晴れときどき 宮尾節子


宮尾のブログ talk to who?               
by sechanco
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ふたつの 旗

a0082132_934148.jpgカナダはトロントで活躍されているパントマイム・アーティストのNorikoさん。彼女が帰省している間あちこちでマイムを披露される、その幾つかの会場に、朗読でご一緒させてもらった。

ふだんは、言葉少なく、ひかえめで。みんなの輪から少しはなれて、そっと微笑んでいるような。美しく清楚なNorikoさん。が。いったん、舞台に立つと、たちまち、激しい感情のとりことなり、鬼面に変わって、舞う。

開花する蓮の花になり、無くしてしまうハート(心臓)になり、ユーモラスな老婆になり、バイオリン弾きになり、そして、今回は、津波に呑まれる人々になり、最後に人々を呑み込む、黒い津波にもなった――。

黒い布をかぶって、黒い津波の姿に変わったときには、胸を衝かれた。津波に呑まれていく人々の悲しみと、おのれの暴動をとめらない、津波の悲しみが体現されるようだった。

それは、どうしようもないちからに、つきうごかされて、どうすることもできない、しぜんが、ひごろのなかまを、つぎつぎおそいながら、ないている。おおきな、くろいなみだの、ようでもあった。

彼女の創作マイム『Tunami』は、今回の東日本大震災で何か支援をしたいという、海外のアーティストたちが集まって、トロントで行われたチャリティーイベントの彼女の出し物である。海外の人たちも「日本のために何か支援したい」と本当に真剣に思ってくれているようで。このイベントだけで、百万円を超える募金が集まったとのことでした。

彼女の「Tunami」は、圧巻でした。素晴らしかった。多くの観客を感動させ、多くの涙をさそいました。彼女はトロントで、なんどもなんども、パソコンで震災の映像を観て、なみだをながしながら、作り上げた作品だそうです。

なんとかしてあげたい。でも、そこにかけつけることができない。この隔つ距離の、ジレンマがエネルギーに変わって、すばらしい作品に昇華されていました。この昇華へのエネルギーが、虚構を舞台とする演じ手や作り手・書き手の腕に、課せられ試されるものなのでしょうね。

けれど漕ぐ手を(虚構を)とめないで。どれだけ踏み込める(現実に)か。そして、どれだけ踏ん張れる(共に生きれる)か。

彼女の作品「Tunami」は、もうマイムを観ているのか、震災を目の前にしているのか。判別しがたい場所に、われわれをいざなってくれたのでした。

Norikoさん、素晴らしい時間をどうもありがとう。
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今回は獏音くんという若い音楽家ともジョイント。「sound on sound」という、どんどん音を積み上げていくひとりオーケストラのような、新しい音楽の世界ともであいました。それは、山のいっぽんのモミの木が街に出て行ってどんどん飾り付けられて、クリスマスツリーになっていくような、たのしい音楽の世界でした。

わたしは、小さな詩をふたつと、少し長い詩をひとつ、詩になるとちゅうの「きれいに 食べている」(震災の話)というのを話したり、読んだり、してみました。山懐つつまれた素敵なカフェギャラリーでした。うぐいすや、ほととぎす、ひぐらしもご一緒しました。

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開演まえのNorikoさん。百合を持たしちゃったのは、わたし(笑)。

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by sechanco | 2011-07-27 11:35 | 日々

道をつける (Ⅴ)

a0082132_1026566.jpg被災地に行って必要とされていたのは、「瓦礫の撤去」という力仕事だった。いうことではない、すること。かくことではない、ものをうごかすこと。ことばではない、こうい。

地震がゆすぶり、津波がおしつぶしていった家屋。そこには、内も外もなかった。その瓦礫の山を目の前にして、最初は、こわされた蟻塚から蟻がばらばらに動き出すように、みんなもてんでんばらばらに動いていた。物を持って人と人がぶつかったり、瓦礫置き場の前で渋滞したり、足の踏み場を見つけられずに立ち往生したりと、ひじょうに能率がわるかった。そのとき、「畳を!」という誰かの声があがった。「ここに濡れた畳を敷いてまず、道をつけよう」ということである。

