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晴れときどき 宮尾節子


宮尾のブログ talk to who?               
by sechanco
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Howlin' Reading Session 「ハダカノコエ」大島健夫×宮尾節子4.10

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銀座Howlin' Reading Session 『ハダカノコエ』大島健夫×宮尾節子、無事終了。「こんなに長く朗読するのは久しぶり」おっしゃってるように、たっぷり大島さんの詩を堪能。市井の人びと含め小さな生き物から大蛇に至るまで、生きとし生けるものにまんべんなく、これほど深く切なく温かく。「みてるよ」「わかってるよ」「そばにいるよ」と慈悲と慈愛が注がれているとは。まるで良寛和尚のようなまなざしを、大島さんの言葉に感じとって、愛を説きくどくような語りに胸がいっぱいになった夜でした。素晴らしかった。
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わたしも、結構たくさん読みました。「明日戦争がはじまる」「ことばを殺せ」「いじめ、いっせんまん」「花咲くまち」「誰が世界を語るのか 
」「サマータイム」「戦場のクリスマス(これはトークで)」「パンを焼く日」そして、新しい詩として(注文が多いのです笑)「聞いてくれ」「詩集手帖」など。音楽なしでこんなに読むのはひさびさ、聞いてくださってありがとうございます。

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二人のコラボタイムでは、ミッションであるビートニク?をそれぞれ一編ずつ。私はパレスチナのスヘール・ハマッドの「わたしがすること(小泉純一訳)」。山口勲さん発行の『て、わたし』に掲載されたもの。「わたしは踊らない あなたの戦争の太鼓にあわせて」わたしは踊らない。ほかのみんなが踊っているからという理由では。/みんなは間違うことがあるから。」とくにここが好き。大島さんは、なんと、空海の「秘蔵宝鑰(ひぞうほうやく)序・沙門遍照金剛撰(しゃもんへんじょうこんごうせん)抜粋」を。「しらじしらじしらじわれもしらじ…」にしびれました。
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企画の若松samiさんに、わたしたちの、ビートニクに入ったかしら?と尋ねると「広い意味では…」とわらってました。何しろ注文の多い、主催者です(笑)。それから、もうひとつの出し物。おたがいの詩の、読み合いっこをしました。前もって幾つか詩篇をお互いに送りあって、そのなかで一つお互いに選んだもの、を読みました。わたしは大島さんの名作「大蛇をください」を選びました読んでるうちにのめり込んでしまい、大蛇が愛おしくてたまらなくなり、「呑まれてもいい」気持ちになって泣きそうでした。
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大島さんのいっけんユーモラスに見える詩の裏には、人々の救いのない悲しみや深い絶望が隠されていることが、読みながら体に染み入ってくるようで、そして、それらに愛がこめられていて、それらがことばを通して、わたしの身に迫ってくるのでした。すごい詩だ。。そして、大島さんはわたしの詩「東京コーリング」を読んでくださいました。「東京音頭」のところ、歌ってくれるといいなと思っていたら、以心伝心。ちゃんと歌ってくれて。大島さんの歌も聴けてよかった。特別に「東京じゃなくてもいいのだけどね」という出だしの、問題の。古いアドレス帳も持参して披露しました。😄

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銀座cafe garage Howlin'(カフェガレージハウリン)はお料理も評判のレストラン(イタリアン・フレンチ)です。ポエトリーリーディングのライブは初とのことで、店長シェフの土井さんが、とっくべつに。ポエトリーセット」という、なんと。二人の名前付きスペシャルのお料理を創ってくださいました。それが、大人気でした。まずは。

A.宮尾のなめたらいかんぜよセット
・サーモンのコンフィとフレッシュチーズと春野菜のテリーヌ 新じゃがときゅうりのプチスープ添え
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*ナイフを入れるとぱっと菜の花が咲いたのは感激でした。赤い小さな実はレッド・カーラントかなと思ったのですが。なんと涙粒ほどの、
マイクロトマト!
口に入れるとちゃんとトマトのあじがして。。なめたら泣くぜよ。。って感じの、綺麗でお洒落で美味しくて、すばらしいお料理でした♪
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そして、こちらが


