晴れときどき 宮尾節子


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みんなの飯能レース展

a0082132_23124961.jpg池袋から西武特急『レッドアロー』に乗ると40分(急行は50分)。

天覧山・多峯主山(とうのすやま)・蕨山・大持山・伊豆ヶ岳等七割を山野に囲まれて、南東にひらけた人口8万ほどの市街地。その街の右頬をなぞるように入間川(上流では名栗川)が花のお江戸は東京湾に向かってゆるやかに清流を流す。奥武蔵の玄関口に、わが町・飯能(はんのう)はあります。かつては大雨で増水した時を見計らって、「それいけ!」と山から切り出した材木を積んだ筏に棹さし、村の剛毅な男衆が荒ぶる川と格闘しながら、江戸に向かって運んだ「西川材」の産地でもあります。「江戸の西の川」からということで「西川材」と呼ばれ重宝され、江戸城の増築時(もこの木材を使用したという)御用達の良材として、また江戸の町の民家の建築材として人気がありその名を知られました。

もうひとつ。飯能は古くから「繊維の町」としても有名でした。(*今話題の「スカイツリー」の制服を作製して注目された「マルナカ」は、飯能に残る唯一の創業145年の繊維会社。この地伝統の織の技術を高く評価され、ファッション業界を陰で支える存在です。)特に、絹織物の産地として知られました。

「『筬(おさ)のひびきでトンカラリと明けりゃあ』と地元に仕事歌がのこるほど、飯能市周辺は織物の産地として栄えました。この町で栄えた絹織物の起源は、和銅年間(708~715年)に迄さかのぼります。特に、裏絹(高麗絹とも)の産地としてその名を知られていました。しかし時代は流れて、繊維製品自由化の影響で安い海外製品に押され、国内の繊維産業はたいへんな打撃を受けることになります。同じく当地の繊維産業もどんどん衰退し、現在も活躍中の「マルナカ」さん以外、往時を偲ぶものは「絹甚」「織物会館」「平岡レース事務所棟」などの旧い建物の造りや門構えに、栄えし頃の面影を残すのみの現状となっています。

そして、この度は。その中でも最も有名で実質、わが町の繊維の歴史の中心的存在であり、「繊維の町・飯能」のシンボルでもあった「平岡レース事務所棟」が、保存を願う多くの市民の声も空しく、ついに解体されてしまいました。(*ただ、市長のご厚意によって、丁寧に解体され、「再建可能なように部材は残された」ことが不幸中の幸い、わずかな希望を灯しています。)

この「平岡レース事務所棟」は、世界の四大建築家フランクロイド・ライト氏の愛弟子・遠藤新氏の「最後の建築」としても、知る人ぞ知る貴重な建物でした。ところで──遠藤氏の生地は福島県新地町。今回の津波でひどい被害に遭いました。その悲しい時節を同じくして、彼の最後の建築も、当地で解体されるという皮肉な運命をたどりました。残念です。福島と飯能はいろいろとご縁がありました。この「平岡レース」は、「福島県三春市」に最近まで工場を持っていました。こちらの平岡レースの従業員の方たちも、たくさん三春の工場にも勤めており、行ったり来たりが頻繁にあったようです。そのご縁でまだ交流が続いている方々もおられます。

この平岡レース工場の敷地跡にひっそりと一本の桜の木が立っています。この「一本の枝垂桜」(こちらは残して頂きました!)は、実は。その三春の工場とのご縁で植えられた、日本三大桜『三春の滝桜』の「孫桜」なのです。今は夏草ぼうぼうの工場跡地に、この一本の桜木のみ、さびしく残っています──。

                  ***

そのような──素晴らしい建物がわたしたちの町飯能にあったこと。そしてそこでかつて、飯能の多くの若い女性が、意気揚々と働いて──このように美しいレース織り物を作っていたことそしてその見事な製品は「飯能レース」と呼ばれ、広く国内に遠くは海外にまで「飯能」の名を知らしめていたことなど、みなさんに知っていただき、そして、わが町の素晴らしさを思い出して頂きたく、前回の『平岡レース事務所棟パネル展』にひきつづき、今回は『みんなの飯能レース展』を開催致しました。

