たくさんの飯能でモノ造りする人たちの展覧会や、さまざまな文化人を招いての講演会、小説や詩などの朗読会など開催できたら素敵だろうなあ・・・
お年寄りと若者のように
旧いものと新しいものが――
もの言えぬものをもの言えるものが支えるように
建物と人びとが――
共に生かしあい、大切に思いあえる町になれたらいいなあ
と夢見て惜しむわたしも一市民です。。(^_^)。

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by sechanco | 2011-04-14 23:29 | 地域に生きる

さくらは  わすれません

a0082132_10284484.jpgさくらが
とどきました
遅ればせながら
北の被災地に
南の地から暖気に乗って

てもあしもないので
ちからしごとはできませんが
みぎのものをひだりにも
できませんが
くちもないのではげましの
ことばもかけられませんが
小さなつつみをひらいて
いっしょうけんめい
みんなで咲きます

どうぞ
みなさん
顔をあげてください

さくらが
とうちゃくしました
春を知らせに

らいねんも、さらいねんも
さくらは
みなさんを忘れません

さくらは
みなさんの
春を忘れません

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by sechanco | 2011-04-13 10:37 | 震災ミニ募金

マケズ ニモマケズ

a0082132_9395845.jpg新聞に掲載された一枚の写真。被災地のある小学校で、がれきの中に残っていたという壁画が目と胸に飛び込んできた。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の最初の二行「雨ニモマケズ/風ニモマケズ」の雨と風の部分に津波が破壊し運んできた瓦礫が乗っていて、その下のことば「マケズ/ニモマケズ」だけが見えている──。その横では、折れ曲がった銀河鉄道の車両が、空に向かって延びている。俯いた黒いシルエットの帽子の男が宮沢賢治の姿だろう。とても暗示的におもえる。

そして、この東北の童話作家であり詩人である、宮沢賢治の詩の言葉が、いま多くの被災者のエールになり、つらい心の支えになっているという。

「<勝とう>と思うと駄目なんです。<負けるもんか>と思う事にしてるんです。すると、踏ん張れる」なにかで、そんな格闘技のチャンピオンの言葉を見つけたことがある。

賢治のこの「負ケズ」という言葉も、誰かに勝つのではなく、「負けない」という自分の姿だけを見せている。「勝つ」ということばは、どこかに、「負ける相手」を作る。けれど、「負けない」という言葉は、自分の姿勢のほかを指し示さない。相手は人かも知れないし、今回のような荒ぶる自然かもしれない、相手に勝つことはできなくても、自分に負けないことはできる。相手なんかどうでもいい。最後のたよりの自分へのエールこそが「負けない」「負ケズ」なのだと思う。

せんじつの、「良いことば」「正しいことば」について、いろいろと考えた。そして、良いことばがかならずしも正しくはないし、正しいことばがかならずしも良いわけではない、ということもあるのではないかとも思った。「正しい」という意味が、正確なあるいは真実のという意味でならばだ。

わたしたちは、ときに正しいことを伝えられない場面に出合う。その真実があまりにも厳しく、相手のこころを損なうことがわかってしまうとき。生きるためのこころを折ってしまいそうなときだ。よくみると。からだはこころにささえられている。こころが折れたら、からだは動かなくなる。

うそで体は動かない。でも、その体をささえるこころは、ときに、ちいさな嘘で動くことができる。「生かしたい」その想いが真実であるときに限って、「良いことば」は「正しいことば」になるのではないだろうか。たとえうそでも。


しかし、やっぱり、うそはかなしい・・・。

からだを守る行為と、こころを守る言葉があるはずだ。きっと。。正しい言葉が。良いと正しいが、ひとつになる言葉が。そして、ひとを生かすことばが。そして、うそではないことばが。