B.大島の千葉から来たんですセット
・ハーブ鶏とベーコンのパロティーヌ ボルチーニのソース のらぼう菜のプチソース添え
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*ころころっとしたそれぞれにいろんな内容がつまっていて、こちらも美味しそうでした。
大島さんが感激して食べておられました

***

じつは。。。

土井シェフが特別にポエトリーセットを創ってくださったのですが。宮尾のAセットは、最初ぽっかりと、大きなレタスリーフに覆われていて、お料理が何も見えません。「ん?」と思いつつ、レタスを前髪のようにかきあげると、出てきたきれいなお料理にびっくりしました。

そして。その覆われたレタスの意味が、今日、わかりました。。あれはわたしのロン毛。髪の毛のイメージだったのですね❗️。。
なんと粋な演出を。。うえーん、感激。😭
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「宮尾節子さんのお料理は、黄色と、ウェーブの長い髪の女性のイメージでお作りしました。レタスで覆われている状態で提供(レタス時の写真が撮れませんでした。。)」と、今お店のサイトで確認。。

髪の毛よろこべ(白髪もよろこべ)、ありがとうございました!! *お店のサイトはこちら↓


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ロン毛のレタス…!


そして。。

*大島さんのBセットは、
「椅子に座り、静かに本を朗読する帽子を被った男性のイメージで、ポルチーニ茸のソースにパイを添えました。本を開くような料理になれば良いなと。」とのこと。なるほど。。


「宮尾節子さん、大島健夫さん。其々のイメージから前菜料理をお作りしました。僕自身は、『料理』そのものはさほど自信がある訳ではないのですが、パーツを組み立てたり、何かアイデアと掛け合わせたりするのは割と得意な方で、今回の様に、演者さんとコラボ、何かをイメージして作るのは心が躍ります。」シェフ土井さんのコメントです。

世界は生きとし生ける人びとの表現に満ちています。この人びとの豊かさ、人びとの表現の楽しさを大切にしたいです。どんなときにも。。

銀座で自分の名前がついたお料理を味わえるなんて、そして、それを皆さんに食べてもらうなんて。夢のように幸せな晩でした。作ってくださった店長さん。この大変ななかお運びくださったみなさん。今月今夜とみなさんを忘れないように、思わずそれぞれのお名前を呼ばせてもらいました

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素敵な銀座の夜でした。そして、今回はsami"presents"NAKED SONGS スピンオフ企画、samiさんもありがとうございました!
「銀座駅より徒歩3分。外堀通り沿いにある大人の隠れ家」カフェガレージ・ハウリン。


窓からは大通りが見えて、ゆったりした店内。金髪のロッカーで(弁護士さん!)、カッコいいオーナーも、なんと高知出身(!)の素晴らしい料理人の店長も、いっぱい人生の物語を持っていそうなすてきな方達ですよ。みなさんも、是非。

銀座が近く感じました。ポエトリーは初めての試みとか、素敵な詩人がたくさんいます、これからもよろしくお願いします。

ありがとうございました!

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レタス頭…
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こんなときだけど、街の灯は、文化の灯、消えないように、守りたい。


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✌️




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# by sechanco | 2021-04-17 00:42

蓮沼ラビィさんとのツーマン・ライブ。

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4月3日。Billy's Bar GOLD STAR 蓮沼ラビィ×宮尾節子「春爛漫ジャジャ馬2マン」盛況のうちに無事終了。みなさん、ビリーさん、ありがとうございました!医療が人の体を守るなら、文化が人の心を守ると信じます。支えてくださる方々と場所に感謝です。この日のために作り込んだくれた笠村さんのサックスの音色で詩が活きました。

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「明日戦争がはじまる」はキレッキレの感じ。「女に聞け」「サマータイム」はしっかりねっとりと。最後の「パンを焼く日」は、やさしく光が差してくる感じで、うれしい気持ちでリーディング、感謝。