この「まち角展覧会」は、ある日。「文化遺産を活かす会」のメンバーが「わたし、平岡レースで作ったレースのドレス持ってるのよ。昔は、お金をためてレースを反物で買って、服を縫ってもらうのが、わたしたち飯能の女性の楽しみだったの。反物で買ったから、姉妹三人分できたわよ。」と、ドレスと美しいショールを見せてくださってのが、きっかけでした。

「『飯能レース』(平岡で作られる製品はそう呼ばれていました。)の洋服や生地を持っている方、まだいらっしゃるかしら?」と問いかけると。次から次にと、口コミで伝わって、あっと言う間に小さなものまで含めると300点以上が集まりました。急遽決まった展覧会に向けて、町の端から端へと、さまざまな方に色んな思い出話をお聞きしながら、お借りして巡るのが、とても楽しかったです。

「もう使わないけど、捨てられなくて」とおっしゃって、押し入れから出して来られる、女性の方々(*上は70代後半から50代前半までの年配の方が多かったです)の手のひらには、さまざまな模様の美しいレースの品々が、お花畑につぎつぎ花がひらいていくように、広げられていきました。取り出したレースのハンカチやドレスや反物を愛でるお顔は、みなさん、少女のように華やかでした。見せてもらうわたしたちスタッフも、きれいなものを見るとしあわせな、心はすっかり乙女に戻って(笑)、いつのまにかはしゃいで「わあきれい!」「かわいい!」「すてき!」と黄色い声をあげてしまうのでした。

これらは、そうして、集められた古いレース製品(平岡レース・平仙レース)の数々です。開催は7月14日と15日の二日間。ちょうど、飯能夏まつりのにぎわいの中で、商店街の元ふとん屋さんあとの「光文堂」(パネル展と同じ)での展示となりました。お祭りの人出もあって、今回もたくさんの方々にご来場いただきました。地域の新聞にも掲載され、テレビ放映もありました。

楽しかったのは、かつて「平岡レース」に勤めていたという方々が、懐かしがって、次つぎ訪れてくださり、いっときは展覧会場が「平岡レースの女工さんたちの同窓会場」になったことでした。「まあ久しぶり!」「あなた何年勤めたの?」「わたし34年。」「わたしはテスト生の頃からよ」「わたしはパンチの仕事」「あら、これわたしが作った模様よ」「わたしはお直しの担当」話が弾みました。・・・そして「こんなにしてもらって、ありがとうございました。」と帰り際に目頭を押さえて、わたしたちスタッフにご挨拶してくださる年配の方もおられました。思わぬ言葉に、戸惑いましたが。。きっと、ご自分たちの作った製品や懐かしい仲間に再会できて、気持がタイムスリップされたのでしょう。よろこんでもらえて、うれしかったです。

商店街の一角でしたから、目の前をお祭りの屋台がにぎやかに通りすぎます。その屋台を引くおじさんたちまで、お祭りから抜け出て、着流し姿で飛び込んで来られて「わしは、平岡の営業やってたんだよ」「飯能レースは東洋一だったよ」と汗をふきふき、イッパイ入った(笑)赤ら顔で懐かしそうに、会場を見ていってくださいました。

今回は、多くの女性の方がご来場くださいましたが、くちぐちに言われることは「うちにもいっぱいあるよ」「押し入れに同じのがある」「母にもらった」・・・なんとたくさんの飯能の女性は、美しいレースの洋服や品々を持っている贅沢でお洒落な方々でしょう!驚きました。おかげで、見に来てくれた方が、「ちょっと待って、家から持ってくるから」「わたしもレースの羽織があるから取って来るよ」「わたしはハンカチがいっぱいあったなあ」「わたしのこの日傘、飯能レースであつらえたのよ」・・・などの声とともに、つぎつぎご自分のを家から持って来て、どんどん会場に展示品を増やしてくださるのでした(笑)。

ほんとうに、みんなでつくる楽しい、しあわせな「みんなの飯能レース展」となりました。ご来場頂いた方、レース製品をお貸しくださった方、ほんとうに、ありがとうございました。──活かす会・スタッフ一同。
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夕方にはモデルさんに衣装を着てもらっての、小さなファッションショーもありました。*モデルさんたちが来ているのは、飯能レースで作られたフォークダンスの衣装です。

☆以下に会場の様子や飯能レースの製品の一部をご紹介しました。ごらんくださいませ。(*写真はクリックすると大きくなります)

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by sechanco | 2012-08-19 11:05 | 地域に生きる