晴れときどき 宮尾節子


宮尾のブログ talk to who?               
by sechanco
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年鑑アンケート/ノーカット版

○問1 本年度(昨年十一月から本年十月末までの一年間)に刊行された詩集のうち、とくに印象に残った詩集を5冊まで挙げて、その理由をお書きください。
○問2 本年度に詩誌等で発表された詩作品のうち、とくに印象に残った作品を5篇まで挙げて、その理由をお書きください。
○問3 ジャンルや形式を問わず、本年度に読まれたり、ご覧になられたりしたもので、とくにご関心をもたれたものを挙げて、その理由をお書きください。

*アンケート依頼が迷惑メールフォルダに入っていて(拝啓の前に、名前をいれてね…)、気づいたのが締め切り三日前である。一年間の詩生活をふりかえるにはあまりに短い(私はとても読むのが遅い)。。あわてて、あれこれそれと、ひっくり返して、見つかったり、見つからなかったり、読めてなかったりもあって(すみませんすみません)、でも、とりあえず胸と手にのぼったものを(おまけに私は忘れっぽい)。

がーーーーっと、いっきに思いのままに書いてみました。それが、以下です。
そして、これをなくなく削って、3分の1に()したものが、今末発行の『現代詩年鑑2017』(思潮社)に掲載されていると(多分…)思いますので、さてどうなったことかをとくと、
ご高覧くださいませ。

***
大御所は大御所にまかせることにして、じぶんの身の丈に近いところから、身の丈の言葉で選ばせていただきます。あしからず。
*永方佑樹「√3」(思潮社オンデマンド)
「詩は感じればいいのよ」と突き放したことを言わず、ちゃんと式を見せ解きほどいて、腑に落とし、尚且つ詩の味わいを損なわないどころか、いや増す。凄腕が出たなと驚きました。難解だと言われる現代詩のひとつの「解」が出された気がします。それなのに本人は気負いがなく、そよ風に吹かれる野の花のように素朴な佇まいで、これまた素晴らしく。詩集もたのしく詩人もうれしい。やっと現れた、待たれた存在です。わたしのぴかいち。

*三角みづ紀「よいひかり」(ナナクロ社)
タイトルがいい。表紙の絵もいい。「よいひかり」と「あまいもの」。いま人々にほしいものが、救急セットみたいにコンパクトに詰まってる気がして、そばに常備したい詩集です。ご自分との「おりあいがついた」とどこかで書かれていたけれど、よかったですね。「わたしとても/かんたんだから/あまいものがあれば大丈夫」とか大好き。

*黒崎立体「「tempo guisto 」(七月堂)
詩を守るとは身を守ることでもあるのだな、と思いました。「ぜんぶ/あなたが悪いよ」だいたいがあなたのせいで、私がひりひり痛む詩だけれど。誰しも心の底には、こんな気持ちが棲んでいるのだろう。その容赦のなさが詩の純度をあげていて、ときにハッとするほどきれいだ。「tremolo」は泣けた。「うつくしくされたい」「わたしをさみしがってほしい」詩は幼言葉の洗練だろうか。

*為平澪「盲目」(土曜美術社出版販売)
詩も詩人もこの世では生きづらい。その生きづらさがめんめんと綴られていて
「(オニハ、ウチ、オニハ、ウチ、)」が地唄のように響き、凄みのある詩集。「売買」は圧巻。この方も外からかけられた圧力を身のうちに溜めてバネとなし、きっちり詩によって生き直すペンの強さを持っている。

*小峰慎也「いい影響」(書肆梓)
相田みつをと荒川洋治と杉本真維子を足して落語で割ったように、読みやすくて、含蓄があって、洗練されてて、たのしい詩集です。言霊というより、言葉霊が背後についてる感じ。教養のなせる技かも。

*須永紀子「夜の深くに」(雨季67)
「夜の深くに/草木の水分をつたうチタンの舟/閉ざされた町のすきまに/軽い体が航路をつくる」こんな美しいフレーズに痺れるために詩を生きるのだ、といいたいぐらい。流石のキャリアが底光る。益々極まってくる須永さんのヴィジュアル詩。小さなフレーズなのに、岩手の軽便鉄道が賢治の銀河鉄道に変容する、ことばの道筋すら垣間見える。

*横山黒鍵「岐路」(詩客 9月)美文調の人だが今回は絵空へ言葉が飛ぶのではなく、「紫蘇を揉んだ手」の暮らしへ降りて、愛が透ける羽のように詩が美しい着地を見せる「つまむ手の形をそのままで」。

*平田詩織「プラハ」(現代詩手帖8月号)「あかるい墓地」は光に恵まれ、影に恵まれて、「表と裏に美しい模様のある」詩は立ち、そして横たわる。のびやかな地平へ「生まれるものを歌ってごらん、」と希望は届けられ、「あかるいのどに」降り注ぐ詩が瑞々しくまぶしい。詩はおおらかに歌う薔薇の喉を得たようだ。

*西原真奈美「約束」(秋のクラムボンin清里の森 冊子)葬儀にも棺にもたくさんの花が添えられるように。愛しいものを失った悲しみのそばには、見送るものと見送られるもの双方への鎮魂として「回向のような/音叉のような」詩が繰り返し、唱えられねばならぬことを知らしめます。

*秋亜綺羅「革命権」(非戦を貫く三〇〇人詩集)「平和は、真の臆病からしか生まれないだろう。」「憲法九条を守るということは、殺すか死ぬかしか選択肢がないときに、死を選ぶという宣言」言葉の迫真に打たれた。勇気ではなく「臆病」が選ばれ。殺すか殺されるかではなく、殺すか死ぬか……つまりは「殺さない」が選ばれている。言葉の「技あり」を見た気がします。
*外間隆史がツイッターにあげる叙情的な絵画に心奪われました。油絵のタッチですが実際にはパソコンでの画面描写というのも驚きました。彼の作品は一枚の絵と一編の詩の分別を私に見失わせてしまう。

