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私はあなたと死んでゆけそうにない 宮尾節子
「私はあなたと死んでゆけそうにない」 影を守るのが私の生きる仕事だから 一瞬の光で石畳に焼き付けられたヒロシマの人影を──わたしは何度も何度も反芻し身の内に取り込もうとしました 川沿いの夏の桜並木の小道には黒い木の影が並んで落ちていました光が強ければ強いほど落とす影もまたふかく濃くなる──── 光が影を育てていることをひと目で了解したのがヒロシマの影でした ヒロシマのあの影が薄くなってきている──という噂が耳に入りました わたしは、急いで言葉を探しましたあの人影の言葉を、消える前に見つけなければならない わたしもまたこうして詩を書き思いを言葉にしてほら、思いが動くたびに追いかけて動く言葉の──影だけをここに残していく者──あの影の仲間だ 「私はあなたと死んでゆけそうにない」それは光と決別する、影の声でした ヒロシマの石に残った人影ははっきりと抗議したのです 「光よ、私はあなたと死んでゆけ──ない!」 そうして光が焼き尽くした街に影は生き残ったのでした人の形で── 詩人よ、あれが言葉だ。 * 後年。科学技術もすすみ、分析された人影からアミノ酸等が検出された結果、影ではなく、あれは人だと──判ったそうです。 詩人の言葉から、アミノ酸が発見された話は聞かない。
*タイトルはエミリ・ディキンスンの 詩のフレーズより。 (『明日戦争がはじまる』思潮社オンデマンドより)
あなたがここに 宮尾節子 wish you were hereあなたがここに居てくれたら。 神様に願うことよりそれは叶わないことだろうか。 あなたが居てくれたらといまのあなたに願うことは。 wish you were hereあなたが居てくれたらあなたがここに居てくれたら。 それははじめ誰の祈りだったか。 憶いだしてほしい。 それははじめあなたの祈りだった。 wish you were hereあなたが居てくれたらあなたがここに居てくれたら。 愛した人を、亡くさない。過ちを、繰り返さない。誓いの声からはじまったあなたの祈りを。 ここまで翼に乗せて飛んできた かみの鶴が、落ちているあなたの 空席に。 *2017年3月28日・ニューヨーク。国連会議の核禁止条約交渉に、不参加を表明した日本代表の空席に「wish you were here(あなたがここにいてくれたらと思う)」のメッセージが書かれた折り鶴が置かれていた。
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