晴れときどき 宮尾節子


宮尾のブログ talk to who?               
by sechanco
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100m父

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「おとうちゃんのさんねんだけど」と先日兄から電話があった。よそに向かっては「おやじの」と言う兄が、妹のわたしにだけは、こういう。こどもの頃と同じよびかたが兄のくちから、ぽろっともれる。と、きもちが、ときやきょりの、へだたりをこえて、ぐっともどる。あにとちかづく。「むりして、かえらなくても、いいけど、いちおう、ゆうちょかんと、とおもって」「うん、ありがとう、ゆうてくれて、うれしかった」帰らないけど。。

こんどの、詩集にも入れた、「百メートル父」をここに。三回忌(さんねん)の今日ちちに。
(前にも掲載しましたが、こちらが決定稿です。)

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by sechanco | 2011-06-26 12:27 | 日々

ライブ です!(Ⅳ)

a0082132_9184615.jpg庭先に転がっている植木鉢に一輪、「花が咲いている!」といってよろこんだ。「鉢が割れている」といわずに。

二階の天袋まで海水に浸されて、水槽のような衣装ケースの中で、
ビニール袋に包まれたセーターが一枚、「濡れてない!」といってよろこんだ。「あとは全滅だ」といわずに。

倒れた食器棚を起こして、ガラスのコップがひとつ「割れてない」といってよろこんだ。泥だらけの茶碗がふたつ「使える」といってよろこんだ。「大丈夫だ」といってよろこんだ。

よくないほうが多いのに。少ないほうの「よい」を「よかった」を見つけては、声をあげた。
それは、夜空をみあげて、星をみつける、しぐさに似ていた。

夜のなかで、夜はかぞえきれない。
夜のなかでは、だから、すくない
星をかぞえる。
かぞえやすい、星を。

かぞえやすいものを、かぞえていたら
いつのまにか、そこに
希望が見つかるのかもしれない。

そうやって、ひとは、希望を
見つけるのかもしれない。

そして、それは、がんばらなくても
できることかも、しれない。

夜空で、
星をかぞえることは。

顔をあげて、星をかぞえるんじゃない。
星をかぞえているうちに、しぜんに
顔があがるのだ。

よくないほうが多いのに、よくないほうがほとんどなのに。
よくないほうはだまっていて、よいときに声をあげた。

声をあげると、顔をあげるは、にていた。
おおくは、だまって、うつむいて
はたらいた。

誰もそうしようとは、言ってないのに。いつのまにか、みんながそうしていた。

そんなふうに、誰にいわれなくても、自然に、ひとは
希望に向く、
希望に向かうのかも、しれない。

いつのまにか、
「見つけたい」その思い一つに、なってはたらいた。

その時・・・・・・

「あ、」とわたしが、見つけたものは、廊下の壁にはりついた、ツバメの巣?だった。
「ツバメの巣があります!」とRQ(レスキュー隊)のひとに伝えると
「え、ライブですか?」と聞かれた。ライブ?としばらく、その意味がわからないまま、巣の中をのぞいていたら
ちいさな黒い頭がひょこっと出てきた、そして、それがちいさく動いた。

思わず「ライブです!」と大きな声をあげていた。声をあげながら、意味がわかった。「ライブ」とは「Live」。つまり、「生きていますか?」とRQのひとは、確認したのだ。

「ライブですか」「ライブです」これは、きっと被災地で行方不明の方をさがすとき、さがしあてたときに、交わされる、RQ用語なのだろう。

ツバメの巣は、家の中に作られていた。だから、津波におそわれて、家が壊れたあとに、作ったのだろう・・・・・・。

「ツバメが来るのは、縁起のいいお家だよ」「このおうちは、きっともう大丈夫だね」「うん、もうだいじょうぶだ」「よい、おうちだ」と集まってきたボランティアのみんなではしゃいだ。

しばらくすると、親ツバメが、エサを運んできた。みんなでまた、ほっとした顔をみあわせた。

ツバメだけれど、震災に破壊された家の中で、命をひとつ、見つけることができて、とても、うれしかった。
壊れた家の中でも、やわらかな命が、育まれているのは、
ほんとうに、うれしかった。

知らない人に、巣をこわされないように、巣の下の壁に、「LIVEです!」と今覚えたばかりのことばを、マジック書きをして、「↑」矢印もつけた。

いっしゅん、壁に、詩を書いているような、気がした。
うえに、いのちが、のっていた。

こんなふうに、しが、かきたい
と、おもって、
つばめのこを、みあげた。

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by sechanco | 2011-06-20 11:03 | 被災地にて

ささやか だけれど

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ちいさなまちの ちいさなしの たのまれしごとを しています。 もう さんねん ぐらいになるかな さいしょの ころは さっぱり でしたが 「し よんだよ」 「おばあちゃんが こんどの よかったって」 とか かんそうを みみにする ようになりました そのときは うれしい。