*「前橋ポエフェス2016」での川口晴美「街を紡ぐ」の詩と、朗読しながら白いテープを延々と繰り出し、蚕の糸のように周りに張り巡らせていくパフォーマンスが心に残りました。彼女の美しさとともに。

*中村みゆきプロデュースによる山梨県詩人会開催「詩の朗読カフェ 秋のクラムボンin清里」は参加者のアンソロジー冊子まで用意され、数々の配慮や心遣いで詩に温かい血が通う幸せなイベントでした。芦田みのりの即興詩・黒木アンの点字詩などみなそれぞれが趣向を凝らした朗読を披露してくれました。中村みゆきの朗読がいや凄い。中村バリウスと呼びたい名器です。

*「山梨の詩 2014 通巻11号」後記に寄せたこまつかんの詩にも打たれました。「百花繚乱。/紙の二次元ページに表現されたことばたちが/僕のイメージの世界によって/変容しようとしている。/僕の過去の様々な体験が/なめらかにつながって共鳴をしたのだ。/どのようにあがいても/この身体の内側で音声言語になる。/僕の身体が思想を始めた。/また/新たな着想がやってくる。/嬉しくて大きく息を吸う。」まさに詩を読む醍醐味が、活字という二次元媒体からほとばしるイメージに力をもらって、生身の身体が大きく息を吹き返す歓喜の姿が、そこに見えたからです。

*あとは金澤一志「kneecaps」のグッドセンス。山田兼士・江夏名枝・山下泉・田原「QUARTETTE」のナイスキャスト。カワグチタケシ・村田活彦「同行二人」の円熟朗読をたのしみ。井津建郎「インド――光のもとへ」写真展では死生観を覆され。斎藤環「オープンダイアローグとは何か」に統合失調症ほか精神病への光明を感じているところです。

*アンケートは交友録だと言う人もいる。確かにそうかもしれない。なら交友を少しずつ丁寧に広げて、詩に血の通うところで、共に生きたいものです。

*追記:捜していたけれど。結局、締め切りまでに見つからなかった。「QUARTETTE(カルテット)創刊号の田原「無題 V(抄)」(今頃、見つけた)がめちゃくちゃよかったです。


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# by sechanco | 2016-11-07 13:21

日曜詩人学校のお知らせ

おかげさまで、10日にて満席になりましたので
早めですがお申し込みを打ち切りとさせて頂きます。
ご了承くださいませ。ありがとうございました!
***

日曜詩人はどうでしょう?
【日曜詩人学校】が始まります!遊んで、楽しんで、学んで「日曜日は詩人」になりましょう。文月・宮尾のびっくりコンビに、ピンときたら、お申し込みをお待ちしております。

「身近なところから詩を見つけたい」「私たちも楽しみたい」
そんな2人が小さな学校始めます。

ちょっとないコンビの、ちょっとない講座です。
詩は敷居が高いな…と思っている方も心配ご無用です。

老若男女初心者大歓迎
どうぞ、ご参加ください。
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# by sechanco | 2016-10-22 09:34

まいまいずの一日、ありがとうございました。

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まいまいず文庫さんでのトークと朗読会、定員をオーバーするほどのお客さんにご来場いただき、熱い会になりました。

わたしもお客さんの熱気をいただき、つぎからつぎと
しぜんにことばがあふれ
きゅうくつな中で長時間をおつきあい頂き
ほんとうにありがとうございました。

どんなことがおきて
どんなきもちをとおってきたか
それを
話と詩でお伝えできたかな…と思います。

読む詩のひとつ、ひとつを
しっかり捉えてくださって
笛をえらび、音色をえらんで、演奏してくださった
力丸潮さんにも感謝です。

「乳の流れる歌」では、歌声を
笛の音色で表してもらえたのは感激でした。

モンゴルの草原に、笛の音色が広がり渡るようでした。
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まいまいず遺跡もしっかり開演前に、拝んできました。
くるくるまわっているうちに、方向がわからなくなり
まいまいず文庫のご主人に迎えに来てもらう失態を(笑)

まいごまいご遺跡になってしまい、失礼をいたしました。

店主のお人柄が反映する、温かい会になって
しあわせでした。

ずいぶん遠くから、たずねてくださった方もいらして
感激しました。うれしかったです。

つたない話や詩を聞いていただいて
こころより、感謝です。

打ち上げで、船長さんの貴重な体験談を
お聞きしたことも、たいへん心に残りました。

みなさん、ありがとうございました。
また、どこかで、お会いできますように!



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# by sechanco | 2016-10-22 09:26

まいまいず文庫でトークと朗読/10月16日(日)です。

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10月16日(日)ブックカフェ・まいまいず文庫さんでのトークと朗読会「しあわせには名前がない」たくさんご予約いただきありがとうございます!

よろしくお願い致します。

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畑の土を耕すように、本の力で誰かの気持ちをやわらかく

ほぐすことが出来たらいいなぁ。
土の中の微生物が、美味しい野菜を育てるように、
本の中のことばが、誰かの暮らしの肥やしになったらいいなぁ。

そんな訳で、自称『たがやす本屋』です。
(まいまいず文庫/店主)さんの言葉も店内もとっても素敵です。

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「まいまいず文庫」さんでのトークと朗読の打ち合わせと篠笛奏者・力丸潮さんとのリハーサルで羽村へ。店内には私の本棚・紹介に店主さんのうれしい言葉が添えられてあって…感激しました。

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こんなに温かく迎えてもらえて、ほぼ満員という集客もして頂いて、私はしあわせものです。ほんとに、コツコツと地味に書き続ける以外方法を知らないながら、いままで詩を書いてきてよかったと思いました。

力丸さんのお宅で美味しい手料理をご馳走になりながら
リハーサルもできました。こうして、詩を書くかたわらで、
いろんな場所で、いろんな方がたと温かい交流ができることが
何よりの宝です。

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ことばは、ひとと繋がっていると
信じられて、胸に灯がともる晩です。

ありがとうございます!