その正しい言葉に耐えるためには、言葉を発するほうも、言葉を受け取るほうも、ともに鍛えられた精神をもつ者でなければならないだろう。

たとえば、地震と津波を潜り抜けて(──わたしは想像する、この言葉の壁が、地震に揺すぶられ、津波の濁流にのみ込まれ、瓦礫にぶつかりながら、じっと水底で耐えてる様子を、「マケズ」の言葉が、踏ん張ってる姿を、わたしは思い浮かべる)──なお人の心に生き残った、この賢治の言葉や

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by sechanco | 2011-04-13 10:21 | 震災ミニ募金

よいことば ただしいことば

a0082132_1192899.jpg良い情報でなく、正しい情報が欲しい福島の方からのメールが、震災関連のテレビ番組に寄せられていました。

「良い」ではなく「正しい」をいま希求するのは、福島の原発事故被害に遭われている人々だ。わたしは、この願いの言葉につよく捉えられてしまった。

それは、「良い暮らし」ではなく、その失われた土台の「暮らし」を、取り戻したいという切なる訴えだとおもう。

なぜ、これほど、この訴えにとらえられるか。「比喩」を表現の手段として、自分が言葉を発信している者だからである。「正しい言葉」ではなく「良い言葉」を捜す側の者だからである。つまり、いま、いらないと言われた側にいることの、罪に捉えられたのだ。

逆説的だけど、言葉の力はあると思う。『原子力発電所は安全です』。今も無力になっていない。」──この言葉は、某SNSでつぶやいた一人の詩人の言葉である。無力といわれる詩の置かれた社会的現状に対して、皮肉なエールが送られたのだ。

「たしかに、そうだ」と。この詩人の言葉にも、ひどく胸を打たれた。。しかし、撃ちながら撃たれるような、この諸刃的で皮肉な弾に胸をやられて、言葉の基盤が損傷してしまうように感じた。

最初にあげた福島のひとのメールにあった、「良い情報ではなく」の「良い」とは、たとえばこの「安全」という今まで与えられつづけ、結局は裏切られた情報・言葉のことであろう。

わたしたち詩書き、比喩書きは、正しいに属するものではない。「よりよく」の「良くと欲」に生きるものである。正しいとは何?とこどものような目を向けるものである。

このさきを、まだうまく、まとめられないが。自分の言葉の基盤が揺すぶられるような思いをしている。

「安全」とは、人の願望を書いたことばである。人が生きるために必要な願望。「危険」と書いたことばのもとで、人は生きられはしない。

生きるために、「安全」な「良い」言葉を掲げる。そして、良い言葉のもとにしか人は行きたがらない。

いくら真実だと言い続けても、「無」を唱える仏教に人々があまり耳を貸さないことや、「危険」のプラカードを掲げる諸々の反対運動に少数の人しか参加しない理由が、わかる気がした。

みんなは、「ある」と言って欲しいし、「あんぜん」と言って欲しいのだ。生きる為の、希望が欲しいのだ。しかし、今その「良い」のむなしさに気づいた、ひとびとがここにいる。どんなに厳しくても「正しい」がほしいと叫ぶひとびとが。

良く生きるための、「良く」がなくなったとき、「良く」に騙された時、ひとは求める。生きるための「正しい」を。

それでも、言葉を信じられるか。いまきっぱり、捨てられた「良い」言葉を。。わたしたちは、わたしたち比喩は。。

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by sechanco | 2011-04-10 11:42 | 震災ミニ募金

花を見つけに

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行きました。

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by sechanco | 2011-04-04 12:00 | 震災ミニ募金

立ちあがった、くるみの木

a0082132_1257588.jpg
数年前のことです。河川敷の広場のくるみの木が、台風で倒れました。

それから。一年も、二年も、ひょっとしたら三年も。大きなくるみの木は倒れたまま、自分が倒れたことも知らないように、地面で寝たきりのまま、芽を出し、葉をつけ、実を成らせ続けていました。泥をつけて。ときどき、通る人々に枝や葉っぱを、踏みつけられながら。