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リハーサルから二人の息もぴったりのラビィちゃんとはトークタイムも楽しく。浅川マキさんの妹さんに赤いマキのバラをもらったお話や。ロマンポルノのリストや「キャップをかぶって髪をいれる」「となりの席には荷物を置く」などポルノ映画鑑賞のレクチャーまでありました。また、わたしの「サマータイム」に曲をつけてくれて、それがなんと、完全にラビィのサマータイムになっていて素晴らしかったです。
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お子さんはいないとのことですが、そんなのかんけいないところで、わたしはラビィちゃんに、ずっともっと大きな母性を感じていたのですが。勘は狂ってなかったと思える、すてきな一曲になっていました。また、歌ってくれるとうれしいです。
わたしの大好きな、「天下国家も関係ねえ…」の草原を疾走するようなカッコいい『俺と赤兎の物語』そして「あんたのお骨は墓に入れないよ」(この「お骨」というところがラビィちゃんだ!)としっとり色っぽく歌う「墓には入れないよ」ぜんぶ、最高でした。ずっと、鳥肌たちっぱなし!

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こんな音楽の場でさせてもらう、ポエトリーリーディングに関して、来ていただいた方がツイッターに「詩は音になって口から飛び出した瞬間に音楽になる」そんなうれしい感想をいただいたことも宝でした。
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ビリーズバーのマスターに「何年やってるのですか?」と尋ねると「22年です」とのこと。「何と、はたち以上じゃないですか!」「うん、27の頃から」「いえ、お店がはたち以上だって」(笑)。年季の入った店はちがう。腹を割って話すといいますが、ここは魂を割って演れる店です。東京や東京以外でももちろん。このように、何年も何十年もがんばって音楽や音楽家を支えている、骨のある店長のいる、骨のあるお店がいくつもあります。
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音痴のわたしがたまたま、「バイブスが(は)ある」とおだてられて、調子にのって、ミュージシャンの方とご一緒させてもらうようになってから、そういうお店や店長さんお客さんを知り得たことは、大きな大きな宝でした。
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机のうえでひとりこつこつ書いている、ひとりよがりな机上の詩が、ライブ会場の舞台にたつことで、何が起こったか。わたしの詩を知ってもらうことより、わたしの詩が知るべきことの多さを、わたしは知ったのでした。
そして。ことばが、いま、ここの、ひとまえで、たつことの。よろこびとおそろしさも。まいかい、こっそりふるえています。(でも、ほんばんは、はらがすわるようです笑)そして、お店のあたたかさ、人のあたたかさに、ことばがつつまれることの、しあわせ。

詩人たちには詩が通っています。でも、音楽家たちにはその前に、血が通っているのです。あたたかい血が。いつも、それを感じる。
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「パンを焼く日」のまえに、「パンの代わりになるものなんかない」という、サラエボ包囲戦下のこどもたちの言葉を集めた本から触発された詩を読みました。サラエボの人たちは紛争下でも、映画館も劇場もやっていて、ミスコンすら開催。軍人ではない一般の人々の「抵抗の意思表示」は、せいいっぱい普段通り暮らすこと。その普段の中こそ文化はあり、その文化がわたしたちのくじけそうな気持ちをささえることを知っているからだと思います。歌やお芝居や映画や本やなどなどで。
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いまこのときも。薄氷をというより、踏み絵を踏むような気持ちで。それでも、いのちもまもりたい、こころもまもりたいと、さまざまな工夫をこらしながら、なにかわからぬものへの「抵抗の意思表示」が、あちこちでなされているのを感じます。
文化(こころ)守り続ける店を、みんな(こころ)で守りたい。
そう思いました。
というわけで、また変異株による感染も拡大中、先が見えませんが。
ゆるされた晩に、あたたかい眼差しと、うれしい仲間に見守られて
手話付きの朝日楼(朝日のあたる家)のアカペラまで、おそれおおくも
伝統あるライブのお店で、ついにやってしまった。。
(終わったら湿疹じゃないわ失神しそうになりましたわ、きゅうにわれにかえって恥ずかしさマックスで😱
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宮尾全開御免の夜でした♪😛ありがとうございました‼️

*いろんな方に、たくさん、たくさんの一生分ぐらいの写真をいただきました。果報者です。
ありがとうございました!