楽しい会にしたいです、お待ちしています♪

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# by sechanco | 2016-10-13 18:52

山梨日日新聞に掲載されました

山梨県詩人会開催/沙羅樹氏主宰「詩の朗読カフェ 秋のクラムボン in 清里」森の音楽堂での講演の記事が、山梨日日新聞の文化欄に掲載されました。大きな記事になっていたので、びっくり。あたたかく迎えてくださった山梨詩人会の方々、一緒に楽しく朗読した仲間たち、丁寧な記事にしてくださって、美人の記者さんありがとうございます!


そろそろ、清里も秋の色でしょうか。また、お訪ねしたいです。

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文学上の逡巡や推敲が→創作上の逡巡や推敲が(のほうが正しいかなと、わたしが言えてなかったかもしれません^^;)

*永田和宏氏のことばは『時代の危機と向き合う短歌』(シンポジウム記録集より)

 *とてもよい本なのでおすすめです。アマゾンで購入できます。

*森の朗読会ということで、森のイメージのコスプレをしたのですが…
 なんだかね(笑)


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# by sechanco | 2016-10-04 19:51

自由の森学園/森のフェスティバル2016

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自由の森学園・森のフェスティバルにトークと朗読「言の葉ゆらせ」で
出演しました。朗読の音楽は民族楽器奏者の田中一夫さん。
たいへんな夏日になり、かんかん照りの野外でのトークと朗読
どうなることかと思いましたが、田中さんの
「トルコの楽器だから、暑いときにも良い音がなってくれるでしょう」の
ひとことに、こちらも元気をもらいました。



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炎天下お聞きくださったみなさま
演奏くださった田中さん
ありがとうございました!






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# by sechanco | 2016-10-02 19:05

わたしの歌をゆるしてください。

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わたしの歌をゆるしてください
               宮尾節子

心地よい
秋の野原を
飛び交う

とんぼの歌を
見える
とんぼの歌をうたわずに
見えない
せんとう機の歌をうたう

おくびょうな
わたしの
今日の歌をゆるしてください。

晴れた
秋の大空へ
飛び立つ

せんとう機の歌を
見える
せんとう機の歌をうたわずに
見えない
とんぼの歌をうたう

おくびょうな
わたしの
明日の歌をゆるしてください。

見えるものをうたわずに
見えないものばかり
うたう

どうぞ 
今日と明日の
わたしの歌をゆるしてください。

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「明日戦争がはじまる」という詩を書いてから、色々話題にして頂きましたが。
時にわたしは自身の毒に手を焼きます。
脅すようなタイトルをつけたことにも複雑な思いが。
そして不穏な空気を煽り、誰かを傷つけてしまったのでは
という申し訳ない思いが。。胸の底に、常にありました。

こんな詩を書こう…と思って書くというより、
「こんなのが出ました」に近いのが、
詩作です。
だから自分でもびっくりする。けれど、出来の悪いやつでも、わたしの産んだ言葉の子なのです。

明日どんな詩を書くかわからない自分も含め…

「わたしの歌をゆるしてください」
ずっと
言いたかった言葉がやっと言えた気がします。。

こんな わたし ですから・・・

みなさんが平和に暮らしているときに
おどすような
戦争の詩を

あるいは

みなさんが戦闘機を見上げているときに
のんきな
とんぼの歌を

歌うかもしれない

どうぞ
わたしと

わたしの歌をゆるしてください。

宮尾節子
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# by sechanco | 2016-09-27 12:56 | 詩関連

秋のクラムボンと詩の仲間たち

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[朗読カフェ 秋のクラムボン in 清里/2016.917

山梨県詩人会のみなさんの開催する「朗読カフェ 秋のクラムボン in 清里」に呼んでいただきトークと朗読をさせて頂いた。会場は「森の音楽堂」というまさに森の中の素敵な建物でした。
 9月半ばの紅葉にはまだ早い清里の森は、それでも明るい秋の日差しを浴びて、白樺などの広葉樹の葉を蜂蜜色に透かせて、美しい木陰を作っていました。とても心地よい一日でした。

前もって送って頂いていた「山梨県詩人会」の発行する詩誌「山梨の詩」(通巻12号とのこと)や自作詩朗読会の冊子「あゆか」を拝見し、こうして山梨でも詩を書き継ぎ、読み継いで、詩の灯を消えないように支え続けている仲間がいることを、嬉しく心強くありがたく思いました。何より詩自身がうれしいことでしょう。

そして、「山梨の詩 2014 通巻11号」の編集後記にあった、こまつかん氏の「百花繚乱。/紙の二次元ページに表現されたことばたちが/僕のイメージの世界によって/変容しようとしている。/僕の過去の様々な体験が/なめらかにつながって共鳴をしたのだ。/どのようにあがいても/この身体の内側で音声言語になる。/僕の身体が思想を始めた。/また/新たな着想がやってくる。/嬉しくて大きく息を吸う。」という詩にたいへん心打たれました。まさに詩を読む醍醐味が。活字という二次元世界から、ほとばしるイメージに力をもらって、「嬉しくて大きく息を吸う」生身の身体が元気に息を吹き返す歓喜の姿が、そこに見えたからです。

           *
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光に満ちた明るい森の音楽堂で、山梨県詩人会会長の安藤一弘氏の温かいお人柄のあふれたご挨拶と、副会長の橘田活子さんによるぴんと張り詰めた「八月の町」という力強い詩の朗読ともに会は始まりました。そして、わたしのトークの前に会員であり今回の会のコーディネーターである沙羅樹さんが私の紹介を兼ねて「妖精戦争」を朗読してくださいました。以前録音でお聞きしたときから魂が震えるような思いがして、大変こころ打たれた彼女の朗読。それは生でお聞きしたときに「ストラディバリウス」というバイオリンの名器の名が言葉が浮かんでしまった程、素晴らしい天性の声の持ち主。その声で、拙詩を読んで頂いて光栄でした。
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せっかく「妖精戦争」を読んで頂いたので、2001年に出した私家版のこの詩集について、背景などいろいろ内輪話をしました。「制御することにどのような意味が」というある詩のフレーズから触発されて出発した、私と私の詩の冒険詩集であることなど。いろいろと。また「明日戦争がはじまる」という詩についての背景や。一昨年、早稲田の大隈講堂で開催された「時代の危機と向き合う短歌」という歌人の方々のシンポジウムで印象に残ったお話の紹介なども織り交ぜて、社会的なできごとと表現についての話もさせて頂きました。最後にそのシンポジウムで歌人の永田和弘氏が言われた「歴史上で、出来事は残るが、庶民の感情は残らない」という言葉を引いて「その残らない庶民の感情を残す、手段・役割として、我われ詩歌の世界があるのではないでしょうか。それをわたしたち、書き手の希望につなげたいです」と拙いながら、そんなふうにトークを締めくくらせていただきました。

