晴れときどき 宮尾節子


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by sechanco
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クリスマス

a0082132_18164896.jpgときどき、キャンドルを灯します。百均とかで買ったのだけど。ロウソクのやさしい炎の色を見ると
目があったまるようです。

目があたたまると、
つぎは、気持ちが
あたたかくなります。



この絵は、鉛筆いっぽんでロウソクの明かりを描いたもの。
近くのギャラリーで気に入って買い求めました。
黒い鉛筆の濃淡だけで、
明かりを描くなんて
いいなあ。まるで、言葉のようです。

どうぞ、それぞれの場所で
あたたかい、良いクリスマスを
お過ごしください。

ケーキとか食べて。
わらったりして。
いいな。

★メリークリスマス!――あなたに。

これもまた、凄いですね。『太陽の塔』☆クリスマス一等賞!

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by sechanco | 2011-12-25 19:04 | 日々

こんにちは、ダスヴィダーニャ

a0082132_736731.jpg先日、ママ(義母)と『百合子、ダスヴィダーニャ』を観に渋谷に行った。
ネットで見つけた「ダスヴィダーニャ」のふしぎな響きと、その映画の宣伝用画像の見つめ合う二人の女性の間に載っていたことばに、つよく惹き付けられたからだ。それは、

『私はあなたによって良くされ、あなたも私によって良くされる。』

湯浅芳子のことばだった。その前の「私は、この愛がなんという名であろうとも、あなたの愛で、あなたという心の城をもって生きる。」という中條百合子のことばと対になっていた。百合子と芳子の顔と顔が対になっているように。

映画は、まるで「学芸会」を観ているような感じだった。よくなかったかと言えば、よかった。なんだか、こころがすぽっとハマってしまった。学芸会と言っても、上質のそれだ。上等の学芸会。というか。女同志が向き合って「しかし」とか「性愛は」とか「文章語」を棒読みするように、喋りだすその違和感が、どういう具合か、妙によい。よいように、さようしていた。なぜだろう。

『私はあなたによって良くされ、あなたも私によって良くされる』は
通常使われる「私はあなたに良くしたし、あなたも私に良くしてくれた」と内容としては、同じなのになぜこうも、違う風貌でこころをはげしく揺らせるのだろう。ロシア文学の翻訳者である、湯浅の骨頂が垣間見える。「何を言うか」ではなく「どのように言うか」に生命が懸かる翻訳者と、詩人は似て見える。きわまった場所でそれらは双子だ。わたしは、何に惹かれたのかすこしずつわかってきはじめた。

「天才少女作家としてデヴューし、戦中・戦後とプロレタリア文学、民主主義文学を代表する作家として名を馳せた宮本百合子。その作家人生に大きな影響を与えた湯浅芳子との関係は、ほとんど知られてこなかった。」とパンフレットにある。

ロシア語の勉強をしながら雑誌「愛国婦人」の編集をしていた湯浅芳子と宮本百合子。その運命の二人が、先輩作家・野上弥生子の紹介によって出合うシーン。1924年(大正13年)野上邸の美しい庭先のきれいに着飾った女性たちの華やかな会話から、映画は始まる。野上に紹介されるなり、「あれ、まったくつまらない雑誌ね」と湯浅の雑誌を面と向かってこき下ろし、涼しい顔する百合子。それを面白そうに、笑い返す芳子。

大正から昭和にかけて、作家・中條(のちに宮本)百合子とロシア文学者・湯浅芳子の、本当にあった愛と別れの物語。』と映画のチラシにあるように、
『百合子、ダスヴィダーニャ』は、永く封印されていた、二人の女性の友愛と恋愛のものがたりである。

百合子が、芳子に「ロシア語で<わたしの愛しい人>ってどう言うの?」「Моя милая дорогая(モヤー ・ミーラヤ・ドロガーヤ)」「だったらこれから、あなたのこと“モヤ”って呼ぶわ」芳子は「モヤ」と呼ばれ、芳子は百合子のことを「ベコ」と呼んだ。やっぱりベコだ。わたしは芳子のベコに打たれる。ベコをみつける芳子に。

──ところで。このような──喋り方には、どこか聞き覚えや、身に覚えがあった。このような名前のつけ方呼び方を、経験していない女子はいないのではないかと思う。「ママゴト遊び」だ。わたしたちは、あの遊びでいろんな役柄や声音や呼び方を学んだ。風当たりの強い現実の真似事(マネゴト)を、風から守られた場所で再現する。女の子たちのママゴト遊びは、そのまま表現者の姿のそれに変わるものではないだろうか。

そこでは、現実はいらなかったし、ゴハンだって草の実や花を盛って済んだ。そして、男が混ざる必要はなかった。たまに、誰かの弟がくっついてきて混ざることもあったが、ちょっと男子が混ざると途端に調子がくるって、座がしらけた。なんでだろう。