ばらばらに、動いていたみんなが、水浸しになった畳をあちこちから集めてきて、縦にならべて道作りがまずは始まった。水を含んだ畳はひじょうに重くて、二,三人掛りで運ばねばならなかった。しばらくして、いっぽんの畳の道が、家屋と瓦礫置き場の間に開通した。

すると、その道を通って非常に瓦礫の運搬作業がスムーズになった。ああ、これが「文体の発見」だ。とおもった。混沌を前にして、とほうにくれていたけれど、そこに一本の文体を渡すと、それに乗って、ストーリーが動き出した。混沌がほぐれていくのだ。どんどん片付いていく。文体の発見とは、道の発見なんだなあと。流れができて作業がはかどりだした、畳の道を往復しながら、おもった。

つぎは、二階の片づけだ。このお家は、二階の天袋まで津波にやられて中はひどい状態だけれど、骨組みは残っていたので、取り壊しはまぬがれていた。その内部に散乱したものたちの撤去である。また、二階にいっぺんにみんなが押し寄せた(だれも、楽をしようとは思っていない。みんな、せっかく来たのだから、短い間だから、少しでも働こう。役に立とうという一心なのだ。)。物が散乱して足場が見つけにくく、狭いうえに人が多く、物を持つと身動きがとれない。うおうさおうのかるいパニックがまたはじまった。

畳の道で、文体の発見を経験したので、「バケツリレーにしようよ」と声を投げかけてみた。すると、みんなが並び始めた。ものを取り出す二階組から、じゅんばんにものを受け渡していく階段組、一階の廊下組、家の外組、というふうに、長い一列ができた。それぞれの手から手へ。おもしろいように、二階に散乱した物たちが運び出されていく。

「重いもの行きます」と上から、声がかかって、その言葉が物といっしょに申し送られていく。「言葉の発見だ」とおもった。それを受けて、階段上部に居たわたしは、これはわたしの担当だな(笑)とかんじて、もう少し、言葉に修辞(おひれ)を加えることをしてみた。おそるおそるだ(笑)。たとえば。「上を持つと楽です」「角に釘が出ているので注意」。すると。こだまのように。「上を持つと楽です」「上を持つと楽です」・・・。「角に釘が出ているので注意」「角に釘が」・・・伝言ゲームのように、わたしが上乗せ(笑)したことばが、人から人へとつぎつぎに申し渡されていく。物といっしょに。

「中に水を含んでいます」「写真が入っています。大切に」「壊れやすいので、そっと願います」「見かけのわりに軽いです」「しっぽがついてます」「両手でお願いします」「おつかれ、ラスイチです。」・・・・・・「おつかれ、ラスイチです!」・・・その場で物を見て、添えたわたしの言葉(表現)が現場でみんなに使われていく・・・・・・こんなこと、はじめてだ・・・・・・わたしは、こっそり、感動しているのでした。そして、作業に声が添えられると、動きにリズムがついて、しんどい作業に、ほんの少したのしみが混ざる。元気が出てくる。仕事歌とは、こんなふうにできあがったのだろうなとおもったりもした。

畳の道をつける=文体の発見・そこから物たちは流れをもって、物語りのように運ばれだした。物に申し送りをつける=言葉の発見・そこで物は、どのような様子であり、どのように扱われるべきかをひとびとに知らしめた。――それは、なんと。ふだん、わたしが部屋でやっている作業と、よく似ていることでした。

ああ、わたしは、こういうことをしていたんだ。普段、机の上でしていたことは、こういうことだったんだと。被災地のボランティアに行って、知ることができたのでした。そして、それは、そんなに無駄なことではなかった。こうして、現場でものごとをスムーズに運ぶことのヒントにもなってくれるのだと。

現実と虚構。ふたつのことに、わかれたことを、やっているんではない。ひとつに、つながることを、めざして、やっていたんだと。少しうれしく思ったのでした。もちろん、動かす手は止めないで。

相変わらず、手前味噌なことを書いてしまっているかもしれませんが、詩やものを書くことのふだんのしごとが、現場でほんの少し役に立てたようにおもえたのが、うれしかったのでした。

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by sechanco | 2011-07-12 11:01 | 被災地にて

晴れときどき しあわせものだ

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ともだちが、たんじょうびのぷれぜんとに、このブログの本をつくってくれているとのこと。とつぜん、表紙がとどいた。だいびっくりだ!