以前、荻窪の「6次元カフェ」のオーナーであるナカムラさんがおっしゃっていた「その場所に行かないと味わえない一回限りのたのしみ」。さまざまな場所にえっちらおっちら足を運び身を運んでの、朗読やライブには、わたしもその「一回限りの再現不能/いま・ここの輝き」を期待しています。

普段は言葉に文字になってしまう2次元存在の書き手たち。その2次元から3次元に人として立ち現れる瞬間のダイナミズム。著者の体からふりそそぐ言葉は、活字とはまた違った感慨があります。わたしも決めていた朗読と違って(ごめんなさい)、ついその場のノリで『妖精戦争』の中から「桜の木」(新潟少女監禁事件をモチーフにした)を読ませていただきました。みなさんの温かいまなざしの中でこの詩を読みたくなったのでした。聞いてくださってありがとうございました。

ネットでは長くつながっていた方ともお近くとのことで、来ていただき、初めてお会いしてお話できてよかったです。リクエストということで「三つ葉家族」も読ませてもらいました。
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今回は朗読する朗読者すべての詩を収録した素晴らしい冊子も会場で配られました。この会で中心的に動いてくださった沙羅樹さんの行動力やさまざまなお心配りに参加者全員が感激でした。まだ詩集を出していない参加者もたくさんいますので、こうしてちゃんとしたアンソロジーになることが、どんなに嬉しかったことでしょう。お仕事お心遣いに感謝です。

「朗読カフェ クラムボン(山梨=やまなし=宮沢賢治=クラムボン、だったのですね!)」を支える山梨県詩人会のみなさんの朗読、そして、遠くからゲストとして参加した詩人たちの朗読タイムも素晴らしかったです。それぞれの方が、それぞれのスタイルで発せられる詩の声。もともと「自由詩」とは自由な形式の詩のこと。それぞれの土地で生きる人々に、それぞれの地の方言があるように、詩もまた同じこと。その人の生きる姿が、その人の言葉となって、立ち顕れる姿は圧巻でした。
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日常を語りながら、身は日常を超えた世界とつながっている。非日常を語りながら、身が日常を生き延びる術となっている。表現は違えど、そのような交歓がそこに起きていること。それは両方が必要な世界として信頼されていること。その二つの世界への信頼と交歓を言葉にすること。その言葉の架け橋を絶やさないこと。それが詩を生きることだと。今回たくさんの方のさまざまな詩と出会いながら。詩の豊かさを、そのように捉えました。

暮らしの詩、ロックな詩、深刻な詩、愉快な詩、映画の字幕のような詩、人生の詩、お芝居のような詩、暗闇から響いてくるような詩、その場で言葉をもらって作る即興詩、いろいろな人がいるように、いろいろな人が、それぞれの持ち味出して、よい詩を聴かせてくださいました。

*連詩組の方も何人か参加(冊子参加含め)されていて、それぞれがますますご自分の世界を極めておられて、ご一緒する回を追うごとに、おおっとまばゆい思いで詩を愉しませていただき、たいへん力をもらいます。これからも、それぞれの信じる詩をそれぞれのスタンスそれぞれのペースで、愉しみつつ磨いていかれることを願っています♪
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会の最後は、かっこいいミュージシャンの佐藤光徳さんが、沙羅樹さんの力強い朗読「透過光」とのコラボのあと。熱くギターの弾き語りを披露してくださり、みんな大いに盛り上がって、拍手のうちに終了となりました。
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清里の魅力的な展示のあるレストランでみなさんと打ち上げ。初めての方とも、詩でつながっているから、性別も年齢も超えて、会話もはずみました。
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(*展示中の作家さんの金柑の実で作ったライトの可愛らしさに一目惚れして、買っちゃった。)
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お泊まりは清里の森のなかの素敵なペンション、泊まり組の3次回が夜遅くまで続きました。ギターを弾いて、懐かしい歌を合唱したり、歌ったり踊ったり、即興詩のレクチャーを受けたり、花火をしたり、もともとは言葉だけでつながっていた、我々が言葉を抜け出して、出会う生身の愉しさ。詩が体を得て、遊ぶ愉しさでもあります。ふだんの役割を離れて、こころに住むからだが、遊び始める。人が寝静まったあとで、遊び始めるオモチャたちの、楽しさにも似ているかもしれない。お酒も入って、修学旅行の楽しい夜の、もっと楽しい大人版が、叱る先生もいなくて、いつまでもいつまでも夜を惜しんで続きました。
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はじめてなのに、こんなに懐かしい。
――それは、おなじ詩を書く、仲間の懐かしさ。
はじめてなのに、こんなに親しい。
――それは、ずっとことばで繋がっていた、親しさ。
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ペンションではジャージー牛のオリジナル・シャーベットや手作りソースのヨーグルト、朝ごはんもおいしかったです。何にもまして、居心地のよいお宿でした。
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オーナーは絽刺しの先生もしておられて、美しい作品も拝見できました。オーナーの温かいお心遣いに感謝です。
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                                 *
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翌日。雨のなかをご案内頂いた、写真美術館での展示「井津建郎「インド — 光のもとへ」展でもたいへん深く感銘を受けました。それをひとつの詩にしたいと今、あたため中です。書き出すときりがないですが。

「朗読カフェ 秋のクラムボン in 清里」素晴らしい会を開いてくださった、沙羅樹(中村みゆき)さん、山梨県詩人会のみなさま、会までの準備や裏方仕事、たくさんのご苦労やたいへんなご心労があったことでしょう。おかげで参加者全員がたのしくてしあわせな気持ちで帰って参りました。心より感謝です。