それは、ものを書く時にペンは一本でいい。そんな感じなのかもしれない。この映画にも、わたしにはそのママゴト感がずっと漂った。漂っていて、なんだかとても懐かしかった。ひょっとしたら、あのママゴトという楽園の続きを生きる。それが彼女らの。そして男子には「スタンド・バイミー」のような、あのワクワクする冒険の続きを生きる。それが「同性愛」というものの一つの解釈になるかもしれない。きっと安易だと、彼ら彼女らには、叱られるかもしれないが──。そう思ってしまった。


さて。映画のつづきに、もどると──

「あなたは私の前に、閉じられていた扉を
    開ける鍵を持って現れたのよ」(百合子)


百合子は熱情を全開にして芳子に迫り、とろけるように甘く悩ましく芳子にまとわりついて放さない。わがままで奔放で才能あふれる女性作家・中條百合子の積極的なアプローチに心揺すぶられ、半ば押し切られるようにして、「わたしは男が女を愛するように、女を愛する」と公言する湯浅芳子は、百合子に心を奪われていく。甘やかな奔流の中に直立する棒杭のような、その硬い演技の『菜葉菜』に芳子の思いの強さがうまく滲んだと、わたしは思った。

開かれてしまったのは、しかし。実は百合子ではなく「結局、みんな男の元に去って行く」という無念の胸中に狂わんばかりの深手を負って生きる芳子の、必死に抑えようとした恋心だった。しかし思いのままに、今でいう「天然」で生きる百合子の熱情は、自由で枷(かせ)が無い。いつも嫉妬に胸を焦がし、懊悩に転げ回りながら、芳子は自問する。

「女と女の愛は、
 ともに地獄へ堕ちる決心と勇気がなければ、
 成就することはできないのだろうか」(芳子)



『これは大正から昭和にかけてのトゥルー・ストーリーで、芳子と百合子はこの後7年間、ともに暮らした。しかし一緒に渡ったロシア留学から帰国後、百合子は共産党員の文芸評論家(後に日本共産党書記長)宮本顕治のもとに走り、共同生活は無惨に破綻した』

──是非、あとは映画を鑑賞してほしいけれど。

私が、こころに残ったことばをひとつだけ
『あなたの自然を知っている、わたしが百年だ』という湯浅のセリフ。

そういうことだ。くるしいけれど、知るべきことはこれだと思った。
鳥と鳥籠の恋物語のように──。囲い込めない自然に、道をゆずった囲い捕りたい己の業の、しかし短くはない『覚悟の百年』がここに見える、気がした。人智の及ばないものに道を明け渡す覚悟のできた、たとえば「永遠よりも美しい百年の姿」を、そこに見た。苦しい恋心を克服するには、愛が要る。まさに、愛の言葉がこれだと思った。(*自然と時間の対比もかんがえれば、奇異だ。詩の時空が働いているに見える。それとも、『存在と時間』につながる世界のことなのだろうか…。)

あ。勝った。とじつは思った。この言葉を聞いたときに。芳子は百合子を超えたと。鳥と鳥籠の恋──は、少なくとも恋においては、芳子の勝ちだと──鳥は解き放たれ、籠は百年の檻(おり)を自らに科した。永遠に飛び立つかにみえたその「自然」の命はそんなに長くはなかった。

百合子は共産党員として弾圧を受けつつ活動する夫を助け、自らもたびたび検挙され、懲役・執行猶予の判決も受けた。しかし社会運動も執筆活動も衰えることなく、プロレタリア文学の第一人者として高い評価を得て。享年51歳、激しく強く、奔流のようなそして長くはない人生を「鳥」は閉じたのだった。老人施設でおだやかに長く生き延びたのは芳子の方だった。「百年」を満たしはしなかったが90余年を、「一番は百合子」と(「生涯で誰が一番好きだった?」のインタヴューに答えて)名乗れる愛を、「籠」は生き切った。いつもショート・ホープ咥えていたという。あっぱれだ。そして、なんてお洒落だろう。

コケティッシュで肉感的な百合子・一十三十一の演技も、理知的な言葉(セリフ)のほとばしりが官能(色気)を見事に凌駕していて、あっぱれだった。甘いものをついばみ、固いものを齧る。肉を生き、知を手放さない、百合子役を無理ないかたちで、すっきりこなせていたと思う。

肉体よりも、こころで結ばれている二人。その感じが良く出せていたと思う。

帰ってからも、二人が忘れられなくて、恋しくなって。もう一度二人に会いたい思いで、百合子役の一十三十一(ひとみとい)や芳子役の菜菜菜(なはな)の、今の姿をネットで検索してみたが、今風の若い女の子しか、そこにはいなくて。そこにいるのは、見知らぬ今時のきれいなお嬢さん達なのだった。思わず酔いを醒ます様な思いに浸りつつ。わたしの会ったのは、映画の中の芳子と百合子だったんだなあと、ため息をついて画面を消した。二人ともそれぞれ見事に役を生きて死んだんだと思う。素晴らしかった。

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by sechanco | 2011-12-22 13:52 | 日々