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楽しかった!




More

# by sechanco | 2021-04-08 20:51

「円を生み出す弧のことば」佐藤幹夫×宮尾節子(往復書簡)


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『現代詩手帖』4月号の特集<ケア――詩と災害Ⅱ>に、佐藤幹夫さんとの往復書簡が掲載されました。


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【特集】ケア――詩と災害Ⅱ

対話
吉増剛造+和合亮一 未来から差す光 石巻での対話
柳 美里+城戸朱理 私は既に死なのではないか メール往復書簡(上)
宮尾節子+佐藤幹夫 円を生み出す弧のことば
カニエ・ナハ+青柳菜摘 心を寄せる目

論考
瀬尾育生 疫学的な日々、数的な日々
宮地尚子 詩の「恥ずかしさ」について
西村ユミ ケア=詩の生成のかたち
清岳こう 心を開くことば 「ことばの移動教室」を通して
伊藤浩子 喪うということについて
駒ヶ嶺朋乎 パンデミックと人間
尾久守侑 stateを保存する
安住紀宏 巨魚にかえる Reborn-Art Festival――吉増剛造「詩人の家」/「roomキンカザン」 

さまざまな方が「ケアと詩」をテーマにして、対話や論考のかたちで、震災10年目そしてコロナ禍の只中の現在について語っています。

私は佐藤幹夫さんとの往復書簡「円を生み出す弧のことば」を掲載されています。佐藤幹夫さんは『十七歳の自閉症裁判』(岩波書店)『評伝 島成郎』(筑摩書房)『ルポ 闘う情状弁護へ』(論創社)など「綿密な取材から描く迫真のノンフィクション」の好著をもつ作家であり、思想誌『KIGAZINEI』の発行者であり、長くケアの現場に関わってこられた方でもあります。

「円を生み出す弧のことば」佐藤幹夫×宮尾節子(往復書簡)_a0082132_12370655.jpg
「円を生み出す弧のことば」佐藤幹夫×宮尾節子(往復書簡)_a0082132_06543689.jpeg

私は往復書簡は初めてです。手紙という形なので、とても楽しんで書けました。文章はひとりで黙々と書くより、向かう相手があることで勢いを得るようです。手紙(メールですが)三度往復をしました。「ケアと詩」というテーマのもとに、書いてポストに届ける、こちらのポストに届いたら、じっくり読んで、また返すという、やりとりのなかで。わたし自身のケアが始まっているような、不思議な感覚が生まれ、ひとりでは開かない、こころの底から、どんどんことばが溢れてきました。

「わたし(だけ)のことば」「あなた(たち)のことば」このような、分かち合えないもどかしい、ふたつの言葉の岸から、一便を問いかけるように、はじめた私に対して。

佐藤さんは「「わたしだけのことば」が少しずつ「わたしとあなた(たち)のことば」になり、やがて「わたし」と「あなた(たち)」がメビウスの輪のようにつながっていく。」そんなふうに、ことばが開かれていくプロセスを、佐藤さんは示してくれました。そして、「じつは「ケア」という営みにも、ここに通じる問題がある。」すぐれた臨床家や援助者は「どなたも「わたし」が開かれている」つまり「ケアが開かれるためには「わたし」が開かれていなくてはならない。」と続けます。くわしくは、本書にてごらんいただきたいのですが。

これは、ケアのお話でありながら、まったくそのまま「詩を書くものが、詩に立ち向かう正しい姿、真の姿」のようにも思えて、たいへんスリリングでした。


そして、佐藤さんの「メビウスの輪」から、私は「円周率の円」の話へとつながっていくのでした。べつに、用意していた話題ではなく。佐藤さんの手紙の言葉から、どんどん、まるで、音楽のセッションでもするように、言葉が掛け合っていくという。うてば、かえす。ことばのセッションのような、たのしい感触でした。はじめての、往復書簡の経験でしたが、そんな驚きがありました。


そして、「円を生み出す弧のことば」は最終的には、二人の書簡のやり取りをずっと見守ってくださった編集のEさんが、つけてくださった総題です。
ありがとうございます!