うれしいなあ。


ポートレートや、既刊詩集から詩も抜粋してくれて、素敵な
本になりそうです。

思いもよらぬ、プレゼントに。いま、胸がいっぱいです。
しあがりが、たのしみ♪

ウェブデザイナーの彼女のセンスも抜群、しあわせものだ、わたしは。
ながいきしてよかったぜよ、明智クン。

*表紙は、『私を渡る』(詩集「かぐや姫の開封」より)の詩のイメージなんですって。素敵だ。

★以下にアップしました。
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by sechanco | 2011-07-07 08:10 | 日々

テレビとお経

a0082132_7392978.jpg今ごろになってではありますが。数日前に、地デジの工事をした。それに合わせて年代物のテレビを買い換えた。テレビが大きくなった(といっても32インチですが)。そして、地デジの工事をして、テレビの映りが夢のように変わった。この地域は、どうもNHK関連の映りがわるく、長年吹雪のような画面のなかでNHKさんとはつきあってきた。まともなのは、WOWOWとBSぐらい。民放もかなりひどかった。

なので。眼からうろことは、いわずになんといえばいいのでしょう。脅威的な映像に、たまげました。別物。これほど、ちがうものかと。「す、すごいです」「うーん、ゆめのようです」と感激していると、「その声をお聞きしたくて、頑張ってます」と、汗をふきふき工事のおじさんにっこり。しばらく、ふたりで新惑星をながめるように、おてがらな画面をながめました。


それからは、もうテレビの部屋は、にわか映画館。「ブルーレイならもっとやばいかも」とかさらに欲をだし、家族がきそってレンタルビデオを借りてくる。わたしも、誰もいないときに、ひとり映画館をたのしんでいる。すっぱむーちょとか、ぽりぽりしながら。

その画面みたさで、適当に借りたレンタルビデオの中のひとつに、『シングルマン』があった。ゲイの大学教授の話だった。恋人を事故でなくし、最愛のものを失って生きる意味を見出せなくなった彼が、自分も後を追うつもりで、身の回りの始末をしていく過程が話の筋だが。特別にというわけではないが。静ひつな空気感のただよう、上品なしあがりの佳作でした。ことばもよかった。というより、ことばがよかった。

ラストあたりで、自分を案じてくれる青年と出会い、かたくなな気持ちが、ふっとやわらかにほどける瞬間に、かたられる言葉(モノローグ)が、とてもよかった。共感した。わたしも、おなじおもいを、もっていたからだろう。
こんなに、すっきり、言ってもらったことは、今までになかった。それは。。こういう、ものだ。

ごく時たま
非常に明晰な瞬間が訪れる

ほんの数秒だがー

静寂が雑音を消し

感覚が冴える

思考ではなく

全てが くっきりとしてーー

世界は清新になる

今 誕生したかのように…

その瞬間は続かずーー

しがみついても消えていくが

これこそ命の泉

現在への覚醒

何もかもがーー

あるべきようにある


『シングルマン』より

「これこそが、命の泉」「何もかもが、あるべきようにある」「現在への覚醒」
――このわたしの人生にも、こういう瞬間はなんどか訪れ、
それは、犬のリードをはずして、野原に座り込んだときなど、脇の間から覗いて見えるのが「草っ原」ではなくて、「地球」なんだというような、みょうな覚醒感。たった今、到着したばかりのような、新鮮な、「今に降り立った」感。きらきら景色が輝いて、普段には見せない表情を見せる。うっとりするほど、せかいがいとしく、うつしくかんじる。(ほんとうに、そよそよとして、くっきりとして、いとしくて、なにもないし、なにものでもないのに、みちたりて。なのに、うれしくもないし、かなしくもない、ただただ、澄んでいる感じ。大きな調和のなかの、一点として、トンボのように、世界にちょっと止まっている、感じ。)
そんなひとときの、訪れがある。

わたしは、これを愛とよんでいる
のだが――。

かれが、かんじたものと、きっと、おなじものだと、おもった。

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by sechanco | 2011-07-05 10:40 | 日々