ありがとうございました。
                                                                               宮尾節子

( *まだ胸の灯が消えない温かい思いに浸っており、思いに見合う言葉がとても足りませんが、走り書きのお礼にて失礼いたします。 )                                       
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(目が覚めたら、思い出がみんなカボチャになりませんように笑)

*ハンドルにマイクにギターにとたくさんお世話になった、マイケルにもスペシャルサンクスです♪
*仲間の写真も少しお借りしました。感謝。m(_ _)m。

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# by sechanco | 2016-09-26 13:25 | 詩関連

シンボルスカは言いました。

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シンボルスカは言いました。

ノスリは決して自分を非難したりはしない
黒豹にとって躊躇うなどということは全くありえない。
彼らは自分たちのピラニア的行為を悪いなどと疑ったりはしない。
ガラガラ蛇も無条件に自分をみとめている。

自己批判のジャッカルなんて存在しない。
殿様バッタ、アメリカ鰐、繊毛虫、そしてアブたちは
生きるように生き、それで、満足している。*


わたしは理解しました。
ここはサファリパーク
野生の動物園であることを。

ムカデにわたしを理解してもらうことは、無理。
マムシにわたしを理解してもらうことは、無理。
ヒグマにわたしを理解してもらうことは、無理。
イジメにわたしを理解してもらうことは、無理。

ならわたしが理解するしかない
刺されると激痛がはしるムカデに、注意。
噛まれると毒がまわるマムシに、注意。
襲われると命があぶないヒグマに、注意。
捕まると酷い目にあうイジメに、注意。
何が出てくるかわからない
ここはサファリパーク
野生の動物園であることを。

なら知恵を働かせるしかない。
野生の生き物が
いることをいないことにしない。
野蛮なイジメが
あることをないことにしない。

まずは
立て看を立ててほしい。
「熊出没 注意!」「いじめ多発 注意!」
「マムシに 注意!」「イジメに 注意!」

いのちを
ないことにするまえに

あると
かんばんをたてろ、がっこうに。

せめて
ない、から
想定、外から、想定内にたてよ。
やられるほうも。

シンボルスカは言いました。
「自己批判のジャッカルなんて存在しない」
「ガラガラ蛇も無条件に自分をみとめている」
「生きるように生き、それで、満足している」
わたしは理解しました。

「ヒトに足りないのは自己肯定力」
「ヒトに足りないのは無条件の愛」
わたしは理解しました。
生きるように生き、それで、満足するために
「ヒトにもっとも足りないのは動物の自覚」

わたしは悪くないという理由で
虫一匹、自分を殺しはしない



*シンボルスカ詩集
「自己批判の勧め」つかだみちこ訳/土曜美術社出版
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# by sechanco | 2016-09-04 14:11 | 日々

青人草

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青人草(あおひとくさ)

           宮尾節子

人草がゆれています

ときの河原で


ぼくたちの

死なせたまだ青い

人草が


逃げたかった

思いが

いっぽんの人草となって


豪雨のあとの

葦原に青い半身をもちあげる


生きたかった

思いが

ひとすじの濁流となって


豪雨のあとの

砂地に青い半身をたちあげる


人草の脚は

葦原の

葦の根とつながり


逃げなかった

思いが

ときの河原で根をはって


風が吹くたびに

ゆれる人草が青い指で


くりかえし

ぼくをゆびさす


*都幾川河川敷の事件をモチーフにしました。


遠くはないところで起きた事件で

いっそう胸が痛みました。


都幾川はうちのそばを流れている親しい川の入間川と

合流してやがて荒川になり東京湾に注ぎます。


事件の前後は台風の影響で豪雨となり

入間川もたいそう増水していました。


増水するたびに河原や中洲の葦原が

水につかり

やがて 水が引くと 倒れた葦たちが

身を起こす姿を いつも目にしてきました。


同じように 水の引いた河川敷で

半身を発見された 姿に葦の姿が重なりました。


ご冥福を祈ります。


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# by sechanco | 2016-09-01 09:22 | 詩関連

役に立つことがそんなに大事か

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上の二つの詩は
『恋文病』(2011年9月発行)
の詩集に収録したもの。削りに削ったけれど
詩的に完成させることより、伝わることの大事に
いま、気持ちが切り替わって

手を入れたものです。

痛ましいほうに、社会や人々が傾斜していくように
見える
今。

言葉が何かしらを
届けることができれば
幸いです。

宮尾節子
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*元の詩です。(『恋文病』より)
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# by sechanco | 2016-08-26 10:29 | 詩関連

サマータイム/いい日もくる。

ねえ、坊や。

あなたのいいところはね
死なないところよ

だって
主人公は死なない。


☆⇨(サマータイム/宮尾節子)
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# by sechanco | 2016-08-15 09:24 | 日々

乳の流れる歌

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乳の流れる歌
        宮尾節子

「雌ラクダをなだめる習慣」、ユネスコ無形文化遺産に登録
11月30日~12月4日にかけて、ナミビアのウィントフックでユネスコ無形文化遺産保護条約第10回政府間委員会会議が行われた。会議でモンゴルの「雌ラクダをなだめる習慣」が賛成され、緊急に保護する必要がある無形文化遺産に登録された。「雌ラクダをなだめる習慣」とは。子ラクダを拒絶した雌ラクダは、草も食べず水も飲まなくなって、毛並みも悪くなり、群れから離れて一頭で遠くを見て、時々ふり返っては鳴くようになる。そんな時、遊牧民はラクダの母子の心を通わせるための知恵を働かせ、雌ラクダを子ラクダに慣らすため叙情歌を歌うのである。リンベ(横笛)やモリンホール(馬頭琴)の伴奏で特別な歌を歌うと、母子が感動し心を通わせるようになる。この歌の内容は、栄養たっぷりの乳を飲むために生まれてきた可愛い子ラクダを、どうして拒絶するのか。朝起きると唇をぴくぴくさせて待っている。どうか濃い乳を飲ませてやって「フース、フース、フース」、「フース、フース、フース」などと、3、4番まで歌うと、雌ラクダの目から涙がこぼれて子ラクダに乳をやるようになるのである。(FBモンゴル通信より)