今月の 青空つうしん用 のちび詩です。 じつは、最後の一行は
「かなしい」だったのですが・・・

あとでほんとに、かなしくなって、たえられなくて、「こちらに、かえて」と
なおしたものを、おくりました。

わたしは、きっと、ほんとのことが、かけない、
いくぢなしの、詩かきです。
ごめんなさい。
さいごは、うそでも、きぼうを、添えたい。

きぼうが、ないなら、てでつくる、しでつくる。

ねがわくば、りょうしんてきな、うそかきに
なりたいと、おもうばかりの、

うそつき、詩かきです。
ごめんくなさい。

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by sechanco | 2011-06-17 11:29 | 日々

611 原発ヴァーサス

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6.11に脱原発の小さなデモ・パレードをしたいけれど、小さく温和な町なので、過激な発信ではなく、ちょっとした言葉を、カラフルな風船に貼って、歩いてるひとや、こどもたちに、手渡したい。なにか、そんなソフトな言葉ない?とたのまれ
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結局「きれいな空 きれいな水 みんなの命」にしました。イラストレーターのともだちが
かわいいイラスト文字にしあげてくれました。
7月に飯能市民会館で開催されるヤングママたち企画の『ミツバチの羽音と地球の回転』のチラシもついでに、配りました。
ふうせんを、ふくらませて。ミツバチの羽と触覚もつけて、シールを貼って、とみんなでわいわい内職作業。それから、駅にあつまって、まちをそぞろ歩きの出発となりました。さっそく、子どもたちが、集まってきて、手を伸ばし、風船をねだります。「きれいな空 きれいな水 みんなの たいせつな 命、 まもりたい」の願いをこめた、611飯能まもり隊パレードでした。

先日は、自由の森学園の高校生の企画で『祝(ほうり)の島』という映画を観ました。30年も、反対運動をつづけてきた、瀬戸内の島のおばちゃん、おじちゃんたちの元気で、陽気で、しぶとい記録。あかるく、たのしく、きびしく、たくましく、海とともに生きる島の人々の暮らしを観て。みんなは「原発反対なんじゃない。きれいな海に賛成なんだ。だいじな命に賛成なんだ。ひびの暮らしに賛成なんだ。」そういう、NOでなくYESのあったかい気持ちが伝わってきました。

女漁師の民ちゃんはじめ、島のおばちゃん、おばあちゃんたちの朗らかでたくましいこと。そういえば。高知の原発建設も、町のふつーのおばちゃんたちのパワーで止めたと聞いた。こちらへ避難のために、お子さんを転校させた話を聞かせてくれたのも、福島のお母さんだった。――そして、つよくおもった。いざと、なったときは、「女子力が頼みのつな」だと。

なぜだろう。

祝い島のおばちゃんたちは、はじめは反対も賛成もなく、説明を聞くために、よその原発の見学に案内されたとき、ふとそこの海を見て「海の色が、おかしい」と言い出すものがいたらしい。「なんか、おかしい」「なんだか、いやだ」そんなそぼくな、さいしょは反対運動のはじまりだったという。わが身にいのちを宿し、いたいおもいをして産み出し、くろうして育ててきた、女性たちの感覚や感受性は、とても鋭いのかもしれない。そして、なにより。男性にくらべて、最終的に女性は利害や数字に絡みとられない。それを捨てられる。損得を捨てて、生命を守るほうを選択する。「いのちにとって、だいじな、はんだんは、きっと、おんながする。いのちをまもるのは、おんなだ。」そんな気がしました。それも女の直感だけど(笑)。だから、男性はどうか、女性の邪魔をしないでほしい、とおもいました。協力してほしいと。

そして、女性は女子力をいまこそ、発揮するチャンスではないかと
思いました。

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by sechanco | 2011-06-13 03:26 | 震災ミニ募金

かみも ほとけも (Ⅲ)

a0082132_831276.jpg帆立漁がさかんだといわれるこの漁村の家々には、りっぱなお仏壇やら神棚が祀られていたようです。あちこちにとびちり、散乱する神仏の備品を、がれきやどろのなかから、ひろいあつめては、無礼のないようにと、そばに寄せながら、しかし、みごとにさらわれた、日常の世界を目の当たりにして、胸には「かみも、ほとけも・・・」という憤りのような思いが湧きあがってくるのでした。
かみも、ほとけも、ひとも、だれもいない。なにも、ない。