それでも、まだくるみの木は、倒れていることに気づかないかのようでした。大部分が空に跳ねあがり、少しだけ地中に残った根っこから、水分や養分が届けられているようでした。

でも。さすがに、だんだんと力尽き弱ってくるのが、目に付くようになりました。

たぶん、川上から流れてきた、くるみの実がそこに流れ着いて、勝手に生えたくるみの木でした。だれが植えたのでもない。だから、だれも起こそうともしなかった。わたしにも起こす力はなかった。だんだん弱ってくる枝や葉っぱが目に入り、そばを通るのがだんだんつらくなりました。

だれか、起こしてくれないかなあ。じゃまだといって、切られないといいなあと、祈るばかりでした。

ところが、ある日のこと、くるみの木のそばにチェーンソーを持ったおじさんが立っていました。とうとう、くるみの木が切られ始めたのです。たまらない思いで、わたしはUターンして、しばらくその場所に行くのをやめていました。どうしても、足を向けられなかったのです。

それから、どれぐらい月日が、経ったでしょう。おそる、おそる訪ねたその場所に、しかし、くるみの木はちゃんと残っていたのです!

そして、広場いっぱいに寝転がったように倒れていたくるみの木は、少しずつ起き上がりはじめていたのです。

切られたのは、倒れた大きな幹でしたが、地面に着いた枝をたくさん切り落とされて軽くなった、もう一本の残された細い幹が、少しずつ立ちあがりはじめていたのでした。ああ、そういう方法があったのか。あのおじさんは、切り捨てようとしたのではなく、生かそうとしたのだと。そのときやっとわかり。

木も草も、この地のあらゆることを知り抜いた、地元の人の智慧と配慮に感激したのでした。そして、きっと倒れたままで、それでもこの地で、いっしょうけんめい生きようとするくるみの木の姿は、同じこの地で生きる、人の心を打たずにはいなかったのでしょう。

実は何度か、行政にも頼んだりしたのですが・・・。動いたのは、じつは普通の近所の人(おじさん)だったとわたしはおもっています。

そのとき。何とか運動を立ち上げなくても、「生きようとする」必死の命を目の当たりにすれば、人はちゃんと必要な行動をする生き物なのだと、人が信じられたのでした。人を信じていいと思ったのでした。特別の人ではなく、普通の人を。。

          ***

今では、しっかり立ち上がったくるみの木は、毎年毎年たくさんの葉を繁らせ、たくさんの実をつけて、夏には通るひとびとに、涼しい木陰をくれています。そして、枝にはたくさんの小鳥たちがとまって休んでいます。ときどき歌を、歌いながら♪

ずいぶん前の、話です。いつか、どこかで書いたかもしれませんが。いつも散歩のときに通る、河川敷で、いまでも三分の二ほど根っこが外にはみ出てしまっていながらも、しっかり立ち上がっている、このがんばる、くるみの木に触っては、チカラをもらっています。そして、「えらいね、えらいね」と言っては、撫でています。

倒されても、ほっとかれても、恨みごともいわず、ただただ生きようとする、その姿に。自然の強い生命力に、植物たちの姿に、いつも感動します。そして、おなじ生命のつづきとしての、人のチカラを、人間の内奥に潜む本来の底力を、信じずにはいられません。

たくさん写真も撮ったはずですが、思うような写真が見つかりません。見つかった少しの写真を、載せて見ます。上の写真は昨日の写真。下の写真は、起き上がりはじめたばかりの頃。その下のは、夏に元気な葉っぱを繁らせ始めた頃、そして木漏れ日を見上げると・・・?の写真です。(^_^
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少しずつ、少しずつ、立ち上がり始めました。
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夏にはこんなに葉がしげり、クルミの青い実がのぞきます。
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見上げれば、ハートが見つかった日♪

被災地の方に、このくるみの木君の姿が届けばいいなあと思います。
わたしの拙く、もどかしい言葉より・・・。

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by sechanco | 2011-04-03 10:03 | ミヤオ・リターンズ