「どうか濃い乳を飲ませてやって」「フース、フース、フース」と
3、4番まで歌うと

母ラクダの目から涙がこぼれ、子ラクダに乳をやるのである

育児放棄したラクダの母と子に
こころ通わせるために、歌われる叙情歌

ホー、ソーソー、ソーソーソー(わたしにはそのように聞こえる)
だがしかし・・・

はじめて
乳が出るときのズキンとした痛みをわたしの胸は
覚えている

あのラクダの母親の涙は
母と子のこころが通った、涙ではない。

あれは自分のからだの中の血が、乳に変わるときの
痛みに、こぼれた涙だ。

閉ざされた自分が
開こうとする自分の未知の力に、敗れたときに疾る・・・痛み
それは、

ちのみごがいて
ちのははがいる

ホー、ソー、ソー、ソーソーソー、
見よ。
わたしたちのからだもまた
血が流れる、
戦場なのだ。

怒りがあり、憎しみがあり
決壊を待つ、沸騰がある。
ちのみごがいて
ちのははがいる

ホー、ソー、ソー、ソーソーソー、
血を流すのではない
わたしを敵に明け渡すのではなく
わたしをわたしに明け渡す
つぎの命を育てる
乳を流す

赤い血が、赤味を漉して、白い乳に変容したときの
身の内にも戦いがある

血と血の、戦いを戦うな
血を流す人と人の、血を流す国と国の
こころ通わせるために、歌も言葉もあるのだと

ホー、ソー、ソー、ソーソーソー、
傷口から噴き出す
怒りの血を
傷口にあてがわれた唇に
ホー、ソー、ソー、ソーソーソー、
注いで憎しみを育てるわけにはいかないと
血はみずからに敗れて
血を乳に変えるために。

血は泣くのだ、赤いまま流れることをこらえて
父母が流した血と
赤い同じ血を、血は流れたくて

血は泣くのだ、まだ終わっていない、怒りを
まだ終わっていない、悲しみを

血は泣くのだ
こどものように、痛くてなくのだ
母になる前に

ちは
なみだをこぼして
ちちになる

険しい峠をこえるように
じぶんの赤さをこえて
母になるために

ゆるせないものを
ゆるすために

ちを
いのちにかえるために

血はいちど
あまりのいたみに
その目に
涙をこぼすのだ

白い
乳になるまえに

しを
いのちにかえるために


血の流れる歌から
乳の流れる歌になるために

ホー、ソー、ソー、ソーソーソー
ホー、ソー、ソー、ソーソーソー


*青山スパイラルと前橋フェスティバルで
朗読したものです。
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# by sechanco | 2016-08-10 08:07 | 詩関連

「平和を考える集い 詩の言葉・身体の言葉から」8月6日国分寺

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「平和を考える集い 詩の言葉・身体の言葉から」に出演させていただきます。
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8月6日 原爆記念日ということで 

私は
あなたと死んでいけそうにない
影を守るのがわたしの仕事だから

一瞬の光で石畳に焼き付けられた
ヒロシマの人影を――
死の光と決別して影を生きることを
選んだ声としてとらえて書いた詩
「私はあなたと死んでいけそうにない」

「明日戦争がはじまる」など
平和やいのちに関わる詩をいくつか
読ませていただき、トークもさせていただきます。


ご一緒するのは
「ナイトスキップ」など魅力的な活動をなさってる
ダンスアーティスト・菊池びよさん
サイトはこちら→菊池びよ

東京ナイトスキップ ①
 始まりは2011年の初夏、原発事故後の重たい不安な気持ちをせめて少しでも何とかならないかと霞ヶ関のテントひろば出発の経産省一周でした。やってみると、初め「スキップなんて…」と躊躇していた若い男の人も、背広姿の合間を縫って「なんて自由なんだ~!」と諸手を挙げて声をあげていて驚くほど、身も心も解放されるのを確信したのでした。

(*菊池びよさんサイトより)
どんなダンスパフォーマンスやワークが飛び出すか
たいへん楽しみです。

菊池さんとのトークもどんなお話が
飛び出すか、楽しみにしていてくださいませ。

☆国分寺「giee/ギィ」は扉を開ける音です
是非、いらしてください!

★国分寺gieeはこちらです→★国分寺駅そば/地下
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# by sechanco | 2016-08-05 12:27

暑中お見舞い& some

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どうぞ
よい
夏を!
****

☆数年前「ミッドナイトプレス」に「悪いようにはしないわ」という題でエッセイのようなものを連載させて頂きました。
サイトがリニューアルされたので、こちらに再掲しておきます。枠の中に入るよう、文字数を気にしながら書いては、削っていたので、読み返してみると、ちょっと窮屈な感じがしますが、ご笑覧ください。(連載4回)連載は初めてでした。
*写真付きで、ということで、ちょっと面白い写真をと、考えるのも楽しかったです。


①座右の姪
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②お宮の美学
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③太陽数学と機織虫
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④「よかった
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*写真をクリックすると拡大すると思います。

何というか、子供の頃からこんなことばっかり
考えていました。(*^_^*)
空も飛んだことがあるのですよ!
どんな風に飛んだかというとね…飛ぶことについて
自分で、決め事をしたのです。

ひとつ。空を飛んでいるけれど、他のひとには歩いているように見える。
ひとつ。空を飛んでいるけれど、自分にも歩いているように見える。
ひとつ。空を飛んでいるけれど、飛んでいるとは自分でも感じないようにする。
ひとつ。空を飛んでいるけれど、まるで空を飛んでないそっくりだ。
ひとつ。まるで空を飛んでないそっくりだけど、ほんとは空を飛んでいる。
ひとつ。普通に歩いているそっくりだけど、それでも、わたしは飛んでいる。

このような、約束事を自分に課して

わたしは空を飛んだのでした。

「あ、飛んだ!」と思ったけれど、ちっとも面白くなかった。

*まあ、そんなつづきの、エッセイです。




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# by sechanco | 2016-07-18 00:44

Wish for Peace

港区立図書館のヤングアダルト向けブックガイドに『宮尾節子アンソロジー 明日戦争がはじまる』(集英社インターナショナル)が紹介して頂きました。若い方にも読んで頂けるとうれしいです。そう願って作りましたので――。
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# by sechanco | 2016-07-18 00:03 | 詩関連

帰り道

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何度わかれば
本当に
わかるんだろう

ね。


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# by sechanco | 2016-07-12 00:01

厩戸ライブのお知らせ。本日です!