そして、仏教が唱える『この世は、夢だ』という教えを、確信するのような思いにもおそわれました。運動会やお祭りが終わった後のように、そこに残った物らが散乱する広場は「ひとのみた、ゆめのあと、ひとのした、うたげのあと」の景色のようでした。カタチの残っているお家はまだ、なんとか片付けようがありましたが。ほとんどが、土台をわずかに残すばかりで、ねこそぎ、暮らしをもっていかれて、ひとけの消えた、漂流物だけが大量にうちよせた、波打ち際(ぎわ)にいるような気もにもなりました。その、夢の波打ち際が、どこまでもどこまでも、はてしなくつづき、そこに、いつもの明るい日差しが、あたっているのでした。

そして、ひとがいない。ひとは、どこにいったのだろう。と。

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by sechanco | 2011-06-10 10:34 | 被災地にて

きれいに 食べている

a0082132_11451110.jpg宝石をひろうように、きれいな言葉をひとつ見つけました。

『毎日新聞のニュースサイト「毎日jp」に4月、東日本大震災で亡くなった息子の弁当箱を、がれきの中から発見した両親の記事が掲載された。 母親は弁当箱が空なのを確認し、「きれいに食べている」と嗚咽(おえつ)したという。』

母親は、子どもが持って帰るお弁当箱を洗うとき、開けてみて中身が「空っぽ」だったら、うれしい。

「あ、ぜんぶ食べてくれてる」という、一つは作り手の嬉しさと。
「全部食べて、栄養になってる」きょうも元気に育ってくれているという、親ごころの嬉しさの二つで。からっぽのべんとうばこは、ははおやを幸せにする。

がれきのなかから、見つけた弁当箱が、その「空っぽ」が、いっしゅんその「しあわせ」を母親によびもどしてくれたのだと、おもう。――ちいさな奇跡が、母親の暗い心に、ひかりをまぜた。

「きれいに食べている」ひとつめで、母親は、うれしくて。
「きれいに食べている」、ふたつめで、母親は、おえつした。

台所で、いつも口に出さずに思っていた、ことば。
「あ、きれいに食べている」
いつも、お弁当箱を開けるだけで出てくる、ことば。
「あ、きれいに食べている」
母親の胸のなかで、くりかえし、あらわれた、ことば。

瓦礫の中から、弁当箱といっしょに出てきた、ことば。
「きれいに食べている」

責めも、うらみも、悲しみもの、何にもつかまっていない、
──何もはいっていない
空っぽの「きれいな弁当箱」が、
まるで、息子の置いていった、きもちのように、見える、

──「きれいに食べている」


この「きれいな言葉」に、この「言葉のきれいさ」に、
わたしは、今回の震災で、

いちばん、ないて
しまいました。

それは、いっしゅん、光りが差すように、深い悲しみの中に
つかの間、うれしさが、混ざり込んで、くれた、

ありがたさから
だったとおもいます。

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by sechanco | 2011-06-05 13:44 | 日々

明けない夜は ないか (Ⅱ)

a0082132_11444081.jpgこんかいの震災で。想定外、ということばを何度もきいた。ビルのうえに、バスが乗っていた。山の上に、船が登っていた。安全ということばが、無効になっていた。

「明けない夜は、ない」それは、想定内のことばだ。でも、想定外のことが起こった、今。ひとのことばと、ひとのちからは、もういちど、鍛えられなければならないのではないか。

被災者のひとが、「ことばが、ないです」といわれるのを、よくテレビで聞いていた。なぜ、ことばがないのか。ことばを、なくすのか。それを、確かめたかった。すこしでも、ことばに、かかわるものとして。そして、ひとつだけ、わかった。人のことばは、人の暮らしに根ざすもの。その、暮らしを奪われるということは、ことばという音を出す、楽器を奪われるということだと、おもった。

朝、くわをもって、畑に出たとき「ああ、いい天気だ」ということばが生まれる。ひと息ついて、タバコやお茶を呑んだとき「ああ、うまい」とことばが生まれる。そしてうちに帰って、箸をおいたとき「ああ、くったくった」ということばがうまれる。汚れたものを脱いで風呂に入ったとき「ああ、ごくらくだ」ということばが生まれる。日々の暮らしに触れて、暮らしのまわりで声がうまれる。バイオリンと弓のように。暮らしがあって、そこに触れて、ことばが生まれる。わたしたち人間は、ことばの楽器だ。人々と暮らし。暮らしを奪われて、鳴ることのできない。バイオリンを奪われて、立ち尽くす弓のように。ひとびとはいま、ことばを、なくしている。

「ことばが、ないです」は、ひとつには、そういうことだと感じた。ひとがことばを取り戻すには、いっこくもはやく、ひとの暮らしを取り戻すことが、望まれる。
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あまりにも、町も、家も、道も、崩れていて、この傾いた標識の意味することが、わたしは、束の間、わからなくなってしまった。「あの標識はどういう意味?」と仲間に訊ねていた。だって、はっきりと、だれもいない、空を指して、このぶっきら棒は、突っ立っているのだ。

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by sechanco | 2011-06-03 13:07 | 被災地にて