じつはずっと、何年も前からわたしは、あちこちの呼ばれた先々。自森フェス(自由の森学園)や、こまつ座のアフタートーク(新宿紀伊国屋サザンシアター)で、前橋ポエフェスの前橋文学館で、国会前のイットク・ロックフェスで、UPJ6(ウエノポエトリカンジャム6)の野外音楽堂の舞台でなどなど、さまざまなお話をさせてもらう場所、朗読をさせてもらう場所へ、ヘンテコな工作を作って持ってまわり。

円周率の3.14の小数点以下を切り捨てると、あらわれる図形。それは、このような正六角形であり。もはや円ではないことを見せて。みなさんに、聞いてもらってきました。

現行憲法13条は「すべて国民は、個人として尊重される」とありますが。自民党の改正草案では、「個」という語が削除され、「全て国民は、人として尊重される」に変わっていること。いっけん、どうってことなさそうだけれど。「個人」が「個」を捨てて「人」になるとは、こういうことではないか。いっけんめんどうにみえる、小数点以下の、延々とつづく、円周率の数字は。ひとがトゲトゲした世界ではなく、円満な世界を目指し、奮闘する弧の姿ではないか。いっけんわけのわからない、詩人の仕事も、その仲間ではないか。そんなあらゆる場面での個についての、わたしの思いをトークやポエトリーリーディングの合間に、つたないながら訴えつづけてきたのでした。

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巻物のように紙にびっしり並んでいるのは、円周率の小数点以下の数字です。^^
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たまに勢いでガマの油売りのように途中で切り落とすことも…(笑)

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こんな感じでしつこく(笑)、いろんなところで、ひとつの作品として、思いを発信してきました。

そして、この題をいただいた時。わたしはとても感慨深い思いに浸りました。やっと、ことばになる日がきたと思って。それが、今回の往復書簡で佐藤さんという最良の相手とのやり取りを経て、はじめて言葉の世界で成仏するような思いで、胸を熱くしました。

まずは、その思いを伝えたかったので書きました。そんな感じで、つぎつぎとことばの旅、こころの旅がはじまったのでした。

詳細は、どうぞ、現代詩手帖4月号を読んでいただければ幸いです。各地の図書館にもあると思いますが、こちらからもご購入いただけます。



特集の対話は、吉増剛造さん、和合亮一さん、柳美里さん、城戸朱里さん、カニエ・ナハさん、青柳菜摘さん。みなさんそれぞれに凄い迫力で読み応えがあり、クラクラしました。柳美里さんはご出産の頃から注目していた方ですが、福島へ移住されてからの活動、活躍も詳細に書かれていて、その行動力にも目を瞠り、引きこまれるように読みました。


              **以下、雑感です**

【論考】は、
瀬尾育生さんの「疫病的な日々、数的な日々」がたいへんスリリングで息を飲むようだった。「昨年二月イタリア政府が緊急事態宣言を発したとき」ジョージ・アガンベンとかいうひとの(知らなくてすみません)、ネットに載せた文章「エピデミックの発明」から(その頃は識者筋でも、新型コロナウイルスはインフルエンザと変わらないと言われていた)「例外的措置の原因としてのテロは枯渇してしまったが、その代わりにエピデミックの発明が、例外的措置をあらゆる限界を超えて拡大する理想的口実を提供できる、というわけである。」と書いて、のちに「ひとは間違えるものだ」とわらいものになったところから、瀬尾さんの反論ははじまる。「はたして間違えたのだろうか?」「彼の言ってることは、「正しい」のではないだろうか?」と。