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「転がる余白」森本千佳



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# by sechanco | 2016-07-09 16:43

クローエと白鳥

ずっとずっと さがしていた
はたちぐらいのころか その前か
京都のまちなかで 見つけて気に入って 買った一枚のポスター

それを 誰かにパネルにして もらった
それを ずっと部屋にかけていた 何度も引越ししても
担いで行った だから わたしの青春というものは この少女のそばにあった
といっても 言い過ぎではない
だから わたしの友達や そのときどきの恋人たちは 
この写真(少女)を知っているはず 覚えているはず

れんあいも しつれんも けっこんも りこんも この少女は しっている
でも 肝心のわたしは 知らなかった この少女が いったいだれで
なにゆえ このような ポーズを取っているか すら

それがこれ
(奥にみえるパネル)
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でも 少しずつ 誰かが
情報を 置いていってくれた これを見て
せかいで 一番最初の 最年少ヌードとか
『春のめざめ』という映画のシーンらしいだとか
さいしょ 少年だと思っていたのだけど だんだん胸がふくらんできて
(そんなわけないが)
少女だと わかったけど マリオという 名前をつけたりした

どうしても 中性的な名前でなければ  ならないと思ったし
(マリにオがつくからと まあいい加減な)
なぜいきるか 問うこともないまま 浮きつ沈みつ
なもしらない 少女と 人生の大半をともにした

上の写真は パネルのさいごのものだ
いろいろ事情をへて 某地の某古民家の 蚕棚のある屋根裏部屋をかいりょうし
独居していたときのもの この後 ついに もういいか…と
処分をする

しかし 少女を知りたい 思いはずっとわたしのなかに 生きつづけていた
ずっと ずっと 

やがて 便利な
インターネットの時代になって さっそく 映画名で検索を何度かしてみたが 
当時は まだあまり細かい情報は あがっていなくて さっぱりヒットしなく
なんだか あやしげなサイトにつながったりして そのうち あきらめた

写真とはいえ 我が青春時代の すいもあまいも 苦も楽も ともにした少女である
いつか 君の名を知り このシーンが動きだす ひがくるかもしれない

なにゆえに これほど ゆううつげで なにゆえに このようなポーズで いるのか 
などなど
いつか いつか と思いながら 日々の暮らしに追われ 記憶のそこに まいぼつして しまっていた
少女が とつぜん やってきた


ここにいま
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彼女の名前は クレオパトラ・ロータ
役名は クローエ

映画の名前は 春のめざめ (原題は Young Aphrodites)
16歳の高校生 女優さんではなく素人起用・彼女の初出演の映画だったとのこと

映画監督は ニコス・コンディロス
製作1963年 劇場公開1964年3月7日
のギリシャ映画だった

ふと思いだして
「春のめざめ」で検索しているうちに ネットのオークションにぐうぜん出ていた
たった一冊の 映画のパンフレットを 手に入れたのだ!
(*2007年公開:アレクサンドル・ペトロフ監督「春のめざめ」は別物。)

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「春のめざめ」*物語*
少女クローエ(クレオパトラ・ロータ)は海の辺で鳥を獲るのに夢中だった。干害を慮って、牧人達が水を求め海岸にやって来たのは、そんな夏のある日だった。牧童のスキムノス(ヴァンゲリス・ジョアニデス)は、クローエの無邪気な美しさにひかれその後を追う。貧しい海岸の集落の男達は漁に出て一人も残っていない。漁夫の妻アルタ(H・プロコピウ)の姿をみた牧人のツァカロス(タキス・エマニュエル)は彼女に強くひかれ、求愛した。彼女にも彼の心がわからなくはないが彼をうけ入れれば、この村にいることは出来ない。だが、二人の間には恋が生まれた。夏も終りのある日、激しい雨が降り、牧人達も山に帰る仕度をはじめた。別れられない強い愛情にかられた二人は、人目のつかない岩陰でその愛を確かめあっていたが、雨を避けようと岩を探していたスキムノスとクローエがそれを目撃し、心の底に潜んでいた性の衝動が湧いた。アルタは家も夫も捨てツァカロスら牧人たちと山へ帰っていった。大人二人の愛の情景を垣間見た、牧童のスキムノスは集落に残ることを決心、それに気づいた牧人達の追手を逃れて、クローエのもとに帰ろうとしたが、途中で少女が牧人に乱暴されているのを目撃した。激しい絶望がスキムノスを襲った。その驚きに耐えられなくなった彼は海の中に身を投じたのであった。その海面にはクローエの大切にしていた鳥の死がいが漂っていた。
*映画.com http://eiga.com/movie/65892/ より引用。




それは

山から降りてきた羊飼いの少年と

白鳥を愛する海辺の少女の

まだ 両性わかちがたい 年頃のふたりの

愛と性のめざめの 物語だった


(*映画にはもう一組の成熟した男女の性愛も同時に描かれているとのこと…)


そして詩も
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<春のめざめ>によせて
            谷川俊太郎

愛ということばが生まれようとしている
クローエの息の中から

心と体がわかれようとしている
クローエの乳房の下で

海辺の村の愛のあけぼの――

その潮騒はいまにつゞいて

少女のなかに今日も二羽の鳥がいる
殺された鳥と放たれた鳥と

*パンフレットを開くと扉見開きの左ページには
なんと 谷川さんの詩が 掲載されていた

やがて死骸となる
白鳥は
ふたりの愛のシンボルだった
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「こんなにも 美しくふしぎな感動をさそう作品には、生涯にもめったにめぐりあえぬと思います。」
大自然のなかでの「ボーイ・ミーツ・ガール」の物語だと小森和子は解説を寄せる。
「無限にひろがる夢」と「私は若き日々へのせつないほどの郷愁をかきたてられる…」と。