そのアガンベンたらの発言の根底にある「イタリア政府が医学的な理由から人と人との、共同体と共同体の接触回避を、政治権力によって強制したことは、私たちの中のナニカトテモ大切ナモノを損なう」といい「そのナニカトテモ大切ナモノとは、ヨーロッパが歴史的に獲得した「倫理的な実体」にかかわっている」という。このまま、

もし、間違ったとしても、「彼は自説を撤回する必要はない」「あるいは撤回してはならない」のではないだろうか、と瀬尾さんはいう。なぜならば「ここで彼は「言行不一致」を強いられるわけだが、「言行不一致」がもたらす「痛み」は、いつまでも彼の中に残る。」と、ここで「痛み」を抽出して

「この「痛み」が、ヨーロッパの倫理的な実質の全体を保存しているのだ」という、さらに「社会の成り立ちの最終審級を近代医学の判断に全権委任することよりも、それははるかに重要なことなのではないか?」という。わたしはびっくりした、すでにこの論自体が「痛み」を実践してるようで慄いた。

さらに、そのさきがスリリングだ。フロイトが、強迫神経症の発症メカニズムの中心に「接触禁止」を置いていることをあげて、コロナ禍でまさに我々がその「接触禁止」強いられている、現状に警告する。

警告とは、「接触禁止」や「接触恐怖」がとつぜん、「反対物へと転化」したとき起こす「爆発的な群衆形成」への警告だ。

人間が群衆というもはや、津波のように個人や個体の意思を飲み込んでうごく怪物になるまえに、とわたしは解釈する。倫理的実体をもった社会を失わないために、禁止と恐怖を乗り越えろと促す!瀬尾さんは。そこで、社会とは何かに、こう答える。

人は接触禁止をのり越えて接触を実現し、接触恐怖を克服して「別の接触」(本文傍点)へと、自ら高める。これが社会なのだ。」そして、「だからこそ人間はこの接触禁止をあえて踏み越えてそこに高度な接触の形を、つまり社会を作らなければならない。」瀬尾さんは、社会を倫理的なものにするために、このたびの、コロナ禍での禁止され、恐怖される「接触」をまるで「踏み絵」のように、わたしたちの前に差し出してみせる。

瀬尾さんの深掘り、といったら身も蓋もないですが、ことばの冒険にはいつも惹きつけられ、圧倒されます。

西村ユミさんの「ケア=詩の生成のかたち」というケアに関わる側からの、論考も大変興味深いもので心の残りました。

意識下にある未分化のうごき、「言語以前の存在」に迫ろうとするのが詩だとの、谷川俊太郎さんの話をとらえて、「谷川さんの詩と私の考えるケアには、通底する何かがあるように思った」という西村さん。じつはこのお話は、今回わたしが佐藤幹夫さんとの往復書簡をしている間に、なんども実感したことでした。

詩における「言語以前、意識下」を、西村さんは看護師さんたちと実際におこなっている「看護師のケアという実践の研究」の場で、看護師の方たちの話によくでてくる言葉の、「雰囲気、空気」とでとらえているところが、なるほどと思いました。
                     ***

植物状態の患者さんに、「スーさん」と名前をつけて、呼びかけていると、そうとしか呼べない「雰囲気」が患者さんから伝わってくるという。それを、西村さんは「患者の呼び名「スーさん」は、看護師がその患者と関わることにおいて生まれる雰囲気、つまり看護師の関わりも含んだ患者から浮かび上がる雰囲気がそのまま言葉として生まれたもの、ケアを通して相手とともにある一つの表現である。」という。

これは、おたがいの意識下(そのとき図らずもケアの現場で、しゃべらない同士という共通の部分でつながった、自他未分化状態が)が協力しあって(愛を生んで!)、「スーさん」というひとりの言葉の存在を作りあげた(誕生させた)、という感動的な現象ではないだろうか。うまくいえないが、ひとりの名前ではなく、ふたりでひとつの名前。またしても、うまくいえないが、まさにこのように、随意筋が不随意筋に触れて、声あるものが声なきものに触れて、てにてをとって、詩はできるのである。

西村さんは、「雰囲気は単に感じることではなく、自他未分化な感覚でありつつ、ケアを生み出す時間性の経験なのだ。」という。それはそのまま、詩を生み出す経験でもある。詩人がよくいう「誰かに書かされてる気がする」が、これに当たるのだろう。

西村さんには、共感する部分が多いのでどんどん書き出したくなるが、あまり書いたらみなさんが読むたのしみがなくなるので、もうひとつだけ。「ないことから生まれる」のキーワードのところ。

言語以前、つまり意識される手前の未分化な営みは、その営みを作っていた何かがなくなった時に浮かび上がることがある。」という。どういうことかというと。植物状態の患者が亡くなったときに、ケアした看護師の手に「患者の「感触」が浮かび上がってきた」というのだ。そのことも、失恋や人の死が、つまり喪失の体験が、多くの詩を書かせてきたことにつなげたくなるが、がまんしよう。

なぜそんなことが起こるか。植物状態の患者は、自分から働きかけることはできない。まず、看護師が働きかけることによって、患者の感触が看護師に伝わってくる。「つまり働きかける(支える)ことおいて働きかけられること、触れることにおいて触れ返されることが経験されていたのだ。」と、この状態を「相互反転性による、自他未分化の経験」だと西村さんはいう。それは限りなく愛の行為に似てくるが、その飛躍もとりあえずここでは、がまんしよう。

それは、植物状態の相手であっても、能動と受動、人の意識下はそんな単純な分別ではおさまらない。片側がなくなることによって、なくした相手の能動がとつぜん「浮かび上がってきた」とは、かつての受動者(受け身だった者)が存在の能動性を体現せしめたということではないか。働きかけるというこちらの積極的な能動者の影になっていた、働きかけられるという消極的な能動者(受動者)が、こちらが働きかけるのをやめたときに、影の下から「手の感触」として能動してきた。そのそんざいを、おもいださせたのだ。有ることによってではなく、無くなることによって存在を浮き上がらせる。

いま、わたしの頭に浮かんでいるのは、津久井やまゆり園で存在を抹消させられた、重度障害をもつ人たちのことである。
詩人が、詩を汲み上げてくる井戸である無意識と。植物状態の患者や重度障害をもつ者たちの、無意識。
感じ取れない無意識が、自他未分化の沃野であり、そこを失うということは、上の瀬尾さんの論考にあった「ナニカトテモ大切ナモノを損なう」ことにつながるものではないかと、はげしく思った。


たいへん、ふかい洞察にみちた論考なのでぜひとも、読んでいただきたいです。

今回の特集はケアに関わるということで、医療関係の方の参加も多いようです。あと、ひとり。
駒ヶ嶺朋乎さんの「パンデミックと人間」という、このたびの新型コロナウイルス・COVID-19論考もなかなかの問題提議がありました。ツイッターに一部をアップさせてもらったら、かなり反響(賛否)がありました。

彼は、今回の感染症は「富める国の大人の感染症」である、とし。「この病気が厄介であったのは、現代人の生活をあざ笑うかのようなその伝播形式であった」「特に接待を伴う酒席で感染機会が増え、食べ過ぎ(肥満)、運動不足(糖尿病・高血圧)がリスクになる……淫蕩、虚栄、大食、怠慢……COVID-19リスクに、なんとなくキリスト教の『七つの大罪』を想起してしまう。」とまでいう。

それはともかく、この先がいちばん私の危惧するところと重なった。パンデミックを抱えた「この一年で誰もが大きな傷を受けたのは、相互監視社会が急速に立ち上がったことだった。」その監視社会にSNSの普及が拍車を、かけているのはもちろんだ。「見て」の和やかな表現媒体だったものがいっきに、「見たぞ」という辛辣な監視媒体に豹変していく。表現の世界が、いつのまにか監視の世界にとって変わっている。恐怖をわたしもひしひしと感じている。ユートピアからディストピアにと。