古いパンフレットをめくりながら
ふと もうひとつのことに わたしは気づく
春のめざめの 原題が Young Aphrodites(ヤング・アプロディテー)
であることに


*アプロディーテー
アプロディーテー(古典ギリシア語:ΑΦΡΟΔΙΤΗ, Ἀφροδίτη, Aphrodītē)
またはアプロディタ(アイオリス方言:ΑΦΡΟΔΙΤΑ, Ἀφροδιτα, Aphrodita)は、
愛と美と性を司るギリシア神話の女神

これだ
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*文・画像Wikiより

これは
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このポーズは

美と愛と性を司る
上のアプローディテー像の
ポーズをとったものだった


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ついに
ともに生きた
少女がいったい誰であるかを
わたしは
つきとめたのでした
・・・
長い長い年月を経て
・・・
クローエという名の
わたしは
若きアフローディテーと
ともに生きていたのだ…!
という 
しあわせな結末の

ながいながいお噺でした

おしまい

 
このパンフレットは わたしの誕生日の 前日に届いた
そして 海外版の DVDが 今日あたり 届く予定です

はじめて 彼女の生き生きと動くすがた そして その恋物語に 触れることになりそうです。

わたしは 再び彼女を通して わたしの青春にも 再会することでしょう

たのしみです。




*これを書いていて、いい感じになった途中でアクシデントにより、全部消してしまい
かなりへこみました。 そのへこみから、立ち直れるまま、はしょった 書き方を
してしまいました。それが、残念ではありますが。。これにて。

読んでくださって、ありがとうございます。





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# by sechanco | 2016-06-27 13:22

前橋ポエトリーフェスティバル2016にて

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前橋文学館でおこなわれた催し「前橋ポエトリーフェスティバル2016」に出演させていただきました。
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午前中は「マエバシ詩学校〜詩の向かうところ」で詩についてお話しさせて頂きました。なるべく身近なところから詩をとらえていきたいと言うのが私の思いです。ちょうど数日前に「大きな人権、小さな人権」という記事が毎日新聞のサイトに載っていて驚いたものですから、そのことに触れながら
大きな声の力に、小さな声が消されていくことの危惧について、
詩の声について、少し図をつかってビジュアルな形で話しました。
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『明日戦争がはじまる』(思潮社オンデマンド版)の「あとがき」にも書いてあることですが、数学で円周率の3.14…延々とつづく小数点を切り捨て3にすると、出てくる形はもはや円ではなく正6角形になる。小数点以下がわれわれそれぞれの個人の姿、個の声、すなわち詩の声ではないか。

そして「言えなさ」に向かってそれでも「言おうとする」冒険こそが詩の仕事であり、しかしながらどこまで行っても、決して真の値を得ることのできない各自の出す「近似値」こそが「言葉」の真の姿。

すなわち、真の値ではない「近似値」こそが、皮肉にも「真の言葉の姿」ではないかという…日頃のわたしの思いなど話させてもらいました。

しかしながら、同時に「3あっての3以下の数字(3.14........)である」ことも忘れずにいたい。
詩人以外の、一般人にはもはや解読不能なほど難解になってしまった、現代詩の世界にも、わたしなりに物申したつもりです。お互いの存在を忘れずに、大切に思いつつ、「ともに支えあいたい」繋がりあっていきたいと。それが、今必要なことではないだろうかと。。

わたしはどちらかと言うと、いま3のがわに寄っていること、「伝わりやすさ」を選びながら、
標識のように、「あっち」だと、小数点のがわを「指差す」存在でありたいと
じぶんなりの現在の詩の立ち位置をお話ししました。



7月には参院選があります。やはり与党が圧勝するのでしょうか。そのあとは「憲法改正」に進みそうですね。あまり政治のことに詳しくもない私ですが。。自民党の出した「憲法改正草案」には、いくつか気になるところがあります。その中でも、文学に関わるものとして、また個の声を大切に思うひとりの者として、特に気になるひとつを最後にお話ししました。

◯現行憲法第十三条 すべて国民は、個人として尊重される。
◯憲法改正草案第十三条 全て国民は、人として尊重される。


それは、このように、自民党の「憲法改正草案」では、第13条の現行憲法「すべて国民は個人として尊重される」の「個」が消されて「人」になっていることです。

「本質的には、共同体の拘束からいったん解放された自由な個人を主体とするものだからこそ「人」権なのであった」「今回の憲法改正草案によると、その「個人」を削って「人」になる、これはまさに時代の歴史の逆行ではないか」――『いま、「憲法改正」をどう考えるか』の著者の憲法学者「樋口陽一」さんの言葉を引用させて頂きながら、

日本の人権の歴史、ひいて文学の歴史は、国家権力、村社会、世間というものに取り込まれた、大きな括りから解き放たれた、「個人の獲得の歴史」だったのではないか──それが今は危うい状況にあるように見える――そんな思いなども。

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次は、30人の老若男女の詩人たちに混ざって、朗読をしました。
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「乳の流れる歌」という、ユネスコ無形文化遺産に登録されたモンゴルの「雌ラクダをなだめる習慣」について書いた詩を読みました。歌声や音楽が母親ラクダが乳を出すために…だけ捧げられる、そのことに心打たれて書いたものでした。
素晴らしい詩人たちの集まる、素晴らしい催しものやライブ、朗読シーンばかりでした。心打たれ、学ぶことの多いイベントでした。呼んで頂いて、本当にありがとうございました。
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後日、「上毛新聞」にマエバシ詩学校のことを取り上げていただきました。福田さんの「川田綺音論」も丁寧に深く読み込まれていて、素晴らしかったです。聞かせてもらえて幸いでした。

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# by sechanco | 2016-06-11 00:09 | 詩関連