監視社会に変わるトリガーとして、「三密」「不要不急」「マスク会食」標語がなげかけられる。「不急のものはあっても不要なものなどない」おっしゃるとおりだと思う。その先に、駒ヶ嶺さんが書いたことをツイッターで引用させてもらったのだ。

「文化や芸術活動を贅沢品で本来は不要なものだと位置付けるのはまるで旧時代の亡霊かと思う。人を日々生かしているのは医療のようなインフラではない。明日生き延びるべきか迷う命をかくまい、なお伸びやかに育てるのは、芸術や表現活動、人の繋がりだ。かろうじて衣食住が満たされて生き延びる人がいる。それが生きることと同義なら、それを止めるべきではない。」ここまでが賛否を引き起こした引用部分。
このあと、本文では以下のことばが続く。

「様々の事情でそれぞれの薄氷の上に立たされている場合がある。何を不要不急とするかで社会は分断された。」ここで付け加えたいことは、駒ヶ嶺さんが詩人でもあるが、医師であること。表現者を含めた一般人が、コロナ禍で奮闘する医療従事者にたいしてエールを送ったのと同じように。これは、医療従事者の側から表現者へのエールであることも、見逃してはならないと思う。なぜなら。彼がもっとも恐れるのは、そのような片側のみに偏る「社会の分断」のはずだから。

また、駒ヶ嶺さんは、人類史上たびたび出現する感染症の爆発は、戦争を終結させたり、相互救済から療養所を、「そして闘病の過程は芸術を揺籃した」つまり感染症は、よい方にも世界の変革のきっかけになったというのだ。「この後、私たちは元の生活に戻りたいのか、それとも変わりたいのか。世界は不本意ながら変革へと背中を押された。」と喝を入れる。クールだ!

                    ***

特集の内容が面白いでの、いくらでも、書いてしまいそうですが、ライブの準備もあるので、この辺にします。

連載対談:豊崎由美さんと広瀬大志さんの「カッコいいし、難解詩」も人気だ。ひと言で言えば「詩は味わうものだよ」ということでしょうね♪


ながながと、書きました。すみません、つきあってくれた方がいるかどうか、わかりませんが。。読んでくださってありがとうございます!
お疲れ様でした。🙇‍♀️ 今は読み返し見直す、パワーも時間もないので、とりあえずアップして、ぼちぼちと。。

                         ****

ps.佐藤幹夫+宮尾節子、往復書簡はもしかしたら、第二弾があるかもしれません。ご期待くださいませ。

では

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宮尾節子でした。























# by sechanco | 2021-04-01 13:07

明日の言葉

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◎3月の巻頭特集『 いま、ここに、詩の言葉を ――東日本大震災から10年 』春陽堂書店Web新小説に。
「明日の言葉」の詩と動画(制作:野坂実生)で参加させていただきました。只今(3月15日まで)無料公開中です、ご高覧くださいませ。
*トップ画面を左にスクロールすると参加者みなさんの目次が出てきます。
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サイトはこちらをクリックしてくださいませ。↓

「明日の言葉」は、神津島の市川茜さんのアシタバ茶の詩からインスパイアされたもの。
動画は偶然のご縁で来飯した野坂実生さんの即撮り。書家の友人宅にて撮影。ひとのつながりで、ことばもつながって、いくのがうれしいです。ありがとうございます!
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# by sechanco | 2021-03-06 11:54

海外動画デビュー

ブラジルの詩人・ジャーナリストで、Instagramに女性が作成した話し言葉に関する世界地図の
プロジェクトOne MinuteSlamの作成者・Tatiana Cruzさんが
一昨年のイットクフェス ・CY(カルチャーヤード)でのポエトリーリーディングを採り上げてくださいました。
朗読詩は「誰が世界を語るのか」(詩集『女に聞け』)より。



『女に聞け』がまだ出来上がる前で、実は手に持っているのは
ゲラ(校正中の原稿)という生々しさです。

タチアーナさん翻訳まで、ありがとうございます!
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全編はこちらにあります。




# by sechanco | 2021-01-